第三話 右手に銃を、左手に決意を
「〝やつ〟は山の鳥獣や木の実を、もはや餌だとは思っていない。ドングリや弱った鳥獣は、餌にならないよう、率先して狩ってきたが……それはすでに、玩具かなにかだろう。壊れれば捨てる、消耗品だ」
「……それって」
あのモンスターを誘い出すエサがない、ってことじゃないの?
「ありていに言えば、そうだ」
「くくり罠にかかったりしない? 大きなはこ罠とか」
「小熊ならくくり罠で引き留めることはできる。だが、〝やつ〟の巨体だ。どうしたって罠ごと引きずられる。はこ罠だって、奴が入るほど巨大なものは用意できない。たとえできたとしても」
「餌がない」
そうだと、彼はハツを噛みちぎりながら、言った。
「そもそも決め手がないというのもある。現状の装備だと、次に遭遇したとき撃退することもできない」
「あれは? あたしを洞窟で助けてくれた時の、あのブワッ! って光るやつ!」
めっちゃ眩しかったし、モンスターも辛そうな威力だったけれど。
「……メタルマッチの応用品、マグネシウムと液体火薬の混合物──いわゆるスタングレネードの劣化品だが、あれはもう数がない」
「まじで?」
「俺はなにがあっても〝やつ〟を殺すつもりだが……それは人間としてだ。俺は人間で、天狗だ。お上の走狗だ。許可がなきゃ、法律に触れることはできない。花火は、必要最小限としてお目こぼしをもらってきた。だが、あのスタングレネードは完全に違法なものなんだよ。それでも自作して、隠し持ってたんだが……」
次に作れば、間違いなく山に滞在する資格を失うと、彼は難しい顔をする。
天狗さんは、たぶん本当になんでもするつもりなんだろうけど、こういうところが、やけに律儀だと思う。
自分の中に、揺るがない一線を引いているというか、そんな感じがする……。
「もし仕損じて、俺が逮捕でもされてみろ。次の餌はおまえだぞ、リィル?」
「うへぇ……ぞっとする話だよぉ……」
あたしは、餌になりたくないなぁ……。
…………。
待って?
あたしが次の餌?
「ともかく、切り札はいまのところ一枚もない。オフェンスも、ディフェンスも手づまりで──」
「待って、天狗さん。もしかしたら、あたし──」
すごいヤバいことを思いついたかも。
身を乗り出して、そう告げようとした瞬間だった。
ガラリと庵の戸が開き──ああ、ちょっと懐かしい──大きな影が、ぬっと入ってくる。
天狗さんが腰の鉈を引き抜くよりも早く。
その達磨は、彼の名前を呼んだ。
「苦戦しているみたいね、伊原くん」
「レンヤ!」
坊主に青髭、白衣の巨漢。大きすぎるバックパック。
イチジョウレンヤが、不敵な笑顔で、そこにいた。
§§
「上を説得するのに、ずいぶん時間がかかっちゃったわ。でも〝Kプラン〟のディスポーサルが大詰めだってごまかして、許可を取り付けてきたの。伊原くん、これを、受け取ってちょうだい」
「こいつは……!」
レンヤが背中から降ろした、黒い縦長の箱。
その中身を確認した天狗さんは、目を見開いて驚いた。
覗き込んでみると、そこに収められていたのは、奇妙な鉄の塊だった。
先端は細長い筒状で、そこから基部に向かって複雑な形状をした長方形のパーツが続いている。
一番の後ろの部分には、持ち手のようなものと、肩に当てるストックみたいなパーツがあった。
ツヤのない黒色のそれは、なんだかひどく不吉なものに見えた。
なんだろう、似ているんだ。
あの日受け取った、このナイフに──
「12ゲージセミオート式散弾銃──イズマッシュ・サイガ12。これが、国家が民間人である伊原くんに提供できる、最大限の殺傷力よ。とはいえ……以前二十人の猟師から逃げ切った〝K〟相手じゃ、心許ないけれどね」
「……そっか。猟銃として使える散弾銃だったっけ、これ」
天狗さんが、首をかしげているあたしにも、わかりやすく説明してくれる。
この不吉な金属塊は、銃といって、以前から彼が何度も口にしていた〝銃弾〟とやらを飛び出させる装置なのだという。
特にこの散弾銃は、名前のとおり散弾っていう、一つの弾から小さな球がいっぱい飛び出る銃弾を使うための、武器らしい。
その威力は、イノシシの毛皮を一発で貫くほどで。
「そして散弾を使わない代わりに
「それって、ヒグマの」
「ああ、あの化け物じみた毛皮も貫く。もっとも、仕留められるかどうかは、当たり所によるが……それでも、これは効果的だ。蓮弥さん、スラッグ弾は用意してくれているんでしょ?」
「ええ、もちろんよ」
強くうなずいたレンヤは、猟銃? と同じ色をした緩いカーブを描いた金属の塊を二つ、取り出して天狗さんに手渡した。
「マガジンよ。セミオートの名前のとおり、イズマッシュ・サイガ12は、連続して弾丸を発射できる、珍しい猟銃よ」
「でも、日本の法律では、マガジンには二発しか弾丸が入らないようになっている」
「そう、こっちは散弾が二発入っている。そしてこっちには」
「スラッグ弾が、二発か」
「それからチャンバーに一発、スラッグ弾が入れられるから……合計五発。これ以上は、用意できなかったわ……」
辛そうな表情でうつむくレンヤ。
天狗さんはそれを見て、歯を見せて笑った。
「十分だよ、蓮弥さん! やっぱり蓮弥さんはすごいや! 助かった!」
「…………」
「あ、そうだ。ちょうど新鮮なイノシシ肉が手に入ったんだ。このあと干し肉とか、燻製とか、保存食にするつもりだけど、食べて行ってよ蓮弥さん」
「……保存食ね。伊原くん。ひとつだけ、質問いい?」
「もちろん!」
レンヤは。
寂しそうな顔で、天狗さんに問いかけた。
「その保存食──誰が食べるものなの?」
「…………」
笑った。
天狗さんは笑った。
目を細くして、口もとをかすかに上げて、声も出さずに、微笑んで。
「──天狗さん!」
あたしは、たぶん賢くない。
蝶よ花よと甘やかされてきたから、世の中のことなんか全然わからない。
こっちの世界にも不慣れだし。
人の心とかも、よくわからない。
それでも、今の天狗さんに、そんな顔をさせちゃだめだと思った。
だから、あたしも決断する。
たったひとつ、生きるために。
あの化け物を、殺すために。
「あたしが、コディアックの囮に──ヒグマを誘い出すエサになる!」
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