3、追放者は《彼ら》と迷宮に行く

019、ダンジョンへの初挑戦。道中。

 翌日、マルの作った朝食を食べたあと、昼食の用意の音を背に情報の確認を行った。まず、最初に出したのは昨日オーリの書き込んだ地図。


「この位置までどれくらいかかる?」

「普通の山道だしなぁ、一時間かかる、かからない、くらい?」


 一人ならもっと速いけど、とオーリは言う。ダンジョン入り口まで一時間ならギルドに介入された場合、孤児院の建物は間違いなく接収されるだろう。


「今日はそこに行くけど、シノリ」

「……あ、はい」


 彼女の目は赤い。昨日あのあと何があったのかしらないけれど、リノとシノリの目が赤いので泣きはらしていたのだろうか。


「これから必要な物品リストを作った。あの街で買うなら幾らぐらいか知ってもるものだけでいいから書き込んでおいてくれ。あと必要なものがあったら書き出しておいてほしい、できれば優先度付きで」

「わかりました」

「ダンジョンがどんなところなのか知りたいのならそのうち連れて行くから今は我慢してくれ」

「……わかりました」


 ある程度の納得をしているのだろう、彼女の表情は全面の得心ではないが反発するような様子でもない。それが維持できるように努めよう、と意識を新たにした。


「ニコは、不安なら何か棒状のものでも持ってけ。あとは背負・降ろしのしやすい鞄、手の塞がらないものがあると良い。容量は今回は二の次で」

「おっけー」


 ニコは机の下に持っていたのか、棒状のモノを取り出す。聞いてみれば前院長の杖らしい。何本か持っていたうちの一本、一番軽いものだ、と言っていた。

 彼女に振るわせるつもりはない、攻勢に出るほど気が大きくならず、不安にならない程度に頼れるものが良いと思っていたので、ちょうどいいかもしれない。


 鞄としては昨日持っていた布袋を使うつもりのようだが、リノが改造をリアルタイムで加えている。肩紐を太く平べったくして安定を増すようにしたことで、体の動きにつられて重心がブレるのを抑えつつ、両肩に紐がかかるようにしたことで手があくようになった。

 逆に、鞄に入れる作業はしにくくなったが、それは俺が入れても良いのだから大した問題ではない。


「オーリは……そうだな、山歩きの格好が基本でいい」


 見た時点で既におおよそ準備ができていた。ズボンの裾をブーツに入れて肌の露出を抑えつつ、基本の装備はロープだけ。ロープは細い方は女の子の小指ほど、太いものはオーリの親指くらい。使用法によって分けているのだろう。


 役割上、投石を中心で行ってもらうが石は道すがら拾ってもらうことになっている。あとの装備としては折れたショートソードだ。弓は使えなくはないというレベルらしいが、矢じりの関係上練習もあまりしていない、ということだ。

 それといつも使っていると思しきロープを切る用のナイフで彼の装備は完了。


「うし」


 気合も入っている。

 最後に自分の装備。紙に鉛筆、手袋は革だがところどころ破れかけている。ズボンの裾はオーリと同じくブーツに入れて、コートは腿のあたりまで伸びたもの。茶渋で染めた厚手の木綿だが、使い込まれ柔らかくなっている。


 あとは昨日購入したレイピア……が、年少組のおもちゃになっていたので取り上げて腰に履く。ベルトは孤児院の倉庫にあったものをもらった。工具を差し込むような穴が空いていたので、鉱夫か職人が使っていたものなのかもしれない。

 ついでに、ベルトに通すタイプのポケットを見つけたのでそれもつけておく。

 そのタイミングでマルが食堂にやってくる。


「準備できたぜ、はらぺこさん」


 そういって置かれたのは布で包まれたパンと革袋。革袋は小さいものと少し大きいものと結構な大きさのもの。


「あんまり入れ物の種類がなくてなそこは大目に見てほしいぞ」


 と言いながら説明をしてくれたところによると、小さな革袋は堅焼きビスケットが入っているらしい。少し大きなものは水筒だが、一人分には心許ない。大きなモノも水筒らしいのだが持ち歩くには大きすぎる。


「ビスケットは説明するまでもないと思うけど、水筒は入れ物が少ないからなぁ、一応、小さい水筒が2つに入るだけ入れてる、大きい水筒ははらぺこさんがもって、二人の水筒が無くなったら移してあげて欲しいぞ」


 マルによると入れてある水は昨日の夜のうちに沸騰させて今朝までかけて冷ました水らしい。そこに、ペグの実の果汁を加えているとのことだ。


「――頑張れ」


 声援を受けた。



 その後、オーリがはしゃいでいる年少組に家の中の仕事をするようにと言いつけて俺たちは出発した。昨日は直線経路でなかったオーリは、道を付けながら歩く。


 もし、二人になったときにも帰れるよう景色は覚えておくように、と言われたのでそれに従う。有り得ないとは言わない。

 ヤブを払いつつ進むオーリに、ニコはたまに話しかける。


「緊張してる?」

「……してないとは言えないな」

「うん、正常だね」


 ……緊張をほぐそうとしているのか、単純に気になったから聞いただけなのか、判別がつかない感じだ。

 と思って見守っていると、今度は地図を持ってこちらに話しかけてくる。


「入り口以外の魔力溜まり」

「あ、あ、うん」


 あるきながら地図を見せつつ近づいて来るので距離が寄っている。


「雪割菊ある?」

「え、あー」


 言われた言葉の意味を考えて。なるほど、と思う。

 レッドボアに襲われた場所に咲いていたのがそれならば、他の魔力溜まりでもそうなっている可能性はある。


「今度確認しに回ってみるか」

「うん、花畑デート」


――、あん、これは俺も行く流れなのか?

 オーリの方に視線をやる。オーリと二人の行動のほうが速いだろうと思ったのだが。これ見よがしにため息をつかれた。彼も面倒らしい。


「わかった、開花時期は短いのか?」

「んー、あんまり知らない。魔力の濃度次第?」


 普通の雪割菊なら十日程度らしい。微妙なラインか?


「まぁ、帰り道で余力があれば一番近いところを見てみよう」


 それであとを決めたら良い、


「わかった」

「お話中悪いけど、あれ、見える?」


 オーリに声をかけられる。視線を追うと木の上、枝。

 巻き付いて何かがある。

 独特の色合いは、


「蛇?」

「巻き付いてるからはっきりしないけど、40センチ位だ。どうする?」

「どうするって? オーリは普段遭遇したときはどうしてるんだ?」

「飢えかけてるときは採って食う、そうでもないときは避けるか殺すか」

「毒があるやつ?」


 オーリは若干細めになって蛇を見ると、弱いけどあるよ、と返答した。

 それに対して少し考えて、ニコに対して利用できるか聞いた、


「毒を?」


 驚いたような表情をするニコ。毒の利用はあまり検討していなかったらしい。

 少し戸惑ったあとで、


「毒腺の処理はできる、あとは内臓で乾燥させて薬になる部分がある、でも今は処理できない」

「どう仕留めるのが良い?」


 戸惑いはなくなったようで回答には澱みがない。


「毒腺を優先なら首より下、腹でもいいから切る。頭を潰すのはだめ。内臓を使うなら首を落とすのが最善、頭を潰すのでも良い。生かして持って帰るのが一番いい」

「へー、理由はなんだいニコ」


 今度はオーリが蛇から目をそらさずに質問する。


「毒腺は頭にある。内臓は蛇の腹。生け捕りなら血も取れる」

「血?」

「血」

「薬師の経験値にできるかな、と思っただけだからそんなに気にしなくても良い」


 放置しておくのは危険だ。道の上にいる以上は。


「オーリ、首落としできる?」

「いやー、蛇の首ってどこだろ?」


 解体したことはあるらしいので内臓を傷つけないあたり、という感じで指示を出す。


「んー」


 するりと抜いたナイフは独特なものだった。ロープの切断に使うと言っていたが持ち手のところまで鉄でできているようでそれが薄い板状、なんというか、一言で言えばグリップしにくそう。

 ヘラの両端に刃をつけたようなそれは、オーリの構えを見ると用途がわかった。


(スローイングダガーって奴か)


 それが主武装である、という冒険者にはあったことがなかったのでまじまじと見たことはないが様になるポーズから投じられたそれは反射の光を残しつつ蛇の首に吸い込まれて……あ。


「おおう……」


 蛇の首を落としてほしいという依頼は達成されたが、残念ながらこもっている力が強かったのか、刺さった枝が弱かったのか。首を落とし、枝を落とし、ナイフは彼方に飛んでいった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る