008、街並み

 街道から少しそれたオーバンステップの街は規模に反して高い煙突が多い。

 街中に鍛冶場がある、というと延焼などが気になるところであるが、この街の場合は鉱山から下してきた鉱石を加工する設備を中心にして広がったという歴史を持つ。

 だから、街の中に鍛冶屋があるというより、鍛冶屋の周りに街が出来たのだ、とシノリが教えてくれた。


「だから、川の水量は豊富なのに街の規模のわりに人は少ないんです」


 なるほど。友人の自称・経済の専門家に聞いたことがある。

 ダンジョンが無ければまだまだ採算の取れる鉱山でもダンジョンの方が効率がいいということで閉山になるケースがあるらしい。

 ここの場合も、一時は大量の鉱石を処理する必要があったものの、ある時点で急に採掘が止まった。

 それにより徐々に衰退するのではなく、取り残されるように衰退したのだろう。

 所詮は大量の労働者を送れるわけでもないダンジョンでは、持ち帰れる量が莫大というわけではない。

 にもかかわらず、鉱山の採算が合わなくなるのは、混じっている不純物や鉱石自体の純度の問題だという。


 さて、市街地の壁は恐らく鉱業の街として栄えた時代に作られた物なのだろう、俺の視線の高さには少し足りないがニコよりは高い程度の壁が街の全体を囲うように存在している。

 また、せっかくの水量を利用しようという事らしく、壁の周りに掘がある、さほど大規模ではないが、堀の底から壁の上となればさすがに俺の背よりずっと高い。

 水門があって堀の水は川の支流の様になっているらしい。氾濫の際には水門を閉じるのだそうだ。


 街の入口となる門のところには門番がいるが、さほどの緊張感を持って励んでいる訳ではないらしく、こちらの三人がいるのが明らかに見える位置にいながら欠伸をしている。

 女の子二人は孤児院の紋章のようなものを見せて通った。俺は、


「これで行けるかい?」


 そう言って、ギルド発行の職員証明を見せる。


「……騒ぎなど起こさぬよう」


 不機嫌なのか眠いのかわからない声で返されて俺は門をくぐった。


 さて、壁の中に入ってみると人がいないということもないが、にぎわっている様子もない。子供がいない、とか、そんな極端な感じではないが、昔いた街に比べて人通りは半分以下と言ったところだろうか。


「この川は何時間か下れば湖もあります。鉱山が活発だったときは湖に魚が少なかったみたいですが今はそれなりに採れるみたいなので……今は食品がメインの生産品という感じですね」


 農耕と漁業、一部では養殖もおこなっているという事なので、本当に食料品メインなのだろう。

 畜肉は少ないらしいが近くに山と森がある影響らしい。

 農耕と移動に使う分以上の牛馬は基本持たず、狼を避ける。

 冬の前後は多少の肉が市場に出回るが、後は、狩猟分が殆どとのこと。


(魚と果実が豊富な分、肉はぜいたく品の位置づけか)


 丁度いいと言えば丁度いい感じだ。あとは、マルに来てもらって食べ歩きでもしてもらいたいところだが、それは神官にレベルアップを施してもらう時でいいか、と判断する。


「先生に聞いたところでは管理を外れて放置されている建物も結構あるそうです。そのあたりのリストも役場に行けばあるかも、です」


 先生とは多分、前院長の事だろう。なるほど、と頷きながら広場について街の地図を見てみる。

 落書きの様に付け加えられたコメントで煙突を目印にすると良いとあり、地図と照合すると確かに、目立つ煙突は四本あり、青色は特に目立つ、黒も特徴的で、赤色は普通といった感じだが、位置関係的に目印にするには十分の様だ。


「えー、食べ物は……」


 青の煙突の近くが食事処などを含んだ通り一帯らしい。

 勿論、地図自体にそんなことを書いてあるわけではないが落書きでおすすめのお店が書かれている。


(街の地図とか汚したら厳罰物だと思うんだけど……)


 と思ってふと横を見ると、『落書き一回罰金小金貨一枚』、『街の地図は毎年張り替えます』とある。

 少し考えて、なるほど、と理解した。これは広告を兼ねている街の地図らしい。

 張り替えという形で毎年広告スペースを更新しながら、落書きという形で宣伝を書き込ませ、罰金という形で広告料を取る。そんな仕組みの様だ。


「この辺、行ったことある?」

「ない」

「私は二度ほど先生と」


 とりあえず、そっちの方向に向かう。この街は端から端でもニ十分ほど、また目立つ煙突のおかげで殆ど迷わない。空き家が目立つがさほど荒れて見えない。

 多分理由としては。


「煉瓦が多いな」

「さっきの説明の補足」


 ニコが話してくれるらしい。


「川底の泥、湖底の泥、山の近くに豊富な森、鍛冶屋が多くて炉がいっぱい」

「あ、うん」


 説明ではなく単語での連想ゲーム形式だった。


「後は火事がいや」


 というわけで、豊富な泥と森の木、炎を扱う職人が多く、また、街の拡張に伴って火事を避けようとした、結果、煉瓦敷きの街並みとなったわけだ。高級感よりも実用性。


「みかじめ料」

「……移り住んできても鍛冶屋に注文を出しておけばひとまず安泰ってことか」


 なるほど。と思っていると、シノリはこちらに感心したような目を向けてくる。

 ニコの訥々とした話し方に付いていっていることについての感心だろうか。

 そして、そんなやり取りをしているうちに、食品を扱っているあたりについた。

 もちろん、すぐにわかる。

 街並みがどうとかよりも、ストレートに嗅覚が刺激される。


「肉」

「麦」

「あ、おさかな」


 単語で会話してしまうのはどうしたものか。ちなみに、ニコは肉を指さしていて、俺は鼻に届いた焦がし麦の匂いが気になって、シノリは店先に吊るされているもののうち、珍しい海の魚に興味を示したようだ。私物の中から豆銀貨を一枚ニコに渡すと、一瞬こちらを見た後に店に向かって駆けだした。


「……」


 それを半目で見ていたシノリ、


「その魚は帰りにな」


 持ち歩くには結構匂いが強い。


「べ、別に私は欲しかったわけじゃ……」


 そんなことを言うシノリだが、まぁまぁ、と抑えさせておく。

 干魚は昨日見た調理場にはなかった、地下にはあったのかもしれないが、スープをひくのにも使えるだろうし、そうでなくともマルなら何とでもするだろう、と昨日今日の二食だけで信頼している自分に少し驚く。


「買ってきた」


 やり取りをしている間にニコが戻ってきた。そこそこ普通に会話しているこちらを見て若干不思議そうな表情をしたが、シノリに串にささった肉を渡した後、こちらの左手を引いた。

 何事かと思って顔を下げると、口元に串を差し渡してきた。一本は空になった串として手に持っているので三本も買ったらしい。


「あーん」


 言ってくる。恥ずかしいという以外に断る理由はなく、匂いは暴力的だったので口を開いて、一切れ分の肉を口に入れる。

 んー、おいしい、おいしいが、それはたれの味であって肉自体はそこそこ以上のものではない。


――猪肉?


 普通の動物のほうだ。さっきの話からすると、獣肉としては牛と馬が時期によって出回る程度ということなので狩猟で得た猪が使われているのはおかしなことではない。しかし、たれの味自体はおいしいものの猪肉の癖を消すような濃さではないために……まぁ、半端だ。


「肉屋に卸すのと、あの店主に売るのとどっちがいいと思う?」


 二人に聞いてみる。これは意見が欲しいというよりもどう考えているかが知りたいから聞いてみたのだが。


「マルに相談」


 ニコは専門家に相談するスタンスらしい。それはそれで正しいと思う。


「個人的にはあの屋台の方に直接販売でしょうか、単価としてはそちらのほうが高いでしょうし」


 直売方式を勧めてくるのはシノリだ。その根拠もまぁ、正しいだろう。間に業者を挟むほど価格に跳ね返る。


「状況次第ではどちらも正解だ。俺がただ旅の途中でレッドボアの肉を手に入れて、というならシノリの判断と同じように屋台に売るし、旅の道連れに専門家がいればそいつの判断を聞くのもいいと思う」

「何か見落とし?」


 ニコは問うてくる。シノリも困惑気な視線を向けてくる。


「孤児院はあそこにあって、院は形態を変える可能性を抱えている」


 そっとニコにのばされた串からまた一切れの肉をかじる。垂れた肉汁は手の甲で拭う。


「シノリの判断を急かすつもりはないが、もしも、院でダンジョンを管理するという判断をしたときに食品系がたくさん出てくるダンジョンで……となったら、屋台一軒一軒に売りに行くのは手間がかかるだろう」

「――そうなってから肉屋さんに行けばいいのでは?」

「まぁ、それで何とかなることもあるが……場合によっては、メンツをつぶされた角で条件を突きつけられるかもしれない。この街の住人は二千人くらいはいるだろうけど、食品を管理しているのは多分一つの組織による占有だ」


 何のまとまりもないのに統制できる人数ではない、が、対立候補が出てくるほどの土壌でもない。

 なら、おそらく、高度に組織化されてはいないだろうが、一つの組織で食品関係を扱っているだろう。

 となれば、それに睨まれれば食品原料を卸すのは困難になるだろう。

 もちろん、卸すものの質次第ではどうにでもなるが、取引をしてもらえる、というのと、いい取引をする、のではまるで違う。


「どうする?」


 決断を促すようにニコが問うてくる。俺としてはシノリの決断の練習にしてほしいのだが……。

 そう思って、シノリを見ていると意を決したような表情で顔を挙げた。


「あの、別の選択肢としてこういうのはどうでしょうか?」


 意を決したようにして、シノリは《とある提案》をしてきた。

 その意見は俺からは出てこないようなもので、大変に面白かった。

 シノリも自身で話しながら熱が乗ってきた様子だ。


「じゃあ、何か所か話を通す必要があるのとマルに確認をとる必要があるな」

「調査、も」

「後は場所と材料か」

「……で、でも、うまくいくでしょうか?」

「もう少し自分の意見に自信を持っていい、俺のアドバイスのほうが成功しても有効だし、失敗したときにはでかい保険になる」

「肉売って準備」

「あぁ」

「う……はい」

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