020、ダンジョンへの初挑戦。入り口前。

 幸い進行方向だったのでしばらく歩いたあとにナイフを回収することができた。

 落ちた首は既にニコが回収している。体のほうはオーリが持っているが、ナイフを回収したことで処理を開始することにしたらしい。首は落としているからその切り口から皮に切り口をいれるとまさしく『ずるり』といった感じで皮を剥いだ。


 肉の棒という感じの見た目になったその蛇に魚をさばくような動作で切れ目を入れると、内臓が露出する。

 ニコの指示を仰いで心臓ともう一つ、緑がかったよくわからない臓器を取り分けるとそれ以外を取り出し捨てる。


 肉の方は、

「マルに持たされた」

 というと葉っぱを取り出す。


 レッドボアを包んでいたものより劣るが肉の保存に向いた葉っぱだ。それで挟み込むとニコの鞄にくくりつける。

 どうも乾燥させたほうが良いらしい。

 乾いたら鞄の中に入れる予定だそうだ。

 ちなみに、内臓は脇道に放り捨てていた。どうして道の上に置いておかないのかと、ニコが聞くと。


「肉を食う獣が集まるだろ」


 という妥当な回答だった。

 そんなイベントが有りつつ、暫く進むと。


「あそこだ」


 オーリが到着を告げた。

 空間の歪曲が視認できる場所にあった。


「なるほど」


 俺は前にいた街と、研修で訪れた街の二箇所のダンジョン入り口しか知らない。

 その時の経験的にはもっと視認しやすかったが、多分陽光のもとと薄暗い部屋の中の差なのだろう。あるいは視認しやすいように空調になにか混ぜてあったのかもしれない。


「じゃあ、アレの前で最後の相談だ」


 そう言うと木の根本の空間異常の前にでた。

 おずおずという感じで二人も出てくる。


「わかりやすいところから説明すると、あそこに見えてる空間異常に接触するとダンジョンの中に転移する」

「転移」

「この空間と違う位相への移動だと言われているが、まぁ、今はあまり気にしなくていい。この世界と重なっている小さな異世界に行くようなものだ」

「えっと、つまり、出入り口は一つだけ?」

「それが重要な部分だな。例えば、ダンジョンで天井崩しみたいなことをしても出られないわけだ。出入り口は基本的に一つで自分が入ってきたものだけだと思ったほうが良い」

「――今の言い方、例外が?」

「別の入口から同じダンジョンにたどり着くことはある。けど、出口がどうなっているかはわからない。場合によっては地下何メートルに急に出てくることにな」


 その場合は死ぬわけだ。


「次に転移は<二重接触>をしている相手と一緒に起こる。二重接触ってのは、簡単に言えば、肉体の接触と認識の接触だ。触っていて、触っていると思っている、という2つが重ねて起こっていないと転移はされない」


「……むしろそれは触っている場合、どういうケースで転移が同期しないのさ?」

「意識のない、昏倒してたり眠っていたり気絶してたりする人間に一方的に接触しても起こらないらしい。ただ、帰ってくるときには肉体的な接触だけでも事足りるそうだ」


 意識のない仲間を背負って空間異常を潜った事例は枚挙に暇がなく、こちらから向こうに行くときのと向こうからこちらに来るときでルールが違うことから、塔では位相とともに位階が違う世界なのではと推測されているが詳細は不明である。


「普通に目が覚めてるときなら手を繋いで潜るだけで一緒に転移できる」

「ちなみに、バラバラに入るとどうなるの?」

「転移先がバラバラになる。合流できるかどうかは運次第みたいだな」


 あとは階層ジャンプの法則等々があるが、今の所一階層に入るだけなので特に問題ないだろう。


「一階層はほとんどのダンジョンで危険な生物……あー、一対一で子供に勝てる魔物、は出てこない。ちょっと例を挙げると、クォーターゴブリンは、体長50から60センチの緑の肌をした鬼で、まぁ、見た目よりは少し力が強い程度、殆どが素手でたまに自然物、つまり、木の枝とかを振り回す」

「要するに子供?」

「立てるようになったばかりの子供くらいか。気分の話を別にすれば負ける要素は無いはずだ」

「まぁ、そうだな」


 オーリの納得が得られたので次に行く。


「ニードルラビットは40センチくらいの兎、まぁ、……兎だな。灰色の艶のない毛色で行動パターンは兎に似ているが人間を見ると突っ込んでくる。ニードルという名だが意外に立派な角を持っている。正確にはこれの上位種のホーンラビットというのがいて、そいつは危険だ。それと似た姿でそれより弱いから、ホーンじゃなくてニードルと言われている」

「えっと、角を持った兎が突っ込んでくるのは結構危ないと思うけど」


 そんな意見を言うのはオーリだ。狩人として実際にノウサギを狩った経験もあるのだろう。それを踏まえて危険である、と。


「そうだな、人間の走りよりも遥かに速い速度の鋭角がぶつかってきたら、普通はただじゃ済まない……」


 うん、とオーリはうなずく。


「アイツラは本当に立派な角を持ってる、それこそ俺の拳ぐらいの」

「……あ」


 先に気付いたのはニコだった。

 オーリがそちらをむくがニコは視線をそらした。


「例えば、オーリが全力疾走をするときに体重の10分の1ぐらい。5、6キロのおもりをのせる、ってできると思う?」

「あー、なるほど」

「しかも、アイツラは角の先端だけがホントの角で角の土台になる大部分は海綿状の組織だ」

「――ぶふぅ」


 ニコがついに吹き出した。


「攻撃の為に角に血を回すと、アイツラ半分貧血状態だ。それで全力疾走しようもんなら……わかるな」

「なんで、勝手に死にかけてるの?」

「しらん」


 ダンジョンは土地土地の性質を反映するらしいので一階層といっても結構多種多様な魔物が出るようだがぶっちゃけてどこでも危険度は似たようなものである。緊張しないのも困るが、内容を知っていれば緊張するのも難しいくらいだ。

 ただ、実際には一階で事故死することもある。それでも殆どがあふれや零れ個体のようなダンジョン自体が異常事態を起こしているときであるが、ゴブリンの集団にかみ殺されるケースが何万人に一人ぐらいはあるので注意がないのもよろしくない。


「緊張も凡そなくなったみたいだし、行くぞ」

「ん」


 ニコに手を握られて、ニコは逆の手でオーリを握っている。俺は空間異常に触れた。

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