012、会談終えて
建物を出る、振り返ってみれば商会の建物は神殿のごとき威容である。
「……どの辺までバレてた?」
こちらに視線を向けずにニコは言う。
「全部、とまでは言わなくともこちらのやろうとしていることはわかってるだろう」
「邪魔にならない?」
裏があるような言葉だが、思ったことを言っただけだろう。
ニコは気負いもなく口にしている。
俺はため息を飲み込んで言葉を探す。
「多分、こっちが失敗したときに向こうの被害が減るようにはするだろうけど、今の段階で妨害する理由はないだろう。成功した場合のリターンが大きいだけに」
俺の煮え切らない言葉に、シノリは疑問を抱いたらしい。
「? 何ですか、いい人だったじゃないですか」
「――シノ姉のそういうところは癒し」
「な、なんか馬鹿にしてない? ニコ」
ニコの顔を覗き込むようにして、シノリは疑問する。
「馬鹿にはしてない」
抑揚のない口調で返すニコに、シノリは首を傾げるが深く考えるのはやめたらしい。今度はこちらの目を見る。
「で、いい人……じゃないんですか?」
「いい人悪い人でいうなら、悪い人じゃないと思うけど」
曖昧な返答はシノリには通じなかったらしい。返答よりも曖昧な表情をされる。
「はぁ」
「彼は結局自分の利益を優先できる人間だ。自分から口に出さないのはリスクを負わないための方策だろう」
「何をですか?」
ニコに対するのとは別種のため息を噛み殺して。
「……そういうことを確認してしまうとリスクを負うことになるんだよ、知らなかった、が通じなくなるからな」
「……?」
変わらず首を傾げる彼女にどうしたものかと虚空を見る。
「わかった、ひとつづつ説明する――ニコは理解できてるか?」
「およそ」
「じゃあ、シノリに説明してやってくれ」
「わかった」
そういうと、ニコはこちらの体重を受け止めている肩を逆の側に移す。そうすることで隣同士で歩いているような位置関係が、こちらの前にニコが立つようなものになる。
まるで、俺が背後から覆いかぶさろうとしているようになって、官憲の目を気にしなければいけないような気がしてくる。
「おい」
「休憩がてら」
まぁ、いいか。
「シノ姉、話は単純。肉を持ってきた、店を開こうとした、交渉に来たのがフツ」
「えっと、うん」
「……わからないか」
わからんだろう、それでわかるのは説明を受けなくてもわかるような奴だけだ。
「持ってきた肉が何かわかる?」
「えっと、レッドボアとかいう魔物の肉?」
「そう、しっかりと処理されたものであるのもポイント」
レッドボアがこの大陸では通常ダンジョンからしかとれないこと、取れるようなダンジョンが近くにないはずのことを説明する。
しかも、それを解体作業ができて、保存処理もできるというのも、追加点になるが、ポイントだ。
「珍しい、ってことよね」
「珍しいというより、本来はありえない」
「でも、珍しい食材だから、お店をやって売ろうとするのはおかしくないんじゃ?」
「……まぁ、そう。でも、店でやりたい、というのは一つの事実を示す」
「お客さんと触れ合いたいとか? あ、ゼセウスさんは利益率が良いって言ってたよね、それ?」
それはそれであっている。肉のままより調理で売価が上がるのは間違いない。
けれど、この場合は、
「違う。店を開いて物を売るというのは、継続できるという前提でやるべきこと。レッドボアの肉をたまたまちょっと手に入れたから店を開くというのは、頭が悪い」
「――えっと、つまり、今後もレッドボアの肉が手に入る、って思ってないとあの肉を出して店を開きたいとは言わないってこと?」
ニコは少し考えるように沈黙をする。
「そう思わせるための詐欺の手段として使うのでなければ、そう」
「詐欺って」
「この辺りでは手に入らない高級品が安定的に手に入る、という詐欺。まぁ、ゼセウスはそれが嘘でも困らない立場」
実際にそうだろう。現時点では店を開く許可と、店舗の候補を挙げておくだけで、実質の持ち出しはない。こちらがその点でだましていても彼はさほどの損をしないはずだ。
「最後の一つ、持ち掛けたのがこの人だっていうのは?」
「ゼセウスはフツの名前を知っていた。神官じゃないのもわかってるはず、神殿の人間じゃないなら、善意なのか何なのか、よくわからないけど今の孤児院の側についていると判断した」
「神殿の人間じゃないから、って、それは商売の許可についてのあたりでしか意味がないんじゃ」
「もう少し考える」
ニコは黙る、シノリは言われたとおりに考えているようだが、よくまとまらないらしい。
「フツの前職は……」
そこでニコがこちらに振り向く。頷くことで許可を与えると、ニコは再度シノリに向き直る。
「フツの前職はギルド職員。この街ではなく別の街の」
「ふうん、……って、あれ、そうなると、商人の人としてはあまり面白くないんじゃ」
「あくまで前職。この街のギルドに所属しているわけじゃない。そして、ギルドの人間ということはダンジョンの管理ができるということ」
「えっと、それはつまり、この人はダンジョンに潜ってそこから肉をとってきたりとかができる、と思われていて、それを交渉材料にしている、と思われたってこと?」
「そう。今のところこの街には他にダンジョンがないから、ギルド支部を出し抜ければ利は大きい」
「……だったら、それを確認したほうがいいんじゃ? どうして、商人の人はそれを言葉にして聞かなかったの?」
話が若干ループしかけている。
「それが、フツの言ってたこと」
「え、なに、あ。明言するとってやつか」
「昨日の話でもあった。――ダンジョンをそれと知って放置してあふれさせた場合、重罪になる」
「……あ、だから、ダンジョンがあるのかどうかとかを聞けなかったってことか」
ニコがうんと頷く。
「シノ姉がどういう判断をするか次第ではなかったことになる」
「……それなんだけど」
「――だめ、シノ姉が判断する。ほかの人は駄目」
「どうして私なの」
おそらくは断ろうとしたのだろう、しかし、シノリがそれを口にする前にニコにダメだといわれてしまう。そして、どうしてという問いに対しては、んー、と言って宙を見る。
「シノ姉は普通」
「ふ、普通って」
「言い換える、――おかしくない」
「……それで」
半目になってニコを見るシノリ。まぁ、普通というのはあまり褒め言葉で使われることがないからな。ニコのほうはそれをいい意味で使っているのだろうが、通じにくい皮肉みたいになっている。
「シノ姉はみんなのことを考えてる。私やマルやオーリもそうだけど、でも、みんなとは違うことができる。基準が違う」
「私やオーリって……」
「それは後で説明する。で、シノ姉はみんなのことを考えて、みんなと同じ立場で考えられる。シノ姉が決めたことはみんなも納得できると思う。――もちろん、みんながすぐに理解してくれるとは思わないけど。シノ姉が悩んだくらいの時間をかければみんな納得する、と思う」
「私が、普通で、何もできないから?」
ニコは悲しそうな顔をする。
「違う。そうじゃない。何もできないんじゃなくてみんなと同じことができるから。だから、みんなシノ姉を頼ることができる」
「……ニコあなた、そんなにいっぱいしゃべる子だっけ?」
視線をそらし、すねたような口調でニコは答える。
「シノ姉は私にとっても頼りになる人。決断は遅いし、頭の回転も速いとは思わないけど、いたずらに急いで取りこぼすことがない。みんなをみんなとして見られる」
「……褒めてる?」
「褒めてる」
「そう」
シノリは苦笑を浮かべて、ニコを見る。
「みんなのおかーさん。だから、昨日も自然と三人ともシノ姉の答えを待っていた」
「お母さん、ね」
「年上だからじゃない。シノ姉がシノ姉だから」
「……わかった、わかったわよ。もう! きちんと答えは出すから。だから、まだ、もうちょっとまって」
「わかった」
「あなたも、それでいいんですね」
「あぁ、君らが決断して決めなければ意味がない、というのは何度も言っている。一応、恩義等々含め、どういう選択をしたところで手を貸すつもりだが」
こちらに振られたことには一応答えておく。
「君は君で頑張るといい」
「そうですね、普通は普通らしくせいぜい皆で幸せになれるように頑張りますよ」
そう言って、たぶん初めて俺に対しても笑いかけた。
(みんなで幸せになろうといえる人間、か)
――それは向日葵のような笑顔だった。
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