011、商会で会談中

 その声に合わせるようにして、扉が開く。少し強い匂いがする。

 調理と言っても美味しい料理をすることが目的ではなくあくまでも品質の確認だ。


 陶器の実用的な皿に乗せられていたのはトングと肉。

 そして、よく製粉された小麦で作られたのであろう上品なパンと、赤い野菜。


 それをサーブした使用人はゼセウスに何事か耳打ちをする。

 それに対しては驚き一つ見せずに、うなずく。


「調理担当は高評価だったようですが。ふむ」


 彼はまず一切れパンの上に肉を乗せてそのまま食べる。意外と大きな口で一口にする。

 パン自体も何かを乗せて一口で食べることを意識して作ってあるらしく、ずいぶんと小ぶりだ。

 何度か咀嚼した後に、茶で流し込んだ彼は、今度はリコの実を肉とパンの間に挟む。

 薄くスライスされた赤い実が目にも美味しそうだ。

 ゼセウスはまたも一口にして、


「こちらのほうがさっぱりしますね。塩味も中和出来てちょうどいい」


 言って、こちらにも食べるように促した。

 ニコはすぐさまそれに飛びつくようにしてゼセウスのした二種の食べ方を試す。

 その間に侍女と思しき女性がニコのカップに茶を注いだ。


 緊張しているのかカップにも口をつけていないシノリのほうには、茶菓子を勧めている。

 よく気がきくように育てられているな、と思い。


「旅をされているからこのようなものが手元にあるとおっしゃられましたが、旅を続けるつもりなら一ブロックをただで供与するなどありえないでしょう。捨て値で売ってもそれなりになるでしょうし、最悪旅の途中で食べればいい、そうしないということは、ここに渡すことでそれ以上の見返りがあると見込んでいるのでしょうが、それはなんでしょう?」

「――上級商人であるゼセウスさんにこんなことを言うのも口幅ったいですが……情報をそうやすやすと出すわけがないでしょう?」

「――失礼」


 ふむ、と彼は一息つくようにして前のめりになっていた姿勢を正す。おそらくは、姿勢の通りに前のめりになっていたのだろう。


「しかし、事情がわかっているほうが力になれると思いますよ」


 そういう彼の表情は眉一つ動かさない。それで親身になろうとしている表情だというのならこの商人は人のだまし方を習いなおしたほうがいい。

 もちろん、彼は俺をひっかけられると思ったわけではないだろう、単純に宣言しただけだ。


 自分はこういうスタンスで行きますよ、と。


 けれど、口に乗せただけであってそれがいつでも叛意できることは忘れてはならない。


「では、我々が意図しているところを少しお話させてください」


 こちらもそのスタンスに乗っかる。

 善意どうこう、助けがどうこうを真に受けたのではなく、こちらの事情に応じての条件を出してやろう、というそういう駆け引きだ。

 まずは、孤児院の経営が思わしくないこと、『狩人』がいるので『狩猟肉』が確保できるかもしれないこと、『料理人』がいるので店を開きたいこと、を並べる。


 この辺りがシノリの出した案だ。

 孤児院で消費できる以上の狩猟ができるなら、それを販売すればいい。

 ただ、行商人に売るのではジリ貧なのでもっと率のいい方法を、ということで、お客さんに直接売ればいい、と。


 先程食べた屋台料理にマルの料理は劣らないと思ったのだろう。

 だったら、山でとれる食材とマルの調理でそこそこの現金収入は見込める、と。

 それで街の中に店を出しておけば孤児を人手として出したりすることで、今よりも効率的に街になれさせることができる。そんなあたりを考えての案だ。


 話に孤児院を出したのは、もちろん、こちらの身元を明かすということと、別の意味もある。

 それはもちろん、同情を誘うためではなく――この商人は同情はしないだろう、同情しそうな相手なら有効だろうが――別の理由だ。


 神殿勢力の孤児院がうまくいっていないから商人が手を貸す、というのは使いようによっては神殿の攻撃にも使えるし、貸しを作るのにも使える。

 この商人ならうまいこと役立てられるだろう。


 俺は個人的には神殿に恩義がないので別に何とも思わないが、孤児の中には神殿びいきがいるかもしれないので、話し合いをする必要があるかもしれない。


 ニコは少し険のある表情をしている、スープの中に嫌いな野菜でも見つけたような表情である。

 シノリがそういう表情をしていないのは、単純に、さっきの言葉がどういう意図なのか察していないのかもしれない。今は、茶菓子の端を口に含んで幸福そうだ。


「なるほど、では。孤児院の一部が街の中で商売を行う、と?」

「孤児でも商売を行うことは問題ない、と、認識していましたが、この街では違うのですか?」


 前にいた街のゼリス商会の人間の中には元戦災孤児だ、ということを隠していない紙屋がいた。

 ゼリス商会ではそのあたりは能力主義だと思っていたが、この街の領主はそういうタイプではないのかもしれない。

 だが、ゼセウスの表情からそういうことではないのだろうと思う。


「いえ。孤児であろうが、元孤児であろうが問題はありませんが、山の中の孤児院ですよね。あちらは少し問題がありまして」


 と、そこまでを言ってからニコとシノリの視線に自分の失言に気づいたのだろう。慌てて言葉をつなげる。


「あ、いえ。孤児のみんなが駄目だとか、昔、問題を起こしたとか、そういうことではなくてですね……」


 どう説明しようかと迷っている風だったが、二人の理解度にかけたらしい。


「あの孤児院は、所属的にはイースリア教会・少年部ということになっているので。そこのメンバーに商売の許可を与えるというのは、『神殿』に『商売』を許可する、ということになってしまうのです」

「あぁ……」


 一般的に、教会は神殿の下部組織になる。神殿は神と通信をする場所で、教会は神の教えを広める場所だ。神殿に教会が併設されることもあるが、基本的にな役割は変わらない、ということになっている。

 神殿は基本的に商売に手を出してはならず、神殿や教会の活動は奉仕であり、それに対して信徒の寄付がある、という体裁をとっている。そのために、教会組織であるあの孤児院には商売の許可ができない、と。


「だけど、孤児院の孤児を仕事に使うというのは市井の商人でもままあることだと思いますが?」

「それは一時雇いや見習いのことですね。その場合は、教会に対してではなく、孤児本人に対しての契約になります。孤児本人はあくまで信徒の立場ですので、教会とのかかわりは普通の市井の人と変わらないと解釈されているのですよ」


 神官や神官見習いでないから大丈夫、ということか。


「まぁ、それについてはさほど問題視をしなくてもいいですよ。卒院生のかた、あるいはこちらの余った人手、フツさん、あなたでもいいですので店主になっていただいて、そこから孤児の方を雇うというのは、問題ないですので」


 それは先ほどの話の応用なのだろう。教会外の人間が教会の孤児を雇う。その時に、個人との契約という形にしておけば、あとは実態調査でもされない限りは大丈夫、と。


「店という形ではけたほうが利益率はいいでしょうが、先ほどのようなぼ……いえ、『狩猟肉』がとってこれるならそれでも、十分な金額にはなるでしょう」


 そう言ってゼセウスは大銅貨を三枚と小銀貨を二枚を机に置いた。


「急な持ち込み分多少安くなってご祝儀分で多少色を付けて、おおよそ相殺、加工が良好でしたのでまぁ、そんなところでしょう」


 大銅貨は価値としてはさっきの串焼き購入の時にニコに渡した豆銀貨と同じだ。小銀貨はその五倍になる。ちなみに、銀貨は小銀貨二枚分だ。

 大銅貨と豆銀貨の違いは、大銅貨が制式のもので豆銀貨はそうではない、ただ、ほとんどどこでも使用できるし、大銅貨よりも軽い。大銅貨は街で使われ、豆銀貨は旅人に好かれる。

 だから、これは探りも入っていたのだろう。と、大銅貨を受け取って布袋に納めたときに聞こえたゼセウスのこぼした笑いでようやく気が付いた。


「さすがは……商人」


 つぶやいたのはニコだ。シノリはまだよくわからないという表情をしている。


(この子の判断に任せて大丈夫だろうか?)


 それでも、孤児のことを一番考えていそうなので彼女以外に判断を任せる気はないのだが。


「店のほうは、フツさんあなたを店主にして、孤児を雇うのがいいかと思います。元孤児の方を立てれば文句を言う隙を与えることになり、外部の人間を立てればある程度の金額を収めることになるでしょうし……それでよろしければ処理は進めておきます。店舗についてはその料理人の方が来られてから決められるのがいいと思います」

「屋台にするか、店舗にするかも決めていないんですが」

「なるほど、であれば、仕込みなどをするだけの家屋と屋台のセット、店舗の入れる建物をそれぞれ候補出しをしておきますので……そうですね、三日以内に来ていただければ」


 立ち上がって対応してくれたことに感謝する。

 投資ですよ投資、とゼセウスは笑う。


「神殿に恩が売れて、目抜き通りに華が増えて、……まぁ、そういうことです」

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