021、ダンジョンへの初挑戦。はじめての一階層。

 っと。

 軽いめまいのような感覚があるがそれもすぐに晴れる。

 あたりは薄暗く、鼻に届くのは先ほどまでの森の木々の鬱蒼と濡れたような匂いではなく、乾いた土と埃の匂い。


 ダンジョン一階層としてはありふれた土造り通路と木板造り部屋の組み合わせ。

 後ろ二人は放心と感動の間位の表情で天井を見上げている。


「ダンジョン一階層でよくみられる構造だが、乾いた土をくりぬいて所々に木の板をはめ込んだ部屋状空間があるタイプ。まぁ、所々木で舗装された虫の巣みたいなもんだな、違いは立体ではないことと直線が構造の本質なところ」


 言って、部屋の奥を指さす。そちらにいたのは先ほど話に挙げたクォーターゴブリンだ。

 しかも、ゴブリン種には珍しい単独行動個体。

 サイズもレギュラー。


「んじゃ、オーリ」


 倣って指の方向に視線を向けたオーリは一瞬肩を震わすが、そこにいたのは指を向けられ戸惑っている小さな人型。

 オーリにしてみれば行動すべき内容だけが頭に入っていれば迷う要素がないだろう。

 きれいなサイドスローで放たれた石はゴブリンに小さなノックバックを起こさせ、


「お」


 ふらつき後ろに倒れたことでダンジョンの壁、部屋の木の柱に頭をぶつける。

 そのまま、気絶した。


「うん」


 気絶状態の小鬼の足先を鞘から抜いたレイピアで突き刺す、軽い突き刺しは骨までも届いていないが、流血させる程度には刺さっている。痛みで起きないレベルの気絶、ラッキー分含めて投石一つでこれとは幸先がいい。


「……オーリ、とどめ」

「ん、あぁ」


 彼は思ったよりも軽く頷いてこちらの指示通りのことをこなす。

 小鬼の首は体の表から頸椎まで深い傷を刻まれる。その際にいくつかの確認を行うが、特に問題ないとわかったのでそのままに任せる。


「このサイズのゴブリンは首の骨が柔らかい、というか、刃物に対しての抵抗性が薄い。だから、首を切り離すのは同じサイズの生き物に比べると容易いし、打撃やその他の衝撃が頭に来た時にも気絶させやすい」


 どくどくと、青黒い血がダンジョンの地面に広がっていく。


「では、ダンジョンの不可思議さについて、実習だ」


 しばらくすると、小鬼が絶命する、これは首を断たれて、呼吸がなくなったこと、心拍を保つ血液が流れだしたためだ。

 ここは外と同じ光景だが、しばらくすると、小鬼の体の現実感が薄れ、数分で完全に感じ取れなくなる。

 消失現象、迷宮還りと呼ばれる現象。

 初見の二人はこちらに視線を投げる。


「昨日も説明した通り、迷宮は周辺地域からマナを集めその体内で魔物やアイテムに変換する。<塔>の住人たちはイデアの影を受肉させているとか言っていたが……」


 <塔>の住人たちはエトランゼたちの単語を使っているので理解するのに前提が必要な知識が多い。

 これも確か、頭の中の絵を模写する様なものという割とふんわりした説明がついていた。


「まぁ、力を集めて物を作る、というシステムがあるわけだ」

「物」

「今のゴブリンとかな。で、物になってもダンジョンの中では、力と物の間位の状態で振れていて……単純に撃破・殺害・破壊・活動停止させる、言い方は何でもいいが、物としての機能を消すと力に戻るわけだ」


 言っている間にゴブリンのいた場所にはそれを示すものは、ただ、消え切らずに残った床の血色くらいだ。それも徐々に薄くなっていく。


「狩人としてのオーリの剥ぎ取りは消え切るまでにやらないといけないし、冒険者はまた少し違った機能がある」


 話している間にニードルラビットが近づいてきていた。レイピアでその眉間を貫く。

 思ったよりも軽いが、振ると慣性が強い。突きこむのも払うのに便利なのもいいが狙いをつけなおしたりするには若干刃先の振れが大きく癖の調整をしなければならなそうだった。


(この階層では問題ない、かな)


 多少切っ先がぶれても、この階層には固い敵はでなさそう、なので十分に通るだろう。まっすぐに突きこまなければ通らないというような敵が現れる階層に行くことになるまでに修正しなければならない、と心の中でタスクリストに追加しつつ、痙攣している兎をつかむ。


「これを例えば……ナイフかしてくれ」

「はい」


 渡されたスローイングダガーで解体する。耳を切り落とし、股関節を引っ張って隙間を作った後、そこに刃を忍び込ませ、ざくんと足を落とす。片手では作業しにくいが不可能ではない。

 とはいえ、オーリがいらいらするレベルだろうな、と思って、ちらりと様子をうかがうと、


(いらいらよりハラハラしてる……)


「……足と耳、足はあまり高級じゃない肉として、耳は膠の材料になる」

「へー」


 ほかの部分も多分使えるのだろうが、今、重要なのはその二点である。


「素材として持ち帰ってギルドに売却するされる部位だが……ほら」


 見ている間に解体された兎が洞窟に還っていく。


「俺が解体してもこんな感じに還元されてしまう」

「――じゃあ、次は俺が」


 近寄ってきているのに気付いていたのだろう、飛びかかってきた兎の首を刎ねるオーリ。俺が渡した先の折れた剣だが意外とショートソードを振るうのも苦にはしていない。


「ナイフ返してくれるか兄ちゃん」

「はい」


 返したナイフで先の折れより滑らかに捌く。耳を落とし、足を落とし、……だが、腸を掻き出そうとしたあたりで兎は洞窟に還る。

 耳の片方と足の両方が残った。


「狩人はこんな感じにパッシブで『腑分け』の加護があって、解体した獲物の肉が一部残る」

「冒険者は?」


 さっき俺が言ったことを聞き逃していなかったのだろう、ニコが聞いてくる。

 ちょうどいいところにゴブリンが来た。レイピアで頭を狙うと、たまたま眼球に刺さりそのまま脳髄に刺さった。即死系だ。


「ここで、『エルゴ』」


 『クラス』のスキルではなく冒険者という『立場』によるスキル。そのアクティブなものである。

 <塔>の分類でいうところの、『種族』『クラス』『運命』の運命に属するものである。

 効果としては、


「消えなくなった?」


 さっきまでなら迷宮に還っているような時間が過ぎても未だにゴブリンの死体はそこにある。『エルゴ』は存在固定用のスキルであるとは微妙に言い切れないが、わかりやすさのため、エルゴで固定する、という言い回しはする。


「正確には、迷宮の食作用の回避効果を与えるもので、使用者から一定範囲内にいれば継続、範囲外に出た場合は24時間で効果が切れる」


 採取アイテムを持ち帰る際にはエルゴをかけて固定したまま『出口』に触れれば良い。そうすると転移の際に物質化されるらしい、このあたりは<塔>からもたらされた情報であり、細かい仕組みはよくわからないというのが実情だ。


 わかっていればいいのは『採取アイテムにエルゴをかけると迷宮に還らなくなる』『エルゴのかかったアイテムを範囲内に収めたまま出口に触れると迷宮から持ち出せる』『迷宮から持ち出したものは物質化している』という実際に必要な知識だけだ。

 ちなみに『エルゴ』は精神力の消費が殆ど無いアクティブスキルである。


「次の注意としては、あれだな」

「苔」


 緑の苔が生えている一角があった。ダンジョンを支えている用に見える木の柱に緑の苔。しかし、その一部が他の部分よりも鮮やかな色だ。


「この苔、薬の材料になるやつだよな」

「そう、サビゴケ」


 銅の腐食物と同じような緑青の色をしている。


「『エルゴ』」


 スキルの使用でサビゴケに力が通る。木綿を取り出してその上に苔を剥ぐ。

 サビゴケもそうでないものも一緒に木綿の上に取り出されるが……。


「あ、消えた」

「サビゴケだけが残ったわけだ」


 これも『エルゴ』の仕様である。何が起きたのかというと、構造物は持ち帰れない、という研究結果を目に見えるようにしたのだ。


「壁だとか天井だとか床だとかあるいはトラップだとかは、ダンジョンから持ち出せない。これはなんでだかわからないが、一説にはダンジョンそのものだから、とも言われてるな」

「ダンジョンそのもの?」

「ゴブリンみたいなモンスターやサビゴケみたいなアイテムはダンジョンに生み出されたもの、で、壁とか柱とかはダンジョンそのもの、ダンジョンは人を招き入れるためにダンジョンが生み出したものを持ち帰れるようにはしているけど、ダンジョン自体は持ち帰れないようにしている、とか」


 ともあれ構造物自体は持ち帰れないということだ。壁をみると、苔は再度生えかけている、完全再生までは一時間ほどかかるらしい。


「あとは、知ってるかもしれないけど、侵入ごとに構造が変わるが傾向は変わらない」

「鉱山ダンジョンとか、食材ダンジョンとか言われるもんな」


 出てくる魔物の傾向とそこで採れるものの傾向は、変わりにくいと言われている。長期的には変わることもあり、階層により傾向が違う例は報告されているが、年から十年単位での話だ。


「あとは、潜るほど強い魔物が出てくる、これもあまり理由はわかっていないが力の源のようなものが深い位置にあるからだ、と言われている」

「昨日言ってたダンジョンの核みたいなやつ?」

「それか、流れている力そのものが深いところにあるのか、だな」


 入り口に近いところが難易度が低いというのは冒険者的にもギルド的にもありがたいが。どうしてなのかわからないのは不気味である。


「浅い階層はバリエーションに乏しいから、魔物も資源もあと一種類くらいかな」

「ふうん……」


 言っているうちに魔物が現れる。モスワーム。

 魔物に分類するかどうかは正直微妙だが、こういうフロアに現れて壁に生えている苔を食う。先に採取したサビゴケなども食ってしまうので採取の邪魔ではある。

 ただ、解体上手の狩人と薬師系クラスと適切な道具が揃った場合。


「オーリ。あれを採る」

「うぇ……」

「毒はない、大丈夫」


 毒の有無の問題じゃないと思うが。


「頭分、三節落とす」


 どす、と音がしてワームの首が飛ぶ。


「パス」


 オーリが首のないワームをニコに渡す。


「エルゴ」


 ニコの視線を受けてスキルを使用する。ニコはそのまま木綿を取り出すとワームの体の中程を指ではさみ、絞り出すようにしてつまみ上げる。

 緑色の体液が出てきて木綿でうけた。木綿に緑のシミが広がる。


「ニコ、それ何?」

「苔喰虫。苔の消化途中で吐き出させるといい薬になる」


 説明を続けるニコ。聞くところでは人間で言うところの唾液と交じると薬効が強化されるが、胃液と混じると薬効が減じるらしい。

 唾液だけ取り出しておいても一日二日で効能がなくなるらしい。ダンジョン外での魔物の飼育が禁止されているこの大陸では高価になってしまう。


「さっきのサビゴケ」


 包んでいた木綿を取り出しニコに渡す。ニコは揉むようにしてそれを混ぜだした。


「よし」


 心なしか嬉しそうなニコ。オーリはどうしようか、という表情でこちらを見てきた。

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