010、はじめての商会訪問
「なるほど、それで、肉を……」
さて、この状況をどうしようか。
屋台の店主に肉の卸を教えてもらったが、この街の商人はゼリス商会の傘下に所属している形になるらしい。
大陸全土に影響力のある商会の一つで街人たちの認識からすれば大陸で二番目の商会ということになっている。
この街にあるのは支部も支部だ、本店というべき建物は別の国にある。
それでこの街は三つの柱でできているらしく、商会勢力、教会勢力、領主勢力に分かれている。
大陸自体ではギルドも勢力が大きいがダンジョンのないこの街ではさほどのようだ。
それはいいとして、こんなことになっているのか。具体的には、卸業者にちょっとした話を聞きに来ただけで番頭級の人間が出てきてしまった。
若い商人だ。にも関わらず、その表情は全く意味が分からなかった。ギルド職員として様々な人種と交流してきた経験はあるものの、それとは質が違って見える。
紹介なしで尋ねても店の場所くらいはその辺の小僧でもわかるだろうと、適当に声を掛けたら引っかかったのがこの、ゼセウスという青年だった。オクト=ゼセウスと名乗った彼はこちらの汚い身なりに何を言うでもなく店の奥の応接室に通し、話を聞こうと言ってきたのだ。
「香辛料と穀物、肉。あとは店を開くのに必要な一式という感じですね」
こちらが聞いた品物を揃える店を聞こうとして、彼が弾いたのはそんな答えだ。
「ついでに店を開く許可を得ようという、そんな感じですかね」
鋭い視線、というわけではない、だがどこか冷たい視線だ。
「であるにも関わらず、肉をこちらに売ろうというのは……うちの処理がそんなに遅いとお思いで?」
つまり、肉のまま売り払うくらいなら加工して自分の店で売ればいいということだろう。
それをしない理由を説明してみろと言いそうな態度を前にして迷う。
どこまでを説明すべきかと、すでにシノリは今にも口を開きそうになっている。
ニコがシノリの太ももをつねってそれを抑えている。なるほど、若い商人はそれだけを切り取れば真剣みはあるものの誠実そうにも見える。しかも、顔の造形は良質だ。そんな人間が軽い威圧感をにじませながら詰問調でものを聞けば答えたくなるというのもわからなくはない。
しかし、それは俺にとってはメリットではなく、交渉の幅をいたずらに狭くするものでしかない。
(重要なのは……)
目の前のゼセウスがどういう人間なのかだ。物の価値がわからない男ではない、それはわかる。しかし、何にどの程度の重きを置くのかはわからない。
こちらが交渉のテーブルに乗せられるものはそんなに多くない。その状況でこちらの望む条件を引き出すのは……。
(少なくとも、圧倒的によしと言わせるだけのものはない)
単純に商人と言っても様々なタイプがいる。
俺の価値観で大きく分類すると、既存の枠組みを壊さない範囲で極大の利益を追及するタイプと枠組みを壊してでも最大の利益を追求するタイプだ。
ここに、倫理や道徳や仁義、性癖、教義、こだわりでさらに細かく行動方針が変わる。
だが、逆に考えて、方策によっては、絶対にゼリス商会の力は必要になる。少なくとも彼らに黙認してもらうことが必要になる。先にやるか、後に残すか、だ。
そう考えれば少し楽になる。
「いや、ゼセウスさん。こちらにも事情がありましてね。肉を売りたいといいましたが、売れるかどうかを含めて少し検討したかったのですよ」
「ふむ?」
何を言おうとしているのかという、視線が来る。
だが、きっと、値段のつり上げ交渉のようなものを警戒しているのだろう。
そして、それには付き合わないという意志も感じる。
(こちらが出せる札はダンジョンがあるだろう、という情報だ)
不安定な札。しかも、その価値判断は彼の側にある。
ダンジョンがないからこの街では商会は権力を大きく持っている。
多くの街では、ダンジョンがあればギルドの権勢が強くなる。それは望んでいないはずだ。
その一方で、ダンジョンからとれる素材は商会にとっては、魅力的なもののはず。
では、彼らの望む最もいい形は何か。
(ダンジョンがあって、そこから素材の供給があって、でもギルドは権勢を持たない、と)
理想論だけでいえばそうなる。もちろん、ある程度、ギルドに資金等が流れるのは許容するだろう。
何よりも、ダンジョンの制御ができないのが最悪だからだ。
「こちらの望みは……」
(こちらの理想は、ダンジョンの制御をこちらで握った上で後の素材の買取を安定して行ってもらうことだ。それも、ぼられないように、だ。そのうえで口出しが少ないといいし、制御の手伝いをしてくれるのなら最上だ)
つまり、どちらも、ダンジョンを独占したいという話。
それもできれば制御されたダンジョンを手にしたい。
しかし、それをなそうとすれば、彼らはギルドの介入を避けがたく、こちらは素材の売り手がいなければ実質的な意味がない。
妥協点を探すなら、そのあたりだろう。
「フツ=カミゾノ……ですか」
考えていると、目の前にいる商人の目が変わった。
(……この男は、知ってるのか?)
自分のことを。商人ならばそれはおかしなことではない。情報というものの金銭的な価値を誰よりも知っているのが彼らだろうから。
――なら逆に使えるかもしれない。
組み立てる。組み立てて。ぽんと、手を置かれる。
ニコの手がこちらの左のふとももに乗っている。こちらを見ている瞳は相変わらず何を考えているのかはわからないが、少なくともそこに疑うようなものはない。
だから、短く息を吸って。
「お待たせしましたゼセウスさん」
おおよそは通じると思う、かけるのは一点だ。彼が既存の枠組みに固執するよりも最大限の利益を求めるタイプであること、それさえ読み違えてなければ……大丈夫なはず。
「こちらが本日ご提供できる肉になります」
そう言って肉を取り出す。右手だけの作業は不格好だが、ここにそれを指摘するものはいない。
殺菌効果のあるヨウレの葉で包んだ肉は肉の方にも香りが多少つくがいやらしいものではなく、灰汁を消すような匂いになるので王都でもそこそこ高級な肉屋で使うものだ。
ゼセウスが指を鳴らすと用意されたのは木の板だ。そこに乗せろということだろう。
そこに乗せると、ゼセウスがその板ごと手にとり、こちらに尋ねる。
「中身を改めても?」
その包み方の意味が分からない人間ではないだろうから、あえてそれには触れなかったのだろう。
どうぞと促すと、彼はそれを開いた。表面に塩の粒の残っている肉を見て、彼は一瞬目を細める。
「これは……豚、いえ」
軽く匂いをかいだ後。こちらに視線を向けてくる。さすがに肉が商品ということになると、食べてみないと判断できないというところだろう。食品が専門というわけでもないだろうし。
「そちらのブロックはお近づきの印に納めさせていただきます。ご試食を」
「……その口ぶりからすると、本日はこれだけではないようで」
「後それと同じものが二ブロック」
そこまでを聞くとゼセウスは後ろに控えていた人間に何かの指示を出して、肉をもっていかせる。
「こちらで査定後、最初のブロック分の価格を含めお支払いさせていただきます――が、あれは」
「私は、現在旅の途上ですから、あんなものを持っていてもおかしくないです……ですが、持っていて不都合なことがあるかもしれません」
「――なるほど?」
ゼセウスがあれを何か、特定しようとしたところで言葉を挟んで明言をさせない。そうすれば現状推移はあれがただの狩猟肉として進むことになる。それはあのブロックの買取をしてもらう側としては不利だが……。
「狩猟肉というのは、この街では贅沢品のようですね」
「……えぇ、なんでも牧草を育てるのに適していない土地らしく……畜産そのものはほとんどなく農耕や移動に使う類の牛馬で何とか採算のつくものが、冬の前後に卸されるくらいでそれ以外は狩猟肉になりますので、肉は高いというのが一般的な認識ですね」
「ほう、牧草が駄目なら、米穀の類もあまり成長がよろしくないのではと思うのですが」
「そうですね。この街の近くではもっぱら、果樹が多いですね。ここでは果樹を育て、よその町で米穀に変えたほうが効率がいいのではというくらいです」
そんな表面上は当り障りのない。けれど、シノリが偶に肩を震わせる程度の腹の探り合いがしばらくすぎてから。うつらうつらした表情をしていたニコが目をはっと開いた。
「……ふむ」
ゼセウスが次にそれに気が付いたらしい。風に乗ってくる微粒子。におい。
「調理が済んだようですね」
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