005、

 クラスについては、ガルディア大陸におけるギルド中興の祖であるエトランゼたちのパーティー『探求の饗宴』の一人が推測を述べている。それはいまでも塔のクラス法則研究のバイブルとなっている。それによると、クラスとは、『適正、スキル、パラメータをパッケージングした加護の体系である』とのことだ。


 神々の加護を職業適性の形であらわされるのが、クラスだとそんな感じだ。


 要するにすごくざっくりいえば、仕事についての神様からのお墨付き、だ。







「そのあたりは孤児院なら院長あたりが教えてくれるんじゃないか?」




 この孤児院のことを聞いてみたがそんなに変わったところはなさそう。


――子供の守護神のうち『男神・リトルノノ』を祭神とする点も孤児院としてはごく普通だ。


 この建物にいる孤児は、先ほどの金髪少女・シノリ、通称・シノ姉を最年長として十五人。ちなみに、オーリは上から二番目、ニコは大体真ん中あたりとのことだ。


 これまでの卒院者は五人ということなので、出来て間もないようだ。卒院は基本的に十五の誕生日らしい、シノリはそれを過ぎているが、そのあたりのタイミングで院長が亡くなりバタバタのうちに卒院の機を逃したというところらしい。


 時期が微妙に読めないが、次の院長が来たくらいで街に出るのではないかというのがオーリの意見だった。だが、シノリはクラスもちではないらしい。


 正確には、




「確認したことがないんじゃないかな」




 とのこと。確かに、初級クラスは普段の生活でも目覚めることがありレベルは上がらなくとも生活の役に立つこともある。ちなみに、レベルを上げる儀式は神官の仕事である。ただ、誤解されやすいのだが、神官ではなく神様がレベルを上げていているのであって、神官はその仲介に過ぎない。


 さて、この孤児院もご多分に漏れず資金難に悩まされているためにオーリが野生の獣を狩ったり、ニコが薬草を乾燥させてたまに来る行商人に売ったりして補填に宛てていたらしい。だが、それでクラスが目覚めたのかというと順序は逆で孤児になる前に身に着けたクラスで日銭を稼いでいたというのが実情だ。


 そして、助けてもらった以上は何らかの恩返しがしたいところだがあいにくと自分は今さほどの持ち合わせがなく、さらに身体的にも満身創痍の状態だ。


 ある出来事で傷つけられた左足はほとんど感覚がなく、左手は精密な作業ができない程度に壊されている。もともと、右利きであることが慰めにはなるが、力仕事にも期待できない。


 どうしてそうなったのか、というところは告げずにそのあたりを伝えると、とりあえず、次の院長が来るまでいてほしいということを言われた。それについては、こちらとしてもありがたいところなので、問題ないと告げておく。


 むしろ、シノリはそれを嫌がりそうだが……。


 それとは別に個人としての願いを聞いてみると、オーリには戦い方を教えてほしい、と言われた。片手片足が不自由な男になぜそんなことを頼むのかと聞くと、その状態でレッドボアを倒せたからこそだ、と言われた。


 なるほど、レッドボアは通常ダンジョンのある程度深い階層に生じるもののなかでも近接戦闘を避けるべき突破力と攻撃力のある魔物だ。それを知らなかったとしても、大型の獣をショートソードで仕留めたということで、戦闘技術が優れていると思われたのかもしれない。


 オーリに限っていえば、本来のクラスが狩人なら相応の武器を持てばいいのではと思ったが、聞けば簡単な罠で草食動物を取ることが多いとのこと。猪の解体自体は難しくないが仕留めたりは得意ではないと。だが、俺もクラスとしては残念ながら剣士ではない。そのことを伝えたうえで、引き受けることにした。


 期間は、俺が出ていくまでということにしておいた。


 続いて、ニコの願いだが、




「あなたが治るまで世話をする」




 と、よくわからない願いを出された。


 いや、確かにこのニコのクラスが薬師だというのなら、俺を治すことに意味はある。薬の材料の採取や鑑定、調合に、投薬、それによる治療行為も含め、薬師のレベルのための経験値が入るイベントが多い。


 満身創痍、疲労困憊、凍傷、空腹、全身に擦過傷、等々そういったものへの対処でもニコは経験値を得ているはずだ。そういう意味では治してもらえるこちらと、治したいというあちらは利害が一致していることになる。




「わかった、むしろ、こちらからも願いたいくらいだ」




 そう返すと、ニコは顔を赤く染めてこくこくと頷いた。怪我人がいてそれを治すというのは薬師的には魅力的なのだろう。孤児の仲間の怪我を、まさか、願うわけにもいかなかっただろうから、いい獲物に見えているに違いない。


 そんなことを思いながらオーリの方を見るとあきれたような苦笑のようななんとも言えない表情をされた。







 そして、なんだかんだと時間がたって辺りに良いにおいがし始めた。




「そういえば大人はいないってことだったが、調理は子供たちで持ち回りか?」


「あぁ、そういえば話してなかったな」


「シノリ辺りは料理できそうなイメージだったが」


「……シノ姉に調理させるのは食材の無駄」




――ニコはさっきから結構辛辣めだ。




「うちの調理場はマルってやつが回してるよ」




 マルディグラ・リリクラフト。この院で唯一の名字持ちで、かつ、みんなに公開している三人目のクラス持ちだという。




「料理人か」


「まぁ、今の流れならわかるよな」




 料理人と狩人と薬師、か。山の中で暮らす集団においては結構バランスがいい。偶然で揃ったのならなかなか幸運なものである。特に、料理人と狩人の相性はいい。




「――あれ、でもさっきシノリが部屋を出るときにマルの手伝いをしてきてほしいみたいなことを言ってなかったか?」




 食材を無駄にする、というレベルの人間が手伝えることなどあるのだろうか?


 そう思って聞いてみると、




「マルは力がないから」




 ニコは言葉少なに答えるが要領を得ず、オーリに視線をやる。


 お手上げだ、というように両手を突き上げつつ。




「マルはうちの院でも年少組でね。調理スキルはあっても、でかい肉の塊を持ち上げるのも一苦労だろうさ」




 そんなことを言う。確かに、レッドボアなら100キロ超えはざらだ。


 オーリの狩人スキルの程度は分からないが、ブロック肉になってもそれなりのサイズだろう。


 年少組というのなら、確かに、人の手はいるかもしれない。




「ちなみに、レッドボアの肉は意外と高値で売れるぞ」


「え、食べたのもったいなかったかな」







 そんな会話をしながら、ニコに支えられて食堂に向かう。


 ちなみに、推測は正しかったらしく、廃坑になったときに捨てられた鉱夫たちの宿舎がもとになっているとオーリは言っていた。




「まだ、完成してないぞ」




 食堂の方から調理場をのぞくとそんな声がした。




「あわてんぼうなはらぺこさんめ」




 と、いって俺はばしばしとたたかれる。衝撃は軽く、まるで痛くない。


 声の主、というか、声の源はこちらの腰ほどの高さしかない。




(この子がマルか)




 小さな女の子というのが見た目の印象である。調理のせいか、脂の艶を得た髪を金属製のヘアバンドで抑えている。身長はこちらの腰ほどでニコよりもまだ低い。調理用と思われるエプロンは、日常使いの分だけ端のほつれやシミの跡があるが。、気を使って清潔にしておこうという感じは受ける。


 快活そうな声でこちらの視線に身じろぎもしない。異物というか初対面であるはずのこちらに対して恐れもなく手をふるっている。調理場をざっと見ると、今作業をしていた辺りはさすがにものが散っているが基本的には清潔である。


 地下へ下りる階段があるようなので冷暗所保存が必要な物はそちらだろう。地上部に見えているものでは、籠に積まれた干し野菜類、隅に置かれた形の揃ったパン、壁につるされた干しキノコがメインの食材なのだろう。小さめのつるし干し肉は兎らしい。




「お、はらぺこさんは、新顔だな。あれか。猪を獲って来た奴か一昨日はみんな喜んでた」




 倒れたのが三日前のはずなので一日は熟成させて調理したわけか。なるほど。




「オーリもよく頑張って、猪を肉にした、褒めてやる」




 背の低いマルが背伸びをしてオーリの頭に手を伸ばす。オーリは苦笑しながら身をかがめ、恐悦至極、などと芝居がかって言いながらされるがままにさせていた。


 その光景を結構温度の低い目で見ているのはシノリである。彼女は火の入ったかまどの前でスープをかき混ぜつつ視線で切り込んできている。




「今日の晩は普通にスープとパンだぞ。はらぺこさんは、ちょっと大きな肉を一切れ入れてやるぞ、獲物を捕ってきたごほーびだ」




 信賞必罰がしっかりしているらしいが、こちらとしてもうまいものが食えるなら是非もない。もともと捨てられていると思っていたものだ。


 リコの実という酸味と甘みのバランスの取れた野菜の匂いがする。たぶん、スープの味の骨格だ。ハーブの匂いも少しするのはたぶん、




「私がとってきた」




 やはり、ニコがとってきたものらしい。




「マルであってる?」


「? マルはマルだがなんだ?」


「肉は悪くなる前に使いきれそう?」


「あー、大物だったしな。でも、心配ないぞ。大半は塩でつけてから色々して保存食にしてる。生で置いてるのは最悪の最悪のケースでも一日あれば食べられるくらいだぞ」




 優秀な管理をしているようだ。




「もう少しかかるからはらぺこさんは食堂で待ってるといい、オーリはみんなを呼んでくるといい。ニコは……はらぺこさんについてるといい。シノは鍋を回す」




 シノリに冷たい視線を向けられるがニコに支えられながら食堂に向かう。


 背中に声が掛けられた。




「芋飴はおいしかったか?」




 俺は意味が分からなかったが、ニコには通じたらしい。


 よくわからないがせかす様に押された。


 後ろのほうから、感想言うのが礼儀だぞー、という語尾の伸びた声が聞こえた。


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