第8話 女神の面影
「…やっぱり。思った通りよく似合ってるわね。」
エメラダに強引に促されるままに、鮮やかなオレンジ色のドレスへと身を包んだハルナの姿を見て、彼女はそう微笑んだ。
「やっぱり変じゃない!?私、絶対にこんなの似合わな…」
「…シー…」
エメラダは着なれないドレスに恥じらいを隠しきれずに慌て続けるハルナの口元に、自分の人差し指をそっと押し当て言葉を遮った。
思わず黙り込んだハルナの姿を確認したエメラダは、再び優しく微笑みを浮かべると、そのままハルナに近くの椅子へと座るように促した。
エメラダに指示されるがまま、その椅子へと腰掛けるハルナ。
するとエメラダは手際よくハルナの前髪をピンでまとめると、これまた手際よくハルナの顔に何やら液体を塗り込み始めた。
「…ひゃん!」
その液体の冷たさに思わず変な声をあげてしまうハルナ。液体を塗られた瞬間、周囲にはどこか大人の女性を思わせるような華やかで爽やかな香りが漂った。
「…動いちゃダメよ。
しばらく目を瞑ってて。」
エメラダはハルナの耳元でそう優しく囁くと、液体の塗られた肌の上から、今度は何だか粘度の高い別の液体を塗り重ねた。
そして粉をはたき、ブラシで馴染ませる。
どれもやっぱり冷たかったり、くすぐったかったりもしたけれど、先程エメラダに動かないよう注意されたばかりだったので、ハルナはうっかり自分が動いてしまわないよう、膝の上においたままの自分の手にグッと力を入れて、必死にそれらを我慢した。
目をずっと瞑っているハルナには、何が起こっているのか分からなかったが、エメラダの作業は手際よく進んでいく。
「…あっ…あの…!」
ハルナがそう言いかけた瞬間、ハルナの口唇の上を、濡れた何かがすっと這っていった。
「…はい、出来上がり。」
そう言われて閉じていた瞳をそっと開くと、目の前にある鏡の中には、ジーナにソックリな女性が映っていた。
「…すごい…これが私なの…?」
思わず瞳を震わせながら自分の頬を優しく撫で、ただただ驚いているハルナ。その背後から、鏡の中へと写り込んだエメラダは微笑みながらハルナに向かってこう言った。
「ほらね、あなたもジーナもよく似てるでしょ。あなたを初めて見た時からそう思っていたわ。実はね、ジーナにメイクを教えたのも私なのよ。」
そう言ってエメラダは、ハルナの目の前にそっと小さな口紅を置いた。
「それあげる。ジーナが使っていたのと同じ色よ。」
「そんな…悪い…です。」
何故か思わず敬語となってしまったハルナに、エメラダは気にするなとばかりに胸元で手を振りながら答えた。
「いいのよ。私も人から貰った物なんだけど、使わないからそのままにしていたの。誰も使ってないから、もちろん新品よ。」
その口紅はブルーのラメが散りばめられた綺麗なケースに入った、少し大人しめのピンク色をしていた。
ひとたびその口紅を手にしただけで、何だか自分がぐんっと大人の女性に近づけたような気がして、ハルナは何だか嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで心を震わせた。
同時にその口紅の色と、自分が今つけている口唇の色が同じである事に気がついたハルナは、先程自分の口唇に感じた濡れたような感触は、この口紅によるものだったのだと確信したのだった。
「ありがとう!大切にするから!」
そう言って、その口紅を大切そうに両手で包みながら、ハルナはエメラダに向かってそうお礼を言った。
「どういたしまして。」
ハルナのその言葉に、エメラダはそう返すと、今日一番であろう笑顔を見せた。
「…そろそろ準備は出来たか?」
突然そう声をかけてきた渋い声に、驚いてハルナが振り向くと、そこには両腕を組んで、妙に格好をつけたバロックの姿があった。
「…ほう。これは思った以上だったな。」
エメラダに施されたメイクによって生まれかわったハルナの姿を確認したバロックは、そう言って不敵な笑みを浮かべたのだった。
D-Queen バーレスク むむ山むむスけ @mumuiro0222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。D-Queen バーレスクの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます