024、初挑戦のお肉の質と明日の予定について。

「これがダンジョン産のお肉」

「低層階のだけどね」


 帰り道で手を洗いだ、それで清潔になったかどうかは微妙なところだが、ともかくもマルのチェックはパスして台所に入れてもらえた。

 の荷物から肉を出しながらの報告がそれだ。

 ちなみにダンジョンの肉は一般には深いところのものほど高品質だと言われている。

 もちろん、階層に関係なく、高品位なものもあるのだが。


「……あんまり?」

「美味しくないか」


 よくなさそう、とマルは言う。

 くんくん、と肉に鼻を近づけて眉根を寄せる。


「生臭いぞ」

「ダンジョンの中だと冷やすものがなくてな」


 申し訳なさそうなオーリが答える。

 ふうん、と返すマルは別の肉の塊を手に取る


「……あ、これはましだぞ。何が違う?」

「比較の為に持って帰ってきたんだが最初のやつは適当だな。突っ込んできたところで首を刎ねて、開いて内臓出して、風に当てた、とある」


 俺は肉を結んでいた紐に付けていたメモを読み上げる。


「適当すぎ、食材への敬意がないぞ」


 生き物への敬意がその前に来るべきなのでは、と思ったが、口にはしない。


「マシなやつはどう処理したのか、気になるぞ」

「あー、気づかれない距離から投げナイフで首を飛ばした。あとの解体は一緒だ」


 オーリがナイフを投げる仕草をしながら説明を加える。

 ふむふむ、とうなずくニコは、


「……なるほど? 血の気が多いというか、興奮すると味が落ちる?」

「らしい」

「むむむ、だぞ」


 どう調理しようか迷っている、というのとは少し違うようだ。


「とりあえず、こっちの臭い肉は誰が採った?」

「あ、俺」

「じゃあ、はらぺこさんにはあとでまずいジャーキーをやるぞ」


 美味しいものは皆で分ける、まずいものは責任を持って食うのがルールらしい。


「ちょっといい方法を考えてみるぞ……明日は、あたしもダンジョンに行きたいぞ」


 なにかいい方法を思いついたのか、あるいは、アイディアを得たいのかそんなことを言ってくるが……。


「明日はだめだ」

「……むぅ、なんでだぞ」


 不満そうな表情のマルにわざとすぐには応えない。


「ニコ、明日は大丈夫か?」

「わたしはいつでも」

「?」


 首を傾げてなんだろうかと自問するマル。


「ニコ、マル、オーリだな。……シノリは、悪いが」

「年少組の世話ですね。――私以外でも大丈夫だとは思いますが」

「……そうか?」

「とはいえ、孤児院の通行証は今、3つしかないので」


 行きたいなら行きたいといえばいいのに、とは思うが。


「ついでに神殿に行ってきてくださるとありがたいです」


 そう言ってなにかの書類を渡される。


「これは?」

「孤児院の通行証発行依頼書です。今日の頼まれごとの最中に見つけましたので、お預けしたいです」


 見てみると役所に提出することで通行書が発行されると、そんなことが書かれている。

 もちろん、孤児院用の書類というわけではなく、街壁外の街施設での労働者用らしい。

 ただ、よく見ると、偽造防止の為に高度な技術を使っており、通行書一枚銀貨5枚とも書かれている。

 なるほど、それで処理をしてきてほしいではなく、預けておきたいということになるわけか。


「預かっておく……そっちの方はどうなった?」

「えっと……はい。どうぞ」


 2つの書類の束を渡される。1つはこちらから頼んだ価格リストだ。建物補修から、かごや皿、ロープ等々の消耗品まで抜けはあるものの十分な量が書かれている。


(やっぱり、こういうことはしっかりしていそう)


 多分、孤児として生まれたのでも無ければ、買い物好きな普通の少女になっていたのだろう。それを可哀想とか思う権利は自分にはないので、そうなのだろうと思うに留める。

 もう1つの必要物のリストは……。


「服か」

「はい。小さい子のものは特に入れ替わりが激しくて」


 言外にいろいろな意味のありそうなことを言う、彼女の言葉をしかし、必要度の高さとしては当然だろう。


「市でも見てくるか」


 この前町を歩いたときに古着市も開いていたはずだ、と、そんな言葉をポツリと言ったところで、


(ん?)


 なにか、視界の中で動いたような気がした。

 それは大きなものではなかったが、自己主張するように震えたような仕草で。


「……」


 視線を上げると、更に縮こまるような反応があった。


「リノ?」


 その縮こまった少女の名を呼んだのはオーリ。


「あ、あの。古着を見に行くなら……」


 声は消えそうになっているが、言いたいことはわかる。というよりも表情が何よりも雄弁だ。


「オーリ」

「え、あ。うん」


 名を呼ばれたオーリをリノの視線が見つめる。


「そのうち時間の都合をつけるから、オーリと一緒に見てきてくれるか?」

「え!」

「俺が行くよりは男女の意見が入っていいだろう、金に余裕ができてからのほうが良いと思うけど」


 喜びを隠そうともしない少女と、まだ戸惑いの抜けないオーリを見ながら、ニコに聞く。


「リノって子は服飾に興味があるの?」

「おしゃれに興味のない女子はいない」

「……いや、そういう意味ではなく」

「冗談」


 いたずらっぽく笑うニコ。


「あの子は服、好き。私達の服も、あの子が繕い直してる」

「それはすごいな」

「すごい。私にはできない」

「そうなのか?」

「手先の器用さが劣るとは思わない。でも、方向性が違う。私には立体的なセンスがない」

「……あぁ、なるほど」


 あとは彩色のセンスとか、そんなものも必要だろう。

 ニコとこそこそ話していると、シノリが近づいてきた。


「何をしてるんですか?」


 笑顔だがどこか怖い。街に行く順番を勝手に変えたのを怒っているのか。


「いや、リノって子の話だ」

「あの子の?」

「裁縫が得意なんだって?」

「あぁ、そういう……。そうですね」


 といって、シノリはカラフルなシャツと、帆布のエプロンをつまむ。


「サイズ合わせもしてくれますし、手も早いです。――えっと、今朝も見てましたよね」


 言われてみれば、ニコの鞄を直してくれていたのは彼女だった。


「あの子に頼むのもいいかと思うのですが……」

「ふむ」


 好きでやりたい、というのなら任せても良いのだが。

 任せることで負担になるのはあまりよろしくない。

 なら、どうすべきかと言うと。


「趣味の範囲でやってもらおう。その分、古着市を見に行くとかその辺はできるだけ応えてあげて……あとは、そうだね。できるだけ『鑑定』の優先度をあげよう」

「鑑定?」

「あー、潜在的なクラスを見分ける、神官の中でも一握りしか使えないスキルだね」


 つまり、針子、裁縫師、繕い人、裁断師、そんな感じのクラスに目覚めてくれればあとは、そういった仕事は彼女の経験値になる。孤児院の資金にもなるのならいいだろう。


「それは幾らぐらいかかるんです?」

「小金貨で二枚くらいは」

「ひぇ……」


 呻くような声を出したのは、シノリではなくニコだった。


「高い……」

「安心料みたいなもんだからな。自分の努力の方向性が正しいかどうか、って話だ」

「……」


 逆にこれは、ニコやオーリにはわかりにくいのかもしれない。自分のクラスを知っているということは自分の努力が自分を裏切らない道を知っているということだ。それは、ある意味では楽だろう。

 シノリは……複雑そうな顔をしている。

 彼女にも多分、適正のあるクラスはあるだろう。大凡、十を過ぎた子であれば、1つ2つは適正のあるクラスがあるのが普通だ。だが、それを確定させるというのは、自分の選択が見えてしまうのに近しい。

 もちろん、それを厭うというのも感性としては理解できる。


「まぁ、望んでくれたときだけだ」

「……そうですね。そうしましょう」


 例えば、自分の好きで仕事にしたいと思っていたことに、現時点での適正なし、と神様に告げられるというのはどういう気分だろうか、という話しだ。


「で、はらぺこさん。私は何をしに街に行くのか聞いてない」

「あ、そうだったな」


 表情で同意したのはオーリ。この前来なかったからだ。ニコは気がついたら選んでいたのでまぁ、置いておくとして、今回のメインはマルである。


「シノリ、マルにこの前の話はしてあるか?」

「あ、いえ、まだです」

「ん? なんだぞ?」


 マルはよくわからないという風に首を傾げる。

 確かに、全然聞いていないようだ。


「マルには店を出して貰おうかと思ってな」

「……ぞぇ?」


 驚かせることができたようだ。


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