013、ダンジョンのない街のギルド支部

 ギルド支部。

 そう書かれた木の貧相な看板は変色して釘もボロボロだった。


 ほんとにここか、と何度か確かめたあとにそこに入る。重たい木製のドアはベルの音をならし、受付テーブルの女性が顔をあげた。客がよほど少ないらしい。その顔にはくっきりとテーブルの木目が写っていた。茶色の髪は一度きっちりとセットされたようだが、今は、枕にされていた側が不自然になっている。


「ふあ、いらっしゃいませー」


 やる気がない。ダンジョンのない支部は練度が低いとは聞いていたけれどそれ以前の勤務態度だと思うのだけれど、これは。

 女性の受付は年若そうに見えるが、耳長の種族らしいので、実際の年齢はよくわからない。

 彼女から視線を切って壁を見ると依頼の紙が張られているが多くは変色し始めている。


「冒険者さん? そっちの掲示板はもう使ってないよ、この街は近くにダンジョンがないからね。依頼はほとんどが街から街の移動時の護衛で、偶にそれ以外もあるけど、マッチングは受付のお姉さんがやったげるよー」


 受付嬢は先達ぶった口調で言うので、やはり、こちらよりも年上なのだろう。


「この支部の人員が知りたいんだが」

「んー、お姉さんじゃ不満?」


 そんなことを言ってくる受付嬢に面倒だが、ギルド証を見せる。


「んー、っと」


 驚いたような表情でこちらを見る受付嬢。


「中級職員さんですか」


 若干疑うような目で見てくるが、ギルド職員同士の場合、簡単なスキルでギルド証と本人の照会ができる。実際にそうしたらしく、彼女の視線の疑いは少し薄くなった。

 あと、心なしか口調が丁寧になった。


「失礼。登録地からすると、他国からお越しになったようですが、何用で?」


 自分が言うのもなんだがギルド職員は一般的に成功者の職業だ。二十台半ばで中級職員は早いほうだから疑われたことについては、まぁ、いい。だが、なぜ他国から来たかについては、面倒な話だ。


「まぁ、いろいろあって。で、この支部の人員を教えてもらうことはできないか?」

「……あなたが私の立場で、急に来た不審な相手に自分の組織の情報を開示しますか?」

「しないな」


 当然だ。だが、自分にはそれを知る必要がある。

 しかし、目の前のこの耳長を虚言を弄して情報を抜くのはしないほうがよさそうだ。


 直感に過ぎないが、こういう時の第一印象というのは大事で。何より、今、自分が感じたのは、目の前の相手に対して自分に似ているところがあるという感覚だった。

 そういう相手は敵に回すのも、味方にするのも面倒だが、喧嘩を売るのは論外だ。喧嘩が成立するというのが何よりも面倒な話。


「今日はちょっと何枚か書類を取りに来ただけだから」


 そう言ってメモ用紙を渡す。紙は安いものではないが、こういうところでは十年以上もつ様な紙を使用する。対してメモ用紙はあまり高価なものではない。

 受け取った女性は、怪訝な顔でそのリストを見る。


「こんな……えぇ」


 彼女は面倒そうに書類を揃えに立ち上がった。


「何の書類?」

「ギルド支部設立用の書類」

「ふうん」

「……え」


 ニコは平静としていて、シノリは驚いた表情。


「そんな簡単に支部なんて……」

「ギルドのサブマスターになった人間は降格してようが支部の設立ができる。まぁ、いくつかの条件があるけれど」

「……ギルドのサブマスターって、二番目に偉い人ってこと?」

「支部の中で二番目ってだけだからそんなにでもないけど」

「そんな人がどうして……」


 ふらふらしているのか、と言いたいのだろうが、それ以上は言わせない。彼女はふとした疑問としてそれを挙げただけにすぎず、実質的に知りたいわけではないだろうから。


「さすが私の……」

「うん?」


 ニコが何かを言ったが、よく聞こえなかった。


「えっと、一応書類は集めましたが……悪用禁止と実際の使用時には二支部以上のギルドマスターの裁可が必要になりますのでご注意を、それと」

「この書類の持ち出しについては、口外しないように。お互いに」

「はい」


 この措置についてはこちらの求めるものではなく、この書類の扱い方の規則である。

 なぜなら、新しい支部を立てる場合はそのほとんどが新しいダンジョンの発見時にその対策最前線として建てられることが多く。

 その事実を外部に広げることは権益を求めるものの介入を招くからである。

 つまり、迅速に行動してダンジョンの制御を第一の目的としなければならないところを様々な組織の介入の余地を与えるというのは不手際だからだ。


(まぁ、俺は先に商会にも声をかけているからあれなんだけど)


「さて、それでは再度のお願いだけれど、この支部の人員について、ダンジョン制御のスキルを持っている奴を教えてほしい」

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