第五話 初めての火おこし! ウグイの洗い!

「天狗式〝今日からできる魚の釣り方〟」

「わーぱふぱふ!」


 川辺に移動したあたしたちは、釣りとかいうものをすることになった。

 天狗さんによると、糸と棒と針を使って魚を狩る方法らしいのだけれど、正直未知の世界である。


「川で釣りをするなら、清流竿が欲しいところだが、山でいきなり手に入るわけもない。だから、代用品を使う」

「なにを使うの?」

「竹だ」


 タケ……?


「これだな」


 天狗さんが手にしているのは、枯れた色をした、いくつも節のある植物だった。

 先に行くほど細くなっていて、


「こう、


 引っ張るようにして曲げても、全然折れない。

 よく曲がる。


「めっちゃ曲がる。すごい」


 そういえばこれ、なんか村に生えてたサァサに似ている気がする。


「笹か、近いな。普通の木の枝を使うと、しなりが弱く、糸が切れてしまうことがある。だが、竹は違う。竹の鋭敏なしなりが衝撃を逃がし、糸が切れることを防ぐんだ」

「へー」

「興味ないな、このエルフ」

「すごいわねー」

「蓮弥さんもかー、仕方ないなぁー」


 あのさぁ、天狗さん。

 ……あたしとレンヤで、態度が違いすぎじゃない?

 ねぇ、違いすぎない?

 ねぇってば。


「わかったから怖い顔するなよ。きちんと教えてやるから。まずは、竹の細い方の先端に、釣り糸を巻き付け、よく結ぶ。解けないよう、固く結ぶ」

「わかった、やってみる」


 手渡されたタケに、細い色付きの糸を結ぶ。天狗さんは透明な糸を結んでいる。

 なにあれ、キレイ……


「さて、本来ならリールを」

「呼んだ?」

「おまえじゃねぇよ、座ってろ。竿ならば糸をためておく巻き上げ機リールを使うが、しょせんは竹だ。そんな物をつける余地はない。先端から糸を垂らしたら、その糸の先っぽに釣り針をくくる」


 釣り針とな?


「あのね、リィルちゃん。お裁縫に使う縫い針はまっすぐでしょう? 釣り針は、こんな風曲がっていて、先っぽにが付いてるのよ」


 天狗さんから釣り針を受け取ったレンヤが、それを見せながら教えてくれる。

 〝し〟の字型の細い金属。

 その頭の部分は平たくなっていて、先端には確かに、逆さの棘のようなものが付いていた。

 なんでも、魚がこれに食いついた時、抜けないようにするためらしい。


「結び方は多種多様だが、面倒なので一番簡単なのを教える。針を横にして、糸を這わせる。手前に二回糸を巻き、絞めて結ぶ。手前の糸でわっかを作り、針と這わせている糸に通し、ぎゅっと引っ張って結び目を作る。完成だ」

「……ごめん、いまなんか、魔法使った?」


 いやぁーぜんぜんわかんないっすわ。

 普通に見逃しちゃうし、難しすぎない?


「いいからやれ」

「私が教えてあげるわ、リィルちゃん!」


 結局レンヤに手伝ってもらい、散々失敗した挙げ句、不格好な結び目を作ってしまうあたしだった。

 天狗さんめ、あたしの苦労を楽しそうに眺めて!

 もう、ぷんすかなんだから!


「で、これをどうすればいいの?」

「針の少し上に、もしあれば、鉛のオモリをつける。なければ石を結んでもいいし、そのままでもいい。それから針に餌──今日は切ったミミズを使う──をつけて、川の中に放り投げる。あとは糸がたるまないようにしつつ、待つだけだ」


 半ば自棄で訊ねると、今度は簡潔な説明が返ってきた。

 いわれるがまま、あたしはぶよぶよなミミズ? の肉片を受け取り、針につける。

 そうして、川へと投げる。

 竹ごと。


「え!? リィルちゃん、投げるのは糸だけよ!?」

「あー、そうだった。こいつバカだったわ」


 ……うるさいやい!

 はじめてなんだからわかるわけないでしょー!

 先にバカって言った方がバカなんだから!! バーカバーカ!


§§


 糸を垂らしている間、天狗さんはいろんな話をしてくれた。

 なかでも、食べられる植物と食べられない植物の違いは、結構おもしろかった。


「虫が食っていれば人間も食える、というのは誤りだ。まず消化系が違うし、毒への耐性は俺たちのほうが低い」


 とか、


「雨の後にはたくさんのキノコが採れるが、時間がたつとキノコバエの幼虫に食べられてしまう。煮込んだときに出てくるうにゅうにゅしたのは、そのウジだ」


 とか、


「しかし、ウジは貴重な蛋白質なので問題ない」


 とか。

 このひと、食べることに貪欲すぎるのでは? と思わずにはいられない話が目白押しだった。


 そうこうしているうちに、あたしの竿が急に重くなる。

 タケの先端がしなり、こつん、こつんと振動が伝わってくる。


「て、天狗さん!」

「糸をたるませず、引っ張られたときに手首の勢いで竿をはね上げろ。つまり、

「注文が難しいよ!」

「リィルちゃん、ファイトよ!」


 そうこうしているうちに、ギューッと竿が、引っ張られた感じになる。

 あたしは、無我夢中で竿をはね上げた。


「ヒットォ!」


 飛沫とともに、川から飛び出す魚影。

 宙を舞う魚。

 ものすごい引きの中、あたしが釣り上げた魚は三十センチもあった。


「銀の体色で、全体的に焦げ茶色。腹に黒いラインが一本。ウグイで確定だな」

「食べれる? これ食べられる?」

「調理法次第では絶品」


 やったぜチキショウ!

 さすがはリィルちゃん! 初めての釣りでカッコイイ!


「いやっふー! 釣りって、楽しいね!」


 あたしが飛び跳ねながらそう言うと、二人は笑顔でうなずいてくれた。

 しばらく頑張ったら、ウグイがいっぱい釣れた。

 天狗さんは釣りもやりつつ、片手間でウグイの下処理をしていく。


「頭部にナイフを刺して殺しを入れる。エラを切って流水にさらして血抜きをする」


 さすがに手慣れたものである。

 それから、三人で竈へ戻って、ようやく調理開始!

 ナイフをさくっと取り出しながら、天狗さんが説明してくれる。


「川魚は、そこまで内臓を気にする必要はない。可食だからだ。ただ、ウグイは少々泥臭いからなぁ。鱗も剥ぐ必要があるし、内臓もとることにする。料理方法は──」

「ショーユ! ショーユ!」

「よし、醤油をつけて食べれる洗い──刺身と、シンプルな塩焼きにするか」

「あら、私は酢味噌がいいわ」

「はいはい、準備しますよー」


 そういうわけで、お料理開始。

 まずは火を熾すことに。


「さっきおまえに用意させたフジの繊維質だが、焚き付けに使う」

「焚き付け?」

火口ほくちともいうな、着火剤だ。いきなり枝に火をつけるのは難しいから、先に燃えやすいものを用意するんだな」

「なるほど」

「摩擦熱を利用する原始的な火の付け方、それから普段俺が使う火打ち石。火のつけ方はいろいろあるが、今日はあくまで、プレゼントの使い方を教えるのがメインだ。なので、このメタルマッチを使う」


 彼が取り出したのは、金属の小さな棒と、板みたいなものだった。


「この棒はマグネシウムでできている。金属だから、濡れても乾かせばそのまま使えるところが大きな利点だ。これをまず、ナイフとかこの板──ストライカーで少し削って、火口の上に落とす」


 ふむふむ。


「次に、メタルマッチ本体を粉の上にのせて、ストライカーを当てて固定。一気に本体を引き抜くと──」

「わわ!?」


 バババ! と、本体から無数の火の粉がはじけ飛ぶ。

 フジの繊維に乗せたマグネシウムの粉に、火花はあっという間に引火。

 天狗さんが息を吹きかけると、みるみる燃え上がった。


「きれい……」

「見とれていると、あっという間に燃え尽きるぞ? これを焚き付けの小枝や枯れ葉、本命である薪の順で移していって……」


 ほれぼれする手際で、炎が立ち上っていく。

 天狗さん、こういうのほんと器用だよね。


「火の準備ができたので、飯盒に水を入れて沸かす。そのあいだに、塩を振って串を刺したウグイを用意し、竈の火にかざして焙り焼きにする」

「わくわく」

「水が沸騰したら、ウグイを三枚におろして皮を引く。薄く切ったら、その辺の大きな葉っぱに乗せて」


 のせてー?

 からのー?


「熱湯を回しかける」

「わっしょい!」


 おお、身がギュッと縮まる!

 すごい!


「これに、前もって煮沸し、冷ましておいた水をかけ、文字通り洗う。あとは水気を拭きとってやれば、完成だ」


 本日の献立。

 ウグイの塩焼き。

 ウグイの洗い ~辛子酢味噌を添えて~。


「では早速」

「「「いただきます!」」


 仲良く手を合わせて、実食。


 まずは塩焼き。

 歯を立てると、皮がパリッと音を立てる。

 そのまま食いちぎると、ほろほろと口の中で崩れるお肉。

 噛めば噛むほど、ほど良い塩味と魚の美味みが広がって──


「おいしい! これ、おいしいよ!」

「そうね。全然泥臭くないし。川がきれいだったからかしら?」

「蓮弥さんは鋭いなぁ。前食ったやつは、ゲップまで泥の臭いだったな」

「天狗さん、デリカシーがない」


 塩焼きを十分に味わって、次は洗い。

 綺麗な薄ピンク色の切り身に、ショーユをちょこっとつけて、ぱくり。

 お味は……


「んまぁああああああああい!」


 なにこれ!?

 超絶美味い!

 ほわぁ、美味しい!


 お湯をかけて、冷たい水で洗ったからかな?

 引き締まった歯ごたえが、すごく楽しい。

 味は淡泊だけど、それが甘いショーユとベストマッチ!

 塩焼きのときは、ちょっとだけほのかな泥臭さがあったけど、こっちは全くないし。

 これは渓流のファンタジスタだ!


「あら、本当においしい。辛子酢味噌が合うわねぇ。魚肉の味がシンプルだから、ピリ辛がいい刺激になって……鯉の洗いと同じぐらい美味しいんじゃない?」


 レンヤはホクホク顔で舌鼓を打っている。

 天狗さんも、なんだか嬉しそうだった。

 あたしは、元気よくお皿を突き出した。


「おかわり!」

「おう、おまえが釣った獲物だからな、たくさん食え」

「あらあら、うふふ」


 あたしと、天狗さんと、レンヤ。

 三人で食べる食事は、なぜだかそれまでとは全然違って。

 すごく、すごく、美味しくて。

 すごく、すごく、楽しかった。


 あたしはそれを、よく覚えている。

 少しも嫌みのない、笑顔の天狗さんを。

 覚えている──

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