006、

 子供たちは十五人いるという話だったが食堂に集まったのは十一人だった。


 二人が食堂でみんなと一緒にご飯を食べられないくらいに小さく、その子たちの世話に人手がとられてそんな人数になったようだ。その子達には先に部屋まで食事を運んだらしい。


 最初は少し質問攻めにあったが、しばらくするとみんなスープの匂いに惹かれていきマルの声に統率が取り直された子供たちはおとなしく座っていた。




 シノリが音頭を取る食前の祈りの後でみんなは思い思いにスープを口にしている。自分に配られた分を口にするとリコの実の酸味とハーブの匂いが絶妙で塩気も丁度いい感じ。こんな山奥で贅沢に塩を使っていることに疑問は浮かんだがそれは機会があったら聞くことにしよう。


 胃の中に久方に物を入れた感覚がして、どれもこれも非常においしかった。絶食後に肉を食うのは良くないと聞いていたのだが、ニコとマルが大丈夫だというので、肉の感触の誘惑に耐え切れず口にして脂の味に口を幸せにした。あっという間にみんな食事を終えているが、食堂を出るときにこちらに、ありがとう、と口々に言われて若干こみ上げるものがあった。




 ちなみにその感謝が、ニコを助けた、ということに対してなのか、肉を取ってきた、ということに対してなのかは俺にはわからなかった。




 さて、リノというおとなしそうな少女がオーリに解体室に入っていいかの許可を取って退室すると、食堂に残ったのは五人。俺とオーリ、ニコ、シノリ、そして、マルだ。


 マルはみんなのスープ皿とパン皿を観察しながら集めている。好き嫌いや残したりしていないかなどを確認しているのかもしれない。彼女は小柄なためあまり大きくない皿でも数があるので何往復もして片づけていく、手伝えば早いのかもしれないが、どこのスープ皿を誰が食べたかも把握しているようなので下手に手出しをしないほうがいいかも、と思い直す。


 食堂と調理場を何往復かしたマルは全ての食器を運び終え机の拭き掃除までを終えた後、席に着いた。五人でテーブルを囲む形になる。俺の左にはニコがいてニコの向かいにシノリ、シノリの隣はオーリで、俺の右隣に幅を詰めるようにしてマルが座ってきた。


 数秒の伺うような沈黙のあと、オーリが口を開こうとして、シノリに割り込まれた。




「まずは、何はともあれ、ニコを助けていただきありがとうございます。起きられたときには言えなかったので」




 そう言ってシノリは頭を下げた。それはいいよ、と言おうとすると、マルが言う、




「肉もな、勝手にもらったのはちょっとあれだ。――うん、でも、ありがとな」


「兄ちゃんの持ってた剣、あれを折ってでも助けてくれたんだろ、ありがとう」




 続けるようにオーリも言う。


 ニコは感覚の薄い左手をぎゅっと両手で握って、笑顔を浮かべた。


 思わず笑顔で返したくなるいい笑顔だ。


 しかし、シノリは言う。




「だけど」




 逆接を置いて、




「普段なら善良たれ、恩義に報いよと言うところですが今はその余裕が我々にはないのです。今、院には味方であるべき大人がおらず、子供ばかりとなっています」




 私としては長居してほしくない、と続ける。




「……あぁ、分かるよ」




 というか、気分の問題を別にすれば真っ当なことを言っているのはシノリの方だ。余裕があるなら人にやさしくするのもいい。頼りになる人がいる状況ならまだしもそうでないなら、危険は少しでも排除するべきだ。


 オーリやニコの意見を聞きいれたいと思っているのは、単純に自分が、この院を害するつもりが無いというのをわかっているからに過ぎない。それが確定できないはずの立場からすれば、俺を拒否するのは正着だ。


 勿論、逆上しないようにとか、そういった点で言葉選びが適切だったか等で足らない部分があるものの、シノリは間違っていない。




「どうして笑っているんですか?」




 ニコが積極的に、オーリが消極的にシノリの意見をひっくり返そうとしているが、それを受けながら俺から視線を外さなかったシノリが不可解そうにこちらに言葉を投げる。




(笑っている、笑っているのか)




 自分の口元に手をやると、確かに、口角は笑みの形に上がっている。




「いや、気に障ったなら失礼」




 彼女の表情は晴れない。理由を説明しなかったからだろうが、説明したならもっと怒るに違いない、特に『君が俺に似ているように思った』等と言った日にはその怒りは鎮火するとは思えない。




「あたしの意見もいいか?」




 マルがそう言って手を挙げた。誰も遮らなかったので彼女は続ける。




「まず、シノの言った通り、はらぺこさんが危険かどうかは私たちにはわかんない」




 言葉と共に彼女はこちらを真っ直ぐにみた。視界の端でシノリが頷くのが見える。




「ニコたちの言う通り少なくともニコの命を……まぁ、危険も顧みず満身創痍で、助けてくれたことは事実だ」




 次の言葉に頷いたのはニコとオーリ、ニコは深く、オーリは強く、どちらも頷く。




「もう一個わかんないのが、新しい院長、そいつが来ても私たちに親身になってくれるかわかんね、少なくともじいちゃんほどじゃないと思う」




 じいちゃんというのは前院長の事だろう。確かに若干悲観的に言葉を選んでいるようだが、新しい院長が来ても全力で子供の味方というタイプかはわからない。少年神の神官としてくる以上、子供に害をなすことは制約上出来ないはずだが、害をなせないというのと絶対の味方というのは違う。




「あたしの感情でははらぺこさんにもうちょっと飯を食わしてやりたいが、感情じゃない部分で判断しても手放すのは惜しい、と思うぞ」


「高評価ありがたいけど、目の前でいうのはどうかと思う」


「そんなくらいでどうこう言うなら、そこまでだぞ」




 一番の大人はこのマルかもしれない、と思いながら。




「整理すると、問題なのはなんなんだ?」


「金が無い」




 即答で応えたのはオーリだ。しかし、情報が足りない。




「どの程度足りないか、聞いても?」


「冬を越せない、多分」




 鉱夫たちの宿舎であるならしっかりした建物だと思うが。聞けば、薪も食べ物も見通しが明るくないとのこと。これまで来ていた行商人も冬を控えて薪や食料の値段が上がっているとのことで、現金が底をつきそうなのだ、と。


 ちなみに、森に囲まれたこの孤児院でなぜ薪不足になるのかといえば、鉱山の街だったことから燃料としての木を刈ることに税が高くつくらしく、そのためだという。




「こっちらかも一つの問題があるんだけどいいか?」




 シノリ以外が首を縦に振ったので続ける。




「問題はあの肉だ」


「あぁ、高価だって言ってたもんな、払える金はないけど」




 オーリの言葉にそうじゃなくて、と俺は苦笑する。




「あの肉のもとになってる魔物、レッドボアだ」


「脅威レベル23の猪型」




 ニコの補足に頷きを一つ返して。




「知っての通り、この大陸には魔物は生息していない」


「あー、昔の王様がそんなことしたとか、習った気がするぞ」




 偉大な王様だぞ、とマルに注意をして話を続ける。




「その甲斐あって、普通には遭遇しないはずの魔物。そんなものがいたわけだが。これがどういうことかわかるやつはいるか?」


「……ダンジョン」




 つぶやくのはニコだ。俺は頷く。




「この大陸では地上に魔物がいないが、ダンジョン内では遭遇できる」


「ダンジョンから魔物が出てくる現象があるんだったよな」




 先ほどの話をオーリは覚えていたらしい、ニコもこくこくと頷いている。




「そう、モンスターがあふれそうなダンジョンがあるのかもしれない」







 ダンジョンは通常、ギルドによって管理されている。少なくともこの大陸ではそうだ。


 ギルドはダンジョンの恵みを得つつ、災いは外に出さないようにとしている。


 そのためにギルドは多大な権益を得ているのだが、その責任も重い。


 マナの凝り固まるところに発生する可能性のある野良ダンジョンは、本来ならできる限り早くギルドの管理下に収めることが期待される。


 管理されていないダンジョンは無限にモンスターを吐き続ける洞穴となってしまうからだ。そして、通常地上にモンスターのいないはずのこの大陸では地上でモンスターを見ることは非常に危険なことである。これは、つまり、放置されているダンジョンが近くにあることを示しているからだ。







 そこまでを説明すると、四人の表情に影が差す。




「ダンジョン自体は恵みというか、周囲のマナをくみ上げて様々なものに物質化するから有益だが、放置されているダンジョンは生成した魔物を吐き出す非常に危険なものだ」


「じゃあ、ギルドに連絡を!」




 口にして椅子を倒したシノリ。子供を多数抱える施設の年長者としては非常に正しい。けれど、俺はすぐには反応しない。




「勿論、それは一つの正解だ」




 正しい。この子はただしい。




「でも、正しいことがハッピーエンドにつながるとは限らない、か」




 自分に言った言葉だが、シノリに拾われて睨まれる羽目になった。


 だが、視線を向けてくれたことはちょうどいいので話を続ける。




「その後どうなるかまでわかってる……わけじゃないよな」




 聞くとシノリは、う、と黙る。その後の処理がどうなるか、なんてことは現地で関わった人間か、ギルドの人間くらいしか知らない。他の場所に伝わるのはダンジョンが『資源化』と見なされて迷宮市になったという情報か、あるいは、迷宮破壊というダンジョンの無意味化が起きたという情報位だし、後者に至っては外には伝わらないことのほうが多い。


 けれど、どちらにしろ。




「ダンジョンがここから近くにあった場合……目安としては5キロ以内だけど。その場合はこの元宿舎はギルドに徴発される」


「ちょうはつ?」




 オーリには意味が分からなかったらしい。




「ざっくり言うと、ギルドがこの建物を自分のものにしちゃうってことだ」


「でも、ダンジョンの近くは栄える」




 ニコが言う。それは確かにそうだが。




「資源として認められたダンジョンは確かにそうだけど、近くにほかのダンジョンがあるとか、逆に管理の手が回らない地域にあるとかの場合は短期決戦、ダンジョンつぶしになる」


「つぶす?」


「迷宮は恵みを出すけど、危険であることに変わりない。制御ができないと判断される迷宮は破壊しなければならない」


「具体的にはどうやる?」




 ニコは意外と食いついてくる。




「基本はダンジョンの最下層まで行って、コアを破壊する」


「こあ?」


「ダンジョンの成り立ちは……機会があれば話すとして、ダンジョンを成り立たせているものそれがどんな形をとっているかと関係なくコアと呼び、それを破壊すればダンジョンはその機能を無くす」




 具体的にはフロアトラップが動かなくなり、モンスターを生まなくなり、資源も生まなくなって……ただの洞穴になるというわけだ。


 その『ダンジョンの抜け殻』の使用法の研究も進められているが芳しくはないようだ。




「普通にギルドが監査に入ると、一か月程度をかけてダンジョンの把握を行い、それが終わると資源ダンジョンと廃棄ダンジョンのどちらかに振り分ける。廃棄ダンジョンの場合は徴発が続き、ダンジョンクリアまでは返ってこない。クリアが終わると返却されるけど……最短でも半年くらいはかかると見たほうがいい」


「資源ダンジョンの場合は?」


「ダンジョン近くの土地を買い上げてギルドハウスを建てた後は勝手に――というと、人聞きが悪いけど、耳聡い人が集まって街になっていくのが良くあるパターンだな」




 とニコに説明をしていると、マルが手を挙げた。




「資源型と廃棄型の分岐はどこだ」




 いい質問だ。




「資源型は、鉱物なら鉱物ばっかりみたいに同じタイプの資源が出やすく、主流な流通路の近くにあってほかのダンジョンからそれなりの距離がある、ってのが望ましいといわれてる」




 その場でというか、その土地で加工ができるのは情報交換や流通でも利点があるし、流通路の近くというのはそのままの意味だ。他のダンジョンから遠いというのは、ダンジョン自体が周囲のマナを集める性質があることから、ほかのダンジョンと食い合いのような状態になることが予想されるから、らしい。




「分岐点という話で言うなら、ギルドとして採算が取れるかどうか、というのが一番わかりやすい」




 金になるなら危ないものでも制御するし、金にならないなら制御するより廃棄するのがいい、と。




「この近くにある、かもしれないダンジョンはどうだ?」


「んー、ここまでだけなら、七三で廃棄だと思う。山の中で交通の便が悪いからな。他のダンジョンが近くにないのは加点ポイントで、どんな資源が出るかは実物に潜らないと分からないけどな」


「……それで実際、何が言いたいのでしょう?」




 シノリの冷たい声がした。確かに、回りくどい言い方になっている。




「この国の孤児院は善意によって成り立っている……という、体をとっている。そうでないと緊急時の対応が難しいからな。だが、善意によって『孤児を置いてやっている』という体裁のために、立ち退かせた孤児院にいた孤児たちには保障が回ってこない。孤児院を経営している宗教母体に入る形になるからな」


「……」




 シノリは沈黙、意味するところを考えているのだろう。




「この家が無くなって君たちは離散状態、保障金も得られずほぼ着の身着のままになるだろう」


「……じゃあ、どうしろっていうんですかっ!」




 きっとにらんだ視線を上げてくるシノリ。ニコは先ほどから冷静というか表情を変えていないが、オーリはぞっとしたような表情で、マルは無表情に近いが唇が微妙に震えている。それが怒りなのか憤りなのか悲しみなのかそれはわからないが。




「どうするかは最終的には君たちが選ぶことだ。俺にできるのは悔いなき選択ができるように持ってる知識を教えることと選んだ選択をサポートするくらいだ」




 だから、といれて続きを話す。




「先ほどあなたはギルドに連絡を入れることが正解の一つだ、といった――他の正解もあるはず」


「――ん、まぁ、正解は言いすぎだな、選択肢だ、それがある」




 一つ目、といって。




「ギルドに連絡する、これが正解といった理由はわかるな。危険物である迷宮をギルドというその対処に最も適した組織に預ける、というわけだ。代わりに周辺の地域はコレへの協力を要請されるんだが、それを知らないだろうから付け加えさせてもらった」




 つまり、これはこの大陸の民としては正解の選択肢、というわけだ。最も公共の利益に資する事から間違いではないだろう。


 代わりに、この孤児院は十中八九で離散することになる。




「次の選択肢が無視するというやつだな。近くにダンジョンがあったということを知らなかったことにする、と。今回の魔物はこぼれだろうがが、大規模なあふれが発生するまでは周囲にそれほど強い影響は生じない。数年はもつだろう、その間に出てくる魔物の被害は……まぁ、運が悪かったと思ってあきらめることになるな」




 こちらの方法は『見なかったことにする』というやつだ。知っていたか知らなかったかは普通であれば外に漏れることはないし、被害が出て初めて訴え出るというのはありだ。問題点は、




「……う」




 こちらの左手を握っているニコ。袖に寄ったしわの深さを見ればどれだけ強く握っているのかはおおよそ検討がつく。死にかけるという恐怖はそれほどの物なのだ。そして、この選択は家族に将来のどこかの地点で同じ思いをさせるかもしれない。




「そんな選択、どっちにしても、危険か家を無くすかじゃないですか! ダンジョンなんて……」


「そうだな、というか、そもそもの考え違いをしているやつが多いが、基本的にダンジョンなんぞそれ自体は災害でしかない。たまたま、その中のいくつかを有効利用する方法を確立したってだけに過ぎない」




 つまり、不幸であり、災害なのだ。普通はそこから如何にして被害を軽減できるのかを考えるべきところを、なまじ成功事例があるものだからと同じように考える奴があとを絶たない。一応ギルドのほうから勧告を出してはいるものの、そういう手合いに限って都合の悪いことは耳に入らない様にできているらしい。




「――」




 迷っているのか、打ちのめされているのか茫然とした顔をしているシノリ。対してニコは、こちらにじっとまっすぐな視線を向けている、こちらの考えを読んでいるのかいないのか。俺はため息をつく。


 こちらがまだ、選択肢の全てを見せていないことに対しての促しともとれるその視線。




「次が、俺の出せる最後の選択肢だ」




 ため息とともに吐いたその言葉にシノリはおずおずと視線を上げた。期待なのか、あるいはこれ以上打ちのめされたくないという怯えなのか、それは分からないが。




「ダンジョンをこの院で管理するって、案だ」

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