025、涙と今後の方針について。

「店?」

「おう、ちょっと街の中で店を開いてもらいたい」

「……え?」


 十に届くかどうかという歳の少女が戸惑った様子で周囲を見回す。

 そのことについて、シノリが話していないなら知っているのはニコ、シノリと俺だけだ。


「え、じゃあ、マルのご飯が食べれなくなるのか?」


 そんなことを口にしたのはオーリだ。そういえばこいつにも話していなかった。

 思っているうちに、その言葉を契機として火が出る。

 爆発的な勢いで子どもたちの間に、そのことに対しての不満と、そして、恐怖――つまり、マルが孤児院を追い出されるのではないかという恐怖だ――が包み込む。


――ぱん!


 1つ手を打って場を鎮めたのはシノリだった。


「みんな落ち着いて」


 子どもたちはさざめきのような喧騒を段々とトーンダウンさせていきながら、しかし、ある一点で急激に沈黙に転換した。

 それは、マルが……、


「うっぎゅ」


 泣き笑いの表情で瞳に涙をためていたから。


「貴方、カミゾノさん。ちょっと唐突すぎるし、無神経過ぎます」

「……いや、これは……あぁ、完全に俺が悪いな」

「そうです。マルは傍若無人で泰然自若に見えるけど、中身は普通の女の子なんですから」


「……シ……っ、ノ姉ぇ、言い――っ過ぎ」

 泣きながらシノリの評価に反応するマル。

 子供の感受性故なのだろうか、小さな子どもの中にはもらい泣きするものもいる。


「そうだな。今から取りやめにしても良いんだが、聞いてほしい」


 俺はニコに手伝ってもらい膝を折る。いわゆる膝立ちの姿勢になってマルに視線を合わせる。まっすぐ前から見ると、マルは瞳にためた涙をこぼさない様にしているようで、その様子に心がかきむしられるような感じがする。


「まずは、言い方が悪かった。ごめんな」


 こちらの言葉を待って、ニコはマルの涙を溢れぬようにきれいなハンカチで吸うように拭ってやる。まぶたを閉じられるようになったマルは、首をいやいやをするように左右に振った。


「ちがっ……だいじょ、っぶ」


 明らかに強がるような言い方で彼女は言う。

 マルは……そのまま、こちらに頭を預ける。具体的にはこちらの肩に額を乗せるようにしたのだ。俺は抱きしめるべきなのかどうか、を少し迷う。

 ニコが一瞬、表情を固くしたが、泣いている子供のやることだからと思ったのか、平静な顔に戻った。

 彼女はそのままで続ける。


「このま……ぁ、ま。続け……て」


 えづくような呼吸は大分といつもの静かな呼吸に戻っている。なら、肩ぐらいは貸しておこうと思った。


「残りの謝罪は置いておいて、先に伝えるべきことからだが、食料関連の話と、これは保険も含まれている。マルには街で料理屋をしてほしい」

「詳し……く、聞かっ……せてほしい、ぞ」

「――! あぁ。まずは、昨日の街に行ったときのことだが……」


 そこからいくつかのことを伝える。孤児院に現金収入がないのが問題であること。オーリの取ってきた肉を最もよくさばく方法、孤児たちに街の人と接する機会を作れること、最悪の場合、孤児院を捨てても皆で移れる拠点としたいことまでを告げる。


 冗長な説明になった。逆にその時間でマルは意識を立て直スことができたようだ。


「つまり、はらぺこさんのお店という体で、そこでの料理人をやってほしい、ぞ、と」

「そうだな。具体的には……」

「いや、わかる。オーリの取ってきた肉やらを高く捌こうと思えば、肉として売るのではなく料理として提供した方が実入りは良いぞ、と」

「肉の質によっては」

「数倍になるぞ。特に、ウサギ肉なんかは」


 確かに、『血なまぐさい肉』では買い叩かれるのが落ちだが、『美味しいタレの付いた串肉』ならいい商品だ。


「で、明日は?」

「商会の偉い人が、お店の候補を見繕ってくれるらしいから、その下見を手伝ってもらいたい」

「……確認することがいくつかあるぞ?」


 みんなの前で泣かされたからか、悪戯っぽくも恨みがましい不思議な目で見られる。

 あと、ちょっと赤い。


「お、なんだ?」

「先に質問を並べるなら、孤児院の食事はどうするのか、あたしは孤児院に帰れるのか、どれくらいの店をやりたいのか、だぞ」

「俺としては、孤児院に帰ってきてほしいし、店の規模は今の段階ではさほどはいらない、孤児院の食事は……うん、あんまり考えてなかったな」

「流石に毎日往復はちょっときついぞ」

「じゃあ、そのへんを詰めつつ仕事をしようか」


 そういうと、子どもたちは半分ぐらい納得したようで三々五々に食堂を出ていった。残ったのはニコとシノリとマルと俺。

 オーリはリノに連れられてどこかに行ってしまった。


「さて、すごい簡単に目的とその対策を上げてくぞ」


 三人が頷いたのを見て、言葉を出す。


「ギルドとかに文句を言わせないようにダンジョンを潜る」

「うん」


 ニコがうなずく。


「ある程度の深さまで潜るためにメンバーを選抜して神殿でレベル上げをする」

「危険を……なくすため、ですよね」

「そうだ」


 シノリの確認する問いに答える。


「もちろん、ダンジョン探索をするメンバーだけじゃなく、それ以外のメンバーも何人かはレベル上げをする。これはより金を稼ぐためだ」

「そんなに金がいるのか疑問だぞ?」

「ギリギリで安定させるというのは難しいんだよ。結局、拡大再生産を狙うのがある程度までは安定するんだ」


 と思う。『そんなに』というか『どれだけ』お金がいるのかは再確認が必要だな、と心の隅に刻む。


「具体的に何をすると、お金が稼げる、と?」


 その疑問はシノリ。特に深い意味はなく、気になったから聞いているという感じ。微笑ましい。


「わかりやすいのは、さっきのマルのお話だ」

「……えっと」

「肉で売るよりも串肉で売るほうが高く売れるって話だぞ。手を入れれば入れるだけ、普通は材料費よりも高くなってくぞ」


 もちろん限度はあるし、技術も必要。だが、基本的には真実だ。

 昨日、屋台の串肉を食べている彼女にはわかりやすい話だろう。


「同じ材料でも手を加えれば高くなる、食べられると思っていなかったものを食べられるようにすれば価値が生まれる……薬師としてのニコはそっちの手合だな」

「薬用動植物の判別は任せろー」


 価値あるものに価値を足す、価値なきものに価値を見出す。どちらも、プラスになるという意味では変わりない。


「どちらもレベルを上げるだけ素材の質が上がり処理の程度が向上する、そうなれば取ってこれる資源の量に対してのバックが大きくなっていくと」


 どのくらいまで拡大させるつもりか、とマルに聞かれた。


「その場その場の最適を選ぶつもりではあるけど」


 ふむ、と口を閉じて考える。ここはあくまでも孤児院である。

 であればここを卒業してからやっていくのに必要なものを身に着けさせることができれば文句はないだろう。なら……。


「十歳までに『子供』を卒業させたうえで、自分のクラスのレベルアップを年に二回全員が受けられるくらい、か」


 口に出してみて、妥当というか過ぎたくらいの価値があると判断する。

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