4、追放者は《彼ら》ともう一度、街へ行く。
026、四日目。凝り性な料理人と手芸好きな少女。
翌日。朝の挨拶をしたマルは目をぐしぐしとこすっていた。
夜中まで仕込みをしていたらしい。
肉にあうタレを作るというのは一朝一夕でできるわけでもないと思うが、これまでにも似た様な濃い雑味の食材をどうにかしようと試行錯誤したことがあるらしい。
結局一晩かけて三種類ほどを作り、血の濃い兎肉に合わせて統合出来たのだという。
食卓に着くと俺のカップに水が注がれる。カップはそれぞれが自分の物を持っている。
俺の分は共用というか、お客様用のカップ。個人の分も作ってくれているということだが、そんな歓待を受けてもいいのだろうか。
ニコに聞くと『シノ姉の指示』と、言っていたので……まぁ、有り難く受け取ろう。
さて、カップに注がれた水だが、マルの指示を受けた年長組が準備しているらしい。
一度沸騰させた水に果実の汁を絞ったもので鉱山だからなのかよくわからないが、果実のさわやかな匂いと共に若干の塩気も感じる。
マルの努力の甲斐が煮詰められたソースに溶け込んでいて、俺はおいしい兎のグリルにありつけた。
特に、肉汁とタレがしみ込んだパンは美味しい。
口の中が幸せなままにカップの水を煽れば肉汁の感じをすっきりと洗い流してくれる。
ちなみに、自分以外の子供たちが食べているのは、さらにうまく処理された兎肉なのでもっとおいしいのだろう、ニコに少し視線をやると、半開きの口に匙を突っ込まれた。
――おいしい。
・
食後は若干の時間を持て余した。
マルが昼と夜の分の調理をするというので、今日は一昨日より出発が遅いのだ。
どうしようかと、ニコの微笑む表情をみながら考えていると……『リノのところに案内する』とオーリに言われた。
何を見せてくれるのか、と思いついていくと行き先は解体室。
そこで、解体台とは別の机に向かって、猫背になって何かを熱心にしている女の子がいた。
「リノ。お客さんを連れてきた」
「はーい、……ぅ」
楽し気な声をして振り向いた彼女はこちらを向いて、目が合うと呻くように小さな声をだした。さすがに、痛い気分になる。
「邪魔なら向こうに行ってるが……」
「いやいや、まって、リノはすげーんだから」
内気そうな少女は、けれど、さっきのリアクションはさすがに悪いと思ったのだろう。申し訳なさげな目でこちらを見上げてくる。
「はぁ……何がすごいって?」
「んー、そうだな。あれとか。……リノ」
「ん、っと、あ、はい」
というと、リノはそばの棚から何かを取り出す。
小さなてのひらにのせられた黒いもの、一見小石のようだが、よく見ると穴が開いている。
「ボタン?」
「あ、はい。えっと。いい素材で作ったボタンは、ちょっと値段が張るので……」
「――もしかして、作った?」
「っと、あの」
もじもじしているが。
「ど、道具があれば誰でもできます」
「……いや、そういうレベルか、これ」
……そういえば、この孤児院の子どもたちの服は、前面からは首元を紐で絞るタイプのチュニックだが背中には大きなボタンが付いていた。
それは飾りというよりは実用性を重視した木製ボタンである。
機能としては、成長が早くまた、着回す必要のある子どもたちに少しでもサイズの合うものを着られるようにという工夫だろう。
これを繕い直しなどで対応しようとすると、作業量が増えるだけでなく、布のダメージが大きくなるからだと思われる。種類にもよるが、服に使えるような布が高級品であることに間違いはない。
その辺りの工夫をしたのが目の前の少女だとすると、これは……。
「ものづくり関連のクラス?」
ギルドは冒険者中心になるので職人系のクラスはあまり知らない。
(やはり、全員のクラスを鑑定するのが急務かな)
自分が何に向いているかがわかることもやる気に繋がるだろう。
いやいややるより楽しんでやるほうが良いと思う。
孤児として子供らしくあることを許されなかったとしても子供なのだから。
「これは、何で作ったボタンなの?」
彼女は緊張しやすいたちのようなので、できる限り柔らかい言葉を選ぶつもりで話しかける。
「あの、えっと、このまえの猪……」
「猪っていうと、レッドボアか」
だが、黒い。
レッドボアの特徴ともいえる薄赤がかった牙を使った訳ではないらしい。
見れば彼女の作業台の上に、猪の牙はまだ二本とも置かれている。
では、何を使ったのか。
「足の先、です」
「……あぁ、蹄か」
ふうん、とボタンに触れる。黒い艶があって触れると指の跡が残りそう。
硬いし密で、光沢が出るほど磨かれている。
細かいことはわからないが、しっかりとした仕事なのではないかと思う。
(でも、売り先がないなぁ)
どこだろうか、とりあえず、ゼセウスのところだろう。ボタンをふんだんに使うような衣服を仕立てるとしたら、あの街ではそのルートだ。
優先順位は目に見えて成果のあるマルとニコ、オーリの組み合わせだが。
リノも大変有望であるとわかった。
「良いものを見せてもらったありがとう」
「やったじゃん、リノ。おっきな街から来た人から見ても良いもんだってさ!」
「あ、うん、オーリくん、ありがとう……」
他にも、こういう工作とかが得意なやつがいないかを聞こうかと思ったが、いい雰囲気っぽいのであとにすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます