2、追放者は《彼ら》と街に行く
007、二日目。
明けて翌日。
昨日の夜に仕込まれていたアリルの実で出来た甘さとコクのあるスープに雑味の強い黒いパンで昼食を済ませると、俺は孤児院を後にした。本格的な冬の到来を前にして、それでも風は乾いている。
(さてと)
しなければいけないことは結構多い。結局シノリは決断を下さずに情報収集の段となった。
決断を下せないことについては、手遅れになる可能性があるものの、判断一つで孤児たちの命運が決まりかねないのだ。やすやすと下せるのはそれはそれで怪しいものだろう。
だが、どちらにせよしなければならないことはある。
「どれからやる?」
「……ニコ」
当然の様についてきた少女はこちらに手を貸してくれている。手の引き方が上手くまた、山を歩くのにも慣れているのだろう。負担なく山道が歩ける。それはありがたいが、
「まだ、判断はおりてない」
「でもやるべきことはある、でしょう?」
はぁ、と短いため息を吐く。その言葉は間違っていない。
「何をやるべきかわかってるのか?」
こちらの返す問いかけに、彼女は視線を空に向けて、まっすぐ前を見た。
「換金」
端的な言葉。そして、正解だ。マルに許可を取ってレッドボアの塩蔵を持ってきた。
つかり切っていないが作業そのものは最適に為されているとの太鼓判を押していたので、持ってきた三キロで銀貨数枚にはなるだろう。だが、それでは足りない。
「大丈夫」
そう言ってニコはポンと自分の道具袋を叩いた。そちらには彼女が採取した薬草が入っている。
いつもは孤児院に来る行商人に売っていたらしいのだが、街の方が高値で売れるだろう。惜しむらくはほとんどの加工が乾燥一択であることで、それ以外の方法は道具が無いか他の孤児の目につくからと控えていたらしい。
ちなみに、聞くところでは、行商人に買い取ってもらった金の殆どを院に入れていたと言っていた。
あとで院の帳簿を見せてもらったが不明由来寄付扱いで薬草買取分が入っていたが、孤児院の収入の幾らかを占めていた。薬草採りだけで独り立ちできたのではないだろうか……?
「置いていけない」
――そういう事らしい。
頭を撫でる、嫌がるかと思ったが彼女は心地よさそうな顔をして、目を細めた。
シノリは薬草代を孤児院の金に充てていることにまだ気づいていないようだが、どうせばれるからいい、とのことだ。
「売っても冬は越せない」
「だな」
たとえ、薬草分を合わせて銀貨十枚にいこうが、冬を越すのは難しい。
「シノリの決断次第だが、神官に渡す金には十分たりる」
「神官?」
ニコにとっては神官とは孤児院の院長なのだろう。神官に金を渡す意味が解らないらしい。
「院を保護してもらう?」
「そんな大層な金にはならないだろ」
少なくとももう一桁ないと話を聞いてももらえないだろうな。院長を早めに出してもらうくらいのことは出来る可能性があるが、嫌がってきてもらってもしようがない。
なぜなら、今もめているということは行きたくない奴ばっかりということだ。
ここからは知り合いの神官に聞いた話だが、孤児院に着任後その孤児院で死亡者が出ると神殿の評価が下がるらしい、それなら、あからさまに死亡率の跳ね上がる冬の期間を飛ばして春から着任した方が安全なのだ。
理念と実際の乖離という奴だが、死亡・失踪者で減点する制度は虐待や奴隷商との癒着を防止する意味で外せないというのは、悲しいかな事実である。
「神官に布施をして経験値の昇華を依頼するんだよ」
「……あぁ」
いま、この子、わかってないのに分かった感を出したような気がする。
「まぁ、いわゆるレベル上げだな」
クラスレベルはクラスに相応しい行動によって得られた経験値を神官が神に奉納することでアップする。
ごくまれに神様の直接介入があるものの、百あって九十九までは神官を通してのレベルアップになる。
その時は神官に布施をしなけれなならないのだ。これは権益というよりもほとんどが必要経費で神殿によって一律で定まっている。
(薬師と狩人の神官は、まぁ、街の近くならいるだろう、料理人も間違いないだろうし……後は鑑定か)
クラス持ちは三人ということだが、それ以外にも潜在的にクラスに目覚めている奴はいるだろう、特定するのは難しいが、金さえあれば確認はしてもらえる。
本当は、孤児院の院長として派遣された神官にやらせるのが良いのだろうが……いないものはしょうがない。
「戦力補填」
「まぁ、そうだな」
たとえダンジョンを使わないという選択をしても冬になる前に薬師と狩人、料理人のレベルを上げて山の恵みを採りまくれば、この冬ぐらいは越せるだろう。
そいつらが卒院したら後はじり貧な感もある。
そのあたりも含めて解決できれば最善だが流石に決断により方向性が定まらなければどうしようもない。
「後、何しないといけないかわかってる?」
「友達作り」
「……」
ふむ。わかっているのか、いないのか。言葉選びのチョイスはよろしくない物のある意味では本質をついている。コネクションの構築は急務だ。
そもそも、孤児院が山の中にある理由が良く分らない(恐らくは死亡者の出やすい鉱夫の為の組織がもとになっているのだろう)がそれにしても町との結びつきが薄弱すぎる。
物を売りに行く理由の一部にはそれも入っている。
狩人が肉を取って料理人が加工までして卸すとなれば、それなりのところでないと買いたたかれるか価値を判じてくれない可能性がある。ニコの薬草にしてもそうだ。
どちらも口にするものなので信用の高いところに買い取ってもらえるという実績が必要だし、歩いてこれる距離の為に買いたたかれるのも面白くはない。
それ以外にも、気にしてくれる存在は必要で、ギルド支部はあればでいいが、それ以外に幾つかの神殿ともつながりを作るのはどの選択肢を取るにしても有効だろう。
手を借り、肩を借りながら歩いている俺とニコに遅れること数歩でシノリの足音が続いている。実際に見てもらった方がいいと思ったのだが、その足取りは気が重そうだ。
「――オーリは」
「うん?」
「あの子は危険ではないのでしょうか?」
シノリが口にしたのは、街に出る以外でやらなければいけないことの筆頭を任せたオーリの事だ。
彼に頼んだのはダンジョン位置の調査だ。とはいえ、中に入ってまでの調査は危険度が高いので入り口を探すことに専念してもらおうというお願いをしている。
「無軌道に突っ込んだりしない限り大丈夫。モンスターは普通はダンジョンの外に出ないから」
あふれやこぼれのようなイベント発生時を除いてモンスターはダンジョンから出てこない。これは他の大陸でも同じだ。ある意味ではつい最近それが発生したと思われるダンジョンは危険であるがそれを気にするなら孤児院で外出すること自体が危険だろう。
「それっぽい入り口を探してもらうだけで、実際に確認する時は俺も行くから」
「あなたは大丈夫なんですか?」
こちらを、若干気遣わし気な様子で見てくるシノリ。
特にその視線は左手と左足に向いていて、後は、支えてくれているニコも見ている。
絶対に大丈夫だ、等とはいえない。
浅い階層くらいしか入るつもりはないとはいえ、ダンジョンはダンジョンである。
「一緒に入る奴も含めて安全には配慮するさ。君も決断には情報が必要だろう?」
シノリは年齢に見合わずかなり慎重な質らしい。
それが悪いなどとは口が裂けても言わないがある程度情報を与えないと判断してくれそうには無かった。
「私も一緒に行っても大丈夫でしょうか?」
「うん?」
意外なことを聞いて驚いた。慎重だ、と評価した直後だが、そうでもない部分もあるらしい。というか、
(なるほど)
自分以外の人間を主とする判断には慎重で、自分の事については判断が早い、とそんな感じなのだろう。
だから、自分が危険になるとはいえ、それだけの事であれば判断速いようだ。
じっとこちらを見ている視線に回答を考えて。
「いいよ。メンバーはもうちょっと考えるけどとりあえずは一緒に行く方向で」
彼女が少し、つかえたものが取れた様な表情になったころにオーバンステップの街についた。
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