016、青い煙突の鍛冶屋。

「まぁ、そんなもんだな」


 ショートソードは質のいいものだったが、鋳直すほどではないといわれた。

 青の煙突の職人は六人いた。その上から三番目だという男。それが今回対応してくれたのだが、示された選択肢は三つ。


 折れたショートソードを継ぎなおすのが銀貨四枚。

 折れたショートソードを折れたまま刃をつけなおすのが銀貨二枚。

 下取りして似たような長さの中古の剣で銀貨二枚(ただし、かなりボロボロだ)。

 新品なら銀貨七枚だそうだ。


「中古の剣をそのまま買うなら?」

「あー、そうな。銀貨三枚で」


 どういう計算なのかわからない。直してもらうのは技術料と継ぐ分のモノの値段だとしても、新品及び中古が安すぎる……が、そうか。


(あんまり需要がないからか)


 物はあるにはあるけれど……という感じなのだろう。農具が中心となっているわけで、


(……だから、剣のことを聞いたときにあんな表情をしたわけだ)


 胡散臭げな眼、商売人が客にしていい目ではない。

 たぶん、と推測を重ねていく。


(ここで買われる『武器』は、殆どが軽い自衛と獣肉を狩りに行く奴のぐらいなんだろう)


 しかし、自分は、少女に肩を借りていて、明らかに足を引いている。そんな奴が刃物を求めるというのは、確かに怪しげだ。

 それも持ち込まれたショートソードは明らかに実戦使用中に折れていると分かる。


「肉切り包丁、鋏、良いやつを一緒に買うって言ったらどんなもん?」

「うちはいっぱい買ったからって、まけねぇよ……中古の剣なら、銀貨五、いや、四でなら、まぁいいか」


 どうしようか、とニコを見る。ニコは少し迷った後。


「鎌」


 といった。


「鎌?」


 職人さんが眉を跳ね上げる、ここまで見ている限り彼の癖らしい。別に感情の起伏をそのまま反映しているわけではなさそうだ。

 時折引きつるように右瞼が動き眉がはねている。


「草刈り」

「うちのお手伝い……じゃなさそうだな、嬢ちゃん」


 ニコの服装を上下までじろじろと見て。はン、と鼻を鳴らす。


「よく切れる奴、特に『柔らかい草を潰さないように切れる奴』を用意しとくぜ。次に来た時に売れてなきゃ買っていくといい」

「値段」

「銀貨三枚」

「……考えとく……今日はさっきので」


 ニコは言葉とともにカウンターに銀貨を四枚置く。


「フツに合った剣と鋏、包丁」

「――お、おう。財布のひも握ってんのは嬢ちゃんか」

「――かかあ天下」

「くははは」


 何のやり取りだ。

 というか、ニコがいろんな人と楽しそうに会話をしていてちょっと雰囲気が違う。


「フツっていったか、あんたもがんばれよ」

「何をだよ……いや、いろいろか」

「イロイロだな」


 くははは、と職人は笑う。


「ふむ、まぁ、体格自体は悪くない、骨格も……だが、そうか、最近の怪我か」


 その職人……バズという名で仕事をしているらしい男、はこちらの体を見て何事かつぶやいている。ニコが俺にあった剣をと言っていたからだろうか。


「さっきのショートソードだと、どう振るんだ?」

「あん?」


 折れたショートソードをふるう。


「なんだ、片手片足が不具か」

「……あぁ、左手はまだ治るかもしれんが、左足は、まぁ、ダメだろうな」

「そうか、じゃあ、踏み込みは出来ないし、片手で扱えることを主眼にするか」


 バズはこちらの怪我やその事情に際し触れないことに決めたようだ。

 いろいろ言われるよりはありがたい。


「何を切ったか知らないが振るって折れたんだから以前のように刃筋が立ってないってことだろ、本来両手持ちのところを片手で持っているからバランスが悪い……そういう意味では今の折れた剣ってのはそのまま使ってもいいようなバランスにはなっているが……いかんせん短い」


 思ったことを言っているだけなのだろう。

 バズは武器の山に手を突っ込んでガシャンガシャンと言わせながら何かを探している。

 いや、探し終わったらしい。テーブルの上に置かれたのは三つの武器……武器?


 一つ目は少なくとも刃物だ。

 武器としてというと中途半端かもしれないが、刃のある、道具という意味ではまっとうに刃物。

 鉈、マチェット、そんな感じの山の中で使うのに便利そうな刃物。

 持つと長さの印象よりは思いが軽く振るとその感じは折れたショートソードに似ている。

 重さの釣り合い点が手元に近いからだろう。


「二つ目は、あんたに合わせてって感じだな」


 どうしてそんなものが鍛冶屋にあったのか、樫の杖である。

 いや、よく見ると、削りだした樫というわけではない。

 手に取るとこれは長さに相応な重さだと感じた。

 その長さは90センチほどで床にそっと立ててみるとしっくりくる高さだ。


 特徴といえるのは、まずはグリップ。握りの部分が何かの動物を模したような金属でできている。

 しかし、その細工は粗いというのかどちらかというと握られたりしたことによる摩耗で形を失いかけているような印象だ。

 聞いてみると、元は馬を象っていたようだがちょうどいいサイズだからつけただけだ、とのこと、どうも聞いているとグリップは戦場で回収されたものの再利用らしい、元の持ち主がどうなったかについては触れぬが吉だろう。


 ほしい、とニコが呟いているが、どの部分に心惹かれたのかはいまいちわからない。

 さて、もう一点は石突き、つまり、先端だ。

 これは俺が長さを合わせたときにそっと床に置いた理由でもあるが、先端も金属でできている。

 ということはこの杖はもともとが傷病人や老人が使うものではなく、護身用、あるいは、武器として作られたものだ、ということだ。


(だから重いのか……)


 この分だと杖の中にも金属やらなにやらが詰め込まれているのかもしれない。


「一応、石突きが刺突用、石突きの側を持てばグリップが打撃用になる」


 なるほど。


「勿論、杖としても使えるぞ、あんまりそっちのお嬢ちゃんの重荷になりたくない時には使えばいい」

「……いいのに」


 なぜそこで不満そうな顔をするのか。


「最後の候補はこれだな」


 それは細身の剣だった。振り回すことを想定した剣でないのは見て取れる。

 そんなことはないだろうが、適当に振り回せば自重と慣性で折れ曲がってしまいそう。

 長さにして一メートルを一割から二割ほどオーバーしているだろう。

 重さは細さの割には感じるがそれは長い刀身のせいなのかどうか、なんとも判別はつかない。

 ほい、と奥から投げ渡されたのはこれまた長い筒。刺突剣の鞘である。


「あんまりよくねえが杖の代わりについてもいい。生きて帰ってくれば曲がってもある程度は直してやれるしな。そして、二つの理由からそいつを勧めとく」

「二つの理由?」

「簡単なことだ。あんたは片方の足が動きにくい。そこで必要なのは……まぁ、第一には戦わないことだが、戦わなきゃならん時に必要なことは、どこまで手が届くか、って話だ。あんたは思ったよりも腕が長いし、そんな腕にこういう長い刃物を持ってりゃ、近づきたくはねぇだろうよ」


 なるほど立ち方その他としても歩かずに射程が出せるというのはありがたい。

 長い得物を選べばいいといっても下手に振り回すようなタイプを選ぶと下半身が貧弱で軸がぶれるのは分かり切っている。その点、突きに特化するというのは良さそうだ。

 少なくとも、今は、体が十全な時のやり方しかしみ込んでいない、振り下ろすタイプの武器よりは使い慣れないもののほうがましかもしれない。


「もう一個があんたが片手しか上手に動かせねぇって話だが、それに対して、刺突ってのは。相手を懐に入れないという戦い方だ」


 わかるか、と言われる。

 考えてみれば確かに、刺突というのは突き出して相手を自分の体から遠ざける攻撃である。

 失敗した時のために小刀を持つのが本来の立ち回り方だと聞くが、それができない分は他で立ち回るしかない。


「まぁ、どれを選んでもいいぜ。最初のは折れた刀と同じような使い心地、杖はまぁ物々しさが低いのとある程度の護身、レイピアは戦いなれるまでに時間がかかるかもしれないが、今のあんたに合ってるんじゃないかと思うぞ」

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