023、ダンジョンへの初挑戦。ニコの一撃と二階層の覗き見。

「うぅ、戦術改良の要あり」


 ニコが情けない声をだす。結果で見ればオーリの投石を布石に使った一撃で片付けたわけで文句のつけようもないが彼女からすると芳しくないらしい。

 頭にめり込んだ杖のグリップはいろいろなもので汚れてしまい、それを握ったままでいないといけないことに思いっきり殴ったあとに気がついたらしい。


 二発目はいらなかった、とは彼女の言だ。

 実際、一発目でほぼ瀕死になっていたので二発目の打撃を飛ばしても良かっただろう。

 息の根を止めるという意味では無駄ではないのだが、色々と飛び散らせるくらいならグリップ側ではなく石づき側で心臓を一突きにでもしたほうが良かった。

 とはいっても、汚れるかどうかの問題なので、拭くなり洗うなりすればいいだけなのだが。


 攻撃をすること自体への忌避感は強くないようだ。

 少なくとも実際の攻撃を終えた今はそれを表に出していない。


 めそめそしている彼女がたまにちらちらとこちらを見ているのはなんだろうか。

 慰めて欲しいのだろうか。

 ああいうタイプを思いっきり甘やかしたいという気分も無くはないのだが、タイミング的に今かと言われると違う気がする。


 それはともかく。石斧はドロップ品だが対して価値のあるものでもない。むしろ、価値にそぐわない重量なので持っていかないことにする。


「あ、じゃあ、もらう」


 といったのはオーリで、何かとみれば、それを先程投じて回収してきた石で叩き、いくつかの石に分けた。投石がなくなったらしい。

 打ち欠いた鋭いところを中心に3つの投石になり、先程回収した分と合わせて4つ。

 その作業を視界の端で捉えながら、ニコの杖を汚い木綿で軽く、次にきれいな木綿を濡らして丁寧にグリップ部分を拭いてやると少し機嫌を直したようだ。


「あれ、ここ入り口?」


 オーリの言葉に視線の先を追うと空間異常があった。


「いい感覚だけど違う。空間異常だが入り口じゃない」

「出口?」

「どこへのだよ」

「……で、何なの?」


 実際にはそんなもの、空間異常であるとしか言いようがないのだが。


「別の入り口に繋がっている可能性もなくはないが、高い確率で二階への『転位門』だ」

「一階の出口」

「……まぁ、そうだけど」


 胸を張るニコ。ため息をつくオーリ。


「今日は二人に一階に慣れてもらうためだから、二階を探索する気はないけど……覗いていくか?」


 聞いてみるとニコは大きく頷き、オーリはためらいがちに頷いた。

 軽く注意をしておく。


「一応、ギルド基準で言うと一階は脅威度判定1から5まで、このダンジョンの一階層は脅威度3の小鬼、脅威度1の兎、脅威度0の虫だった。二階は脅威度で言うと6から10だからだいぶ凶暴になる、といっても、きちんと準備をすれば問題ないと思うが……今日は何がいるかを確認して、次への対策をするだけだ」


 そういって、転位門に触れる。


――意識が曲がる。



 足裏の地面の感触で意識を戻すとそこは一階層とは違う風景だった。

 部屋と通路、という基本の部分は同じだがテスクチャが違う。

 廊下は石敷き石壁になっていて部屋は石敷きと漆喰っぽい素材の壁。

 人工度が上がっている。


「おぉ、まただいぶ違った感じの」

「――清潔」


 確かに埃は少ない。


――さり、


 と二人が感心したようであたりを見回していると、通路のほうから音がした。石敷きに乾いていながらどこか有機的な音を立てるのは見覚えのある生き物、しかし、そのサイズでは見ることのないような生き物。


 『這蜥蜴』。空を飛ばず二本足で直立しない、いわゆる普通の蜥蜴と同じような生き物を総称し、その最下級、灰色の爬虫類。

 大きさはしっぽを除いても太った猫くらい。しっぽ自体は体と同じくらいの長さで太い。


「あれは――まぁ、そこまで面倒でもないな」


 牙から毒液を出すくらいだ。その毒性も即死するようなものではない、即時分解される麻痺性の毒、効果的にも数秒程度で噛みつかれなければ効果がないので一人で多数に囲まれているのでもなければあまり脅威にはならない。

 というのも、毒をためる力が低いからだ。


「ってなると」


 這蜥蜴と一緒にあることが多いのは、


「歯車菊」


 言葉の通り、直線で花弁が構成されている華がそこに咲いていた。黄色をベースにしているが若干の金属光沢があるように感じるのは名前のイメージを受けているからなのか。

 これ自体は麻痺を治す薬草なのだが。


「止まれ」


 ニコに指示を出す。彼女は進もうとしていた足を止めて、不思議そうにこちらを見る。

 しかし、オーリは既に把握していたらしい。ニコに向かって天を指す。


 そこにいたのは、逆さになって天井に張り付く蛙。矢蛙(やかわず)と呼ばれる種類の蛙である。

 特性的には天井から一直線に跳び、硬質化させた頭で獲物に突き刺さるというものだ。


 大陸外の密林などでは非常に対処しづらいが、一定の天井があるフロアで出てきた場合は対処しやすい。

 また、この組み合わせの場合は、薬草の前に狙いを定めていることが多いのでより対処は簡単だ。


「ダンジョンの生態系とでもいえばいいのかな、こういった感じに連携してくることもままある。蜥蜴は道すがら倒した蛇と同じように首を落とせば毒腺も内臓もとれるんじゃないか? 蛙のほうは高い鉄分を含んでいるそうだがあんまり人気はないな、毒はないけど、倒すときに大抵正体がなくなるくらいにつぶれるから……」


 天井から命を捨てての特攻をするために、その後に残るのが潰れた肉と相成るのだ。


「どうするの?」

「今日は見るだけって言っただろ、蛙の対処は道具を持ってきたほうが簡単だから、明日以降だな。いろいろと打ち合わせたりもしたいから一度戻ろう」


 二人からも反対意見はなかったので、手をつないで異常空間をくぐる。



 洞窟前で軽く荷物の整理をした。

 孤児院への帰り道も特に問題なかった。


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