022、ダンジョンへの初挑戦。一階層での採取の経過と問題点。

「じゃあ、方針を決めよう」


 しばらく歩いて魔物が三種類なのと資源としては苔と謎の土が採れることがわかったので、立ち止まってそういった。


「土は持ち帰って見てもらうしかないから量とってもしょうがない、苔は結構使えるらしいから優先して採る。魔物三種については、苔があるなら虫がお得、兎はちょっとコツがいる。子鬼は……んー、このダンジョンでもそうとは限らないけど、たまに、高値で売れる武器を持ってる」

「つまり?」


 オーリに聞き返される。考えていたことを言葉にするだけの時間をおいて。


「兎狩りはオーリに任せる。こちらに気付かれる前に首をはねられれば、肉はいい状態で手に入る。それで歩くうちに苔があればこれを採取、苔がある状態で虫を取れれば加工、子鬼は慣れるために倒していこう」

「子鬼は私がやる?」


 杖をぶんぶん振り回しながらニコがそんなことを言ってくる。

 血を見てテンションが上がっているのだろうか?


「やる気なのは良いけど、ん、じゃあオーリが投石で援護しながらメインはニコ。ただし、武器がレアな可能性があるから確認できる限りは俺が確認する」

「了解」


 二人が頷いたのを確認できたので、細い通路に入りニコとオーリに昼食をとらせる。その間は道の片方を見張る。特に問題は起こらなかった。

 その間に二人はマルの特製昼食を食べ終わった様なので水分をきっちりとっておくように指示を出す。

 水分をとったあとは二人の水筒に俺の水筒の中身を移して満タン近くにしておく。


 二人が昼食を取っている様子を見ていたが、ニコは少し気を抜いていたがオーリは俺が見張っているのと逆の側をよく見張っていた。ニコはそれに気付いていたのかいないのかがいまいちわからない。

 交代して俺が昼食を採る。左手はよく動かないが、何もできないというわけではないので多少ぎこちないが大きな問題はない。


 俺が昼食をとっている間、オーリは先程と同じ側を見張っていて、ニコは俺が見ていたほうを見ながら、杖を一振り二振りとして振り心地を確認しているようだ。


「あ」


 オーリが声をだした。俺はそちらを見る。

 ニコはピクリと体を揺らしたが振り返らずに逆側を見張っている。


「何かいたか?」

「兎がいる」


 オーリは……見張りはしっかりと務めるつもりだったが実際に見つけてどうしようかと迷っているようだ。俺はまだ、食事を終えておらず、兎はこちらに向かってきているわけでもない。

 仕留めに前に出るべきなのか、食事が終わるのを待つべきなのか、食事を中断させるべきなのか、と迷っているようだ。


「兎についてはさっき言った通り、こちらに気付かれると肉の味が落ちる」

「……うん」


 迷っているのは、行動の指針がないからだろう、と説明を続ける。


「気付かれないように仕留めるのが良いが、そのための手段を持っているのはこの三人のうち誰だ?」


 多分、準備時間があれば毒餌なり何なりでニコも十分にその狩りができるだろうが今ここでとなるとそれに一番向いているのはオーリだ。

 遠距離でといったので彼も何を使えば良いのかはわかったのだろう、スローイングダガーを持っている。


「ちなみにそれって一本しかないのか?」

「あー、うん、形見みたいなもんらしくてさ」


 そうか、と頷いておく。


「金ができたら、同じようなサイズのを何本か作ろう。それとは違う印を入れて」

「……あ、うん」


 オーリが集中し始めたのでそれ以上は声をかけないことにした。

 二度、腕を振りフォームを確かめたあと、一投をして、通路の向こうの部屋で兎の首が宙を舞った。


(お見事)


 言葉と一緒に最後の一口を飲み込んだ。



 兎肉の解体を見ながら水分を補給する。オーリが若干渋い顔をしているのでなにか、と問うと肉を冷やせないのが不満だそうだ。ぱっと解決策は思いつかない。

 冷えた水が豊富な階層であれば解決するのだろうが、そうでないなら外から冷やすための道具を持ち込む必要があるだろう。


(なるほど、迷宮肉の値段がピンきりなわけだ)


 前の街でも、迷宮から食料系を持ち帰るパーティーはいたが、どのパーティーが採ってきたかが記され、値段にもかなりの差があった。食料系専門のパーティーのほうが一般には高級だったのだが、素材自体の珍しさ以外に処理の手間も価格に反映されているのだろう。

 もちろん、劣化をさほど気にしなければ迷宮肉自体は安くも買えるが、安いのは普通の肉と同じくらいの値段だがあまり美味しくない。


 血を抜いて、風を当てるだけでもだいぶ違うらしいので、検討してみることにしよう。今回は首を落として、血を抜いて、皮を剥いで、内臓を取ったあとに取れるだけの血を拭い、身を開いてから鞄に入れず吊り下げることで風に当てることにしたらしい。傍目から見ると結構異様だ。


 俺が持つと言いたいところだが、片足不具で水を持っていると結構負担で、あまり荷は負いたくない。ニコに持たせるのもキャパがないのは同様なので選択肢から外す。

 だが、本当はオーリにも持たせたくない。戦闘能力が高いのもあるが、気配を断つのがうまいにも関わらず、肉の匂いをさせるのは優位点を殺すことになるからだ。


(荷物持ちがほしい)


 一階層だけの効率で言うならもうひとり荷物持ちがいて、オーリには遊撃で兎の首を落としてもらうのがいいだろう。もう一人解体できるやつがいるとなおよいのだが。

 考えながら歩いているうちにそれなりの時間がたった。兎の解体は三匹になって、虫は五匹ぐらいだろうか、一枚の木綿では処理できなくなるくらいの苔が取れたあたりで切り上げようと思った。


「じゃあ、今日は来た道を戻って引き上げるけど……お」


 言っているうちに足音がした。足音の主は誰何するまでもない、自分たち以外は這う多足と四足歩行と二足歩行だ。二足でかける足音で現れたのがゴブリンクォーター、手に武器を持っているが、


(普通だな)


 石斧といえば良いのか、しかしサイズが小さいので握りのある石、という程度。刃としているつもりなのか、若干打ち欠いたような跡があるので、あたり方が悪ければ切り傷にはなるかもしれない。


「ニコ、実践だな」


 俺の言葉を待っていたわけでもないだろうが、オーリの投石が飛ぶ。子鬼はその投石を斧を斜めに構えることで防ぐ。顔をかばった形だろう。それがたまたま投石を弾いた形になる。オーリからすれば手のひら大の石であるが向こうにしてみれば頭の半分ぐらいの大きさの石になる。

 受け止めはしたものの、斧を支えていた手はしびれ震える。が、斧を手放さない。


(それはいい)


 しかし、そんなサイズの石を受けたのだ、必然、構えの高さは落ちて目の高さが斧より上になる。だから、子鬼は見た。杖を振り下ろすニコの瞳を、テンパりつつも無表情を保とうとしつつ恐怖を抑え込もうとして――フラットになったその瞳は。


 斧を振り直す時間を奪う程度には子鬼の意識を乱したらしい。


――グリップの金属が頭を砕く音がした。

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