018、街から帰って打ち合わせ。

 孤児院まで戻って、マルの用意してくれた夕食後、お土産配りと情報整理を行った。

 メインメンバーはオーリ、マル、ニコ、シノリに加えて俺だ。


 ちなみに鋏はリノという子へのお土産らしい。

 先ほど、ニコに渡しておいてもらった。若干困惑気味だったが嬉しそうだった。


 海魚の干物と肉切り包丁はマルに大変喜ばれた、と言っても無表情っぽいままに両手を挙げて喜ぶものだからコメントには困るがうれしい事は間違いないらしい。

 干物を買うことを提案したのがシノリだというと、ほっぺにキスを迫っていたのだから相当にテンションが上がっているのだろう。


 オーリには特に土産がないのだが、ニコを助けるのに使ったショートソードを下取りに出さなかったというと、感謝され、良ければその折れたものが欲しいといわれたので、後日、別の新品も用意することを告げたうえで渡した。


 シノリについては、鉛筆一本と今度街に出るときに余裕があれば紙を買って帰ってくる約束で済ませてもらった。


 そのあたりのやり取りを終えて。


「にしても、レッドボアってそんなに高く売れるのか」

「薬もまだ加工がいる原料でもそんな値段なのね」

「……鍛冶屋の商品は大安売り?」

「魚、高い」


 ざっくりとした感想はそんな感じ。

 あとは彼らはこれまでは意識したこともないらしく驚いていたが、


「レベルアップが高い」


 そこは共通認識らしい。

 俺は別に高いと思わなかったが、その認識の違いについてはある程度解釈できる。

 神殿の経営する孤児院ではレベルアップが神官の自腹のような形で行われる。

 ただし、『子供』クラスのレベル上げだけだ。


 子供レベルを上げておくことで病気にかかったり事故での不慮の死に対する防衛策になる。

 そのため、市井の子供達も新年か誕生月にレベルアップの儀式を受けるのだがこれは有料だ。


 通常は誕生日プレゼントとして扱われる程度の値段で小銀貨一枚から二枚程度が相場。

 特殊クラスとして扱われる『子供』は初修者の神官にもレベルアップができるので安くついているし、逆に初修者の神官は『子供』のレベルアップで経験値をためるのが高位の神官への道なのだから多少の赤が出てでも受けたがる。


 そういうわけで無料のレベルアップが経験の基礎になっている彼らは銀貨の飛び交うレベルアップを高いと感じ、俺はギルドの冒険者が安全のために、少しでも投資できる対象としてレベルアップを望んでいることを知っており、その相場のおおよそも知っていた。


「で、神殿の位置がこれ、と」

「はらぺこさん、調理人は?」

「この街なら農耕神だそうだ」

「そう」


 シノリの作った地図を広げ神殿の位置を確認しながら話をする。


「農耕神が食べ物通りの近く」

「たぶん、それは食べ物屋に材料を運んだり、露店に立ち寄ったりする農民、あとは、露店を開いてる料理人自体を考えてその辺にあるんじゃないか?」

「鍛冶神がないのは意外」

「あ、それは聞いたよ。昔はあったけど、鉱山が閉まって神殿をダンジョンの近くに移して……ちょっと入りきれなかった神官さんが旅神官になったって」

「近くのダンジョンって、確か片道200kmくらいで一週間位の場所?」

「5日で速い、6日で普通、7日はちょっと遅い」

「ニコはなんでそんなこと知ってるの?」

「ん? 聞いた」

「そっか……狩猟神はなんで街の外?」


 それに対してはマルが答える。


「狩猟肉は贅沢品、狩猟肉をとってくる狩人は喜ばれる、でも、市街地に入るのは有料」


 門番の話だ。街門の出入りは通常有料だ。

 俺の場合はギルド証が出入り自由の証となるし、街の住人は自分の住んでいる街の出入りは概ね無料で通行できる、孤児院については本来街の所属とみなされるためそれを示せば住人待遇である。

 それに対して狩猟民は獲物を追って旅することもある都合上一箇所にとどまらない、ベースとなる街を持たないものもいる。

 基本的には旅人と同じ扱いになり市壁を通るのが有料になるのだが、それを嫌がられることもあるようだ。

 そのために、市壁商人というのもいて、貧乏な住人を雇って狩猟民の獲物を市壁の外で買い取り壁内に持ち込むというやつもいたりする。

 よほど大規模にしない限り黙認されるのが習わしだ。


 それはともかく、レベルアップのために市壁に入ることを嫌がる狩猟民もいるので、そのために外に狩猟神の神殿が設けられているらしい。


「まぁ、とりあえず、商会の上の方に偶然にしろ接触できたし、神殿の位置も確かめた、ギルドの方にも書類をもらうことを通して何をしようとしているか伝えたし……あとはこの街で偉いやつって誰だ?」

「一応、政治的な意味合いでいうと男爵領ということになるはずです。とはいえ、この街は……かつては鉱山があったことから防衛的な意味合いはありましたが今では若きキュラス男爵はもっぱら王都におられ、現在は代理人たるハーグ老が実質的な領地経営をされている、と、二、三年前に先生に聞きました」

「じゃあ、その人にも話を通したほうが良いのかな」


 ギルドの規則的にはダンジョンの制御が何よりも優先される。

 それは時には王国の中で国王の権威を無視することすらあるほどに。


 だが、それは、ダンジョン災害が大陸を絶望のるつぼに落とし得ることを誰もが知っており、また、この大陸においては全土帝と呼ばれた数百年前の統一王が全ての王国の血統のもとであり、その血脈がギルドにその許可を与えている。


 つまりは、それに文句を言うことは自分たちの開祖である大人物に対し弓をひくことになるからだ。とはいえ、それは形式上の話であって実際にはしがらみに縛られるのが浮き世の常。話を通して協力を取り付けるに越したことはないわけだ。


「って言っても、其処に話を通す方法はないし、細かい話もできる状態じゃないんだよな」

「……これ、役に立たなかったかい?」


 オーリが出したのは地図、このあたりの森林地帯の地図である。今朝預けたものがものすごい完成度になっている。


「いや、役に立った、というか、ここまでやってくれるとは思わなかった」


 半分以下程度の移動速度を見込んでいたが、非常に優秀だったらしい。

 チェックされているポイントは5つだ。


(あとは野犬を倒したんだっけ?)


 森林踏破者として獲物を仕留める技術も高いらしい。


「こっからはまぁ、ギルドの秘密みたいなもんだけど」


 オーリがチェックしてきたポイントの内4つを線でつなぐ。ばってんを付け加えた台形ができる。チェックに入れなかったもう一つの点は台形の内側に入る。


「マナの澱みでダンジョンが発生するってのは昨日少し話したけど、ダンジョンから一定位置に澱みは残る。澱みは空間の異常として現出するけどその位置は……まぁ、これを見たらだいたい分かるか」


 台形を形成している四点ともう一つ、オーリの探索外に点を一つ於いて五芒星を書く。多分、高低で出る位置が若干ずれているようだが、地図の縮尺ではほとんどわからない程度。


「じゃあ、この星型に入ってないのが」

「そうだね、五芒星の中心でもあるし、これがダンジョン入り口だ」


 ちなみに、五芒星の一つの点がニコの襲われたポイントのすぐ近くにあって、ダンジョン入り口とそのポイントをつないだ直線の延長上に孤児院がある。

 特に意味のある符号ではないが、あのレッドボアがあそこに現れたことの傍証にはなるだろう。


「ダンジョンの入口って見つけたあとどうするの?」

「そうだな。普通なら覆うように建物を立てて隣接してギルドの対策用の建物を立てる、ダンジョン破壊の場合は其処をキャンプにして攻略を開始、ダンジョン制御の場合は其処をベースにして周辺環境を整える感じだ」

「建物の理由」

「モンスターがこぼれた場合、一時的には壁として、止められないことも多いけどその場合でも何かが逃げたとわかるようにってとこだ」


 なるほど、とニコはうなずく。


「壊される前提」


 あぁ、と肯定。

 とりあえず、今回はダンジョンハックして様子を見に行く。

 人手は多いほうが良いが、足を引かれるのも避けたい。


「オーリ」

「うん?」

「ニコ」

「……ん」

「二人にはダンジョンの一階層に入るときに手伝ってほしい」


 オーリとニコは顔を見合わせた。

 それに対して、割り込んだのは、


「わたしの名前が抜けてるぞ、はらぺこさん」

「危険です! そんな、冒険者を雇えばいいじゃないですか!」


 マルとシノリだ。

 自分も連れて行けというマルと、孤児たちで入ることに抵抗のあるシノリ。

 どちらもいっていることは理解できる。


「一階層は大物なんて出ないし、小さいやつならオーリが仕留めて持って帰る。機会があれば連れて行くから今回は待っててほしい、マル」


 あと、細かいことを言えば、調理人の本領を発揮してもらうためにはそれなりの道具が必要になる。それを持ち込む余裕はないので、マルにしてもらえることがあるとすれば、魔物の判別……というか、処理法の参考だが、それはもう少しあとでいいだろう。


「マルにも言ったとおり、一階層には大物はいない。危険度は森の動物とそう変わらないというかそれより安全くらいだから大丈夫だシノリ」

「でも」

「冒険者を雇うのもこの段階じゃまずい」


 わかりやすいところでは資金の問題だが、選別もできない冒険者を送り込んで死なれようものならいろいろと厄介なことになる。


「オーリなら山犬を一人で何とかできるくらいの腕があるし行動速度も十分速い。本来は一人で潜ってきてもらうのが一番安全だが、シノリはそれでは心配だろう」


 俺としても、俺が潜ったほうが得られる情報が多い。

 一度行って帰ってくるだけなら確実にオーリ一人のほうが安全度は高いが、俺が行くことでダンジョンに行く回数を減らせる。

 一人で数回行くより、三人で行く回数を減らしたほうが安全……、トントンぐらいだ。


「でも、ニコは」

「大丈夫」

「ニコにはそんなことわかんないでしょ!」


 シノリが少し語気を荒げる。

 ニコはそれを受けて、若干気圧されているが、意思を変える気はないらしい。


「大丈夫、ニコは俺が守るから」


 言うと、三人からは半目で見られた。片手片足が不十分で本当に守れるのかという疑いだろう。

 ニコは笑顔になった。

 不安な部分もあったのだろう、彼女は笑みでこちらの感覚の薄い左手を抱くようにする。

 右手を彼女の頭に載せて笑いかける。

 それ以上の反論はないようだったので、次の話に移る。


「ダンジョンハックは一階層でも金になると思うからいまさら中断する気はないが、全体的な方針については決まったかな、シノリ」

「……」


 シノリは口を閉じて言葉を選ぶようにする。


「ダンジョンに潜るのは危険だと聞いています」

「うん」


 続きを促しながら考える。確かに、ダンジョンハックは危険と隣り合わせだ。

『B級上位のパーティーが進行状況より浅い階層で全滅すること』だって、それなりにある。


「ですが、大きなお金が動くことも知っています」

「うん」


 そう、一つの鉱山を閉山にしてでもそちらにリソースを集中したほうが良いと判断できることもあるぐらいには資源の宝庫となる。


「そして、それが、今、この孤児院にいる皆にとって希望となりえることも」


 ニコは目を開き、オーリは照れるように目をそらし、マルは口元を緩める。

 少なくともここにいる三人はダンジョンに潜ることに希望を見ていて、楽しみにしている。

 が、それは彼女たちだけではないらしい、


「わ、私もです」

「リノ?」


 そんな言葉とともに食堂に入ってきた少女にシノリは息を詰める。

 驚きの表情のシノリをおいて、少女はなおも言葉を紡ぐ。


「オーリやシノ姉たちが、この孤児院を何とかするために頑張ってるのは知っていました。だから皆、その人が――ニコを助けてくれたその人が来てから表情が明るくなりました」


 ニコはなんか違う意味でアッパーだけど、とリノは若干黒いことを言う。


「でも、あぶな……」

「シノ姉もです!」


 言い返そうとするシノリにリノは返す。目端に涙をためるようにした表情で。


「シノ姉はその人が来た日からは不機嫌そうだったけど、でも、その人が起きた日からは笑うようになりました。考え込む顔も増えましたけど……よかったなって、皆思ってたんです」


 だから、とリノはいう。

 だから、と繰り返して、でもその声には涙が交じる。

 誰も言葉を継げずに彼女を見守り、しばらくしてすするような音とともに彼女は視線をあげた。


「だから、一人じゃなくて、皆で……皆で、頑張ったらいいじゃない……ですか」

「リノ……」


 それが彼女の感情なのだろう。そして、シノリはその感情ごと、というようにリノを抱きしめた。



「あれ、仕込み?」

「違うぞ。あたしはちょっとリノのスープの味付けを失敗しただけだぞ」


 失敗の内容とは多分、いつもより若干濃い目の塩分調整のせいでしばらくすると喉が渇くようにとかのそれだろう。

 とはいえ、咎める気はない。


 感情としては、シノリはすでにダンジョンをこの院で制御する方に動いていたように思う、そうでなければ今日の『市街観光』の手伝いもしてくれなかっただろう。結果的に見れば感情では傾いていても判断をし切れなかったシノリに対して強い感情を持った相手としてリノをぶつけたというだけだ。


 あの大人しそうな少女が結構強い芯を持っていることは俺にはわからなかったし、それを知っているのは孤児院のメンバーだからこそだろう。

 決断を下すのを手伝った、というだけだ。それも後押しという形で。

 思考誘導とかではない、と思うので、やっぱり咎める理由にはならない。


「そんなにみられてもこまるぞ」

「……ぎゅう」


 マルにそんな返しをされてニコに腕を抱きしめられる。

 ただ、見ているだけではマルがシノリに抱いている感情が見えないので聞いてみることにした。


「マルはシノリのことをどう思ってるんだ」

「シノ姉?」

「今回はリノをけしかけたわけだけど、それはシノリが決断できないと思ったからだろ。……だったら、その決断の遅さに対して思うところはあるかな、と」

「……ふむむ」


 マルは一瞬虚空に視線を這わせ、それからこちらに真っ直ぐな瞳で見てくる。


「重たい荷物を持つ人は走れないぞ」

「……ん?」

「正確には重いものを持って走ると急に曲がれないといったほうが良いぞ」

「あぁ」


 コケたりバランスを崩したりするかもしれないからな。


「シノ姉は華奢な割に荷物を持ちすぎ。本来なら持つ必要のないものまで手にしようとするぞ、それは強欲ではなく庇護欲とでも言うべきもので……皆がシノ姉と呼ぶのも悪かったかもしれないけど、皆の姉であろうとしたぞ」

「つまり、あの子は」

「皆のお姉ちゃんだから皆の安全を、皆の未来を――と、それは一人の孤児に持ちきれるものじゃないぞ。その状況でじいちゃんが亡くなったものだから、ああなったぞ」


 初対面の初対面では冷たい目で見られたので、いい印象ではなかったが、その年頃の女の子としては普通のリアクションの範疇だと思う。けれど、その後の彼女の反応は――例えるなら傷を得ながら子供を守ろうとする母猫のようなものに見えた。


「尊敬してるし信頼してる、でも、シノ姉くらいの年なら感情に振り回されてもいいと思うぞ」

 言外に彼女は言う。振り回される側も同意しているのなら、なおさらに、と。

「達観してんなぁ」

「孤児なんてなった理由も様々だから妙な部分が大人っぽくて妙な部分が子供っぽいとかそんなやつが多いぞ。オーリなんかは普通の子供っぽいけどな」


 そういうものだろうか。自分の過去と照らし合わせてもなんとも言い難い。


「ちなみに、ニコのこの状態は子供っぽいのか?」


 この状態とは要するに甘えるように腕を抱いている状態だ。


「……あだっぽい?」


 何を言っているのか。

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