第四話 知識こそ最大のプレゼント!

「プレゼントはまだあるのよ! サバイバルセット一式! これでリィルちゃんも、パーフェクトサバイバーね!」


 後半の意味はよく分からなかったけれど、確かにプレゼントはほかにもあった。

 だいたいは着替えとかだったけど、針とか、ちいちゃいハサミとか、よくわからないものがいっぱい詰まった箱とかだ。

 その箱は、なんだか使い古されていた。


 箱を見た天狗さんが、苦笑する。


「酷いなぁ、蓮弥さん。これ、優歌ゆうかのおふるじゃないか。大事にしまっといたのに、あげちゃうんだもんなぁ……」

「いいじゃない、タンスの肥やしにするより。それより伊原くん。案外、気に入ってるんでしょ?」

「あー、気が付いちゃうのか……」

「だって髪や瞳の色以外、小さい頃のあの子にそっくりだもの」

「似てないよ。でも、やっぱり蓮弥さんには敵わないなぁ……おい、リィル」

「なーに?」


 ピコっと耳を立てて、あたしは返事をする。

 天狗さんは失笑して、あたしを手招きした。


「そのサバイバルグッズの使い方、教えてやるよ」

「えー、めんど──」

「あ?」

「大変勉強になっちゃうなー! ありがたいなー!」


 伸びてきた手を見て、咄嗟に持て囃す方向にシフトするあたし。

 うん……あのままだと、また頭蓋を割られちゃうからね。

 さすがリィルちゃん、学習してるぅー。


「それで、何を教えてくれるの?」

「いろいろだ。とりあえず、外に行くぞ。蓮弥さんは」

「ええ、一緒に行くわ」


 こうして、あたしたちは出かけることにしたのだった。


§§


「山を下って、日当たりがいい場所を探すと──こいつが見つかる」


 そう言って天狗さんが指示したのは、木に絡まる太い蔓だった。


「これ知ってる! ジフ! ジフの蔓だ! 大人はジィフって呼ぶやつ!」

「こっちでは藤という。残念ながら今の季節は花が付いていないが、藤色の花はとてもきれいだ」

「そうそう、蓮歌が好きだったわね」


 レンヤさんがその名前を口にすると、天狗さんはすぐに仮面をかぶってしまう。

 彼がなにを考えているのかわからないまま、説明が続く。


「これは右巻きに、幹に巻き付いているだろ? だからノダフジという」

「左巻きだとなんていうの?」

「ノフジだな」


 わかりにくい……。

 天狗さん曰く、用途は変わらないので問題ないということだった。


「一応マメ科なので、実や花も食べれる。ただ、食べ過ぎると中毒を起こす」

「中毒を起こす植物多すぎる問題」

「何事も加減だ、リィル。さて、強くしなやかな藤の蔓は、ものを縛ることに使える。アケビやサルナシの蔓も、同じように利用できる。まずは絡みついている枝から引きずりはがして、鉈で適当な長さに切り落としてやる」


 バスっと振るわれる鉈。

 ガツンガツンと何度もたたきつけられ、ようやく切れる蔓。


「切ったら、岩の上とかにおいて、石でたたく」

「叩くとどうなるの?」

「樹皮がはげる」


 樹皮?

 なにそれ?


「樹皮は要するに木の皮だ。柔らかく強靭で、ものをしっかり固定できる。即席で資材を縛ったりするときは、最適だな。真ん中の固い部分が木質部だ。ここは固すぎて、ちょっと縛りにくい。籠とか編む場合はこっちを使うけどな」


 へー、便利。


「……ちゃんと覚えとけよ。この樹皮の中皮は、繊維質の塊だ。後で使うから、その辺で天日干しにしておけ」

「了解!」


 もしゃっと渡された繊維の塊を、あたしはおひさまがポカポカしているところに置きに行く。

 そのあいだに、天狗さんとレンヤが、


「ねぇ、伊原くん」

「なんですか蓮弥さん」

「〝あのこ〟のこと、コディアックって呼んでいるのね」

「…………」


 という会話をしているのが、聞こえた。

 ふふーん、二十メートル先の川のせせらぎすらわかる、エルフ聴覚をなめてはいけないのだ。

 隠し事とかできないし、させないし。

 そのまま耳を澄ませていると、天狗さんは声を出して小さく笑った。


「敵わないなぁ、蓮弥さんには。ほんとう、蓮歌さんにそっくりだ」

「……兄妹ですもの、当たり前よ。似ているっていうなら、あの子のほうが」

「似てない、全然ね」

「そうね。休みの日に、両親へ手料理をふるまうような子には見えないわ。それでも、ね。いい子だとは、思ってるんでしょ?」

「……俺は」


 しんみりした様子の二人に「戻ってきたよー」と声をかける。

 天狗さんは手をあげて、レンヤとの会話を打ち切った。


「おかえり。次は、木の切り方だ」

「あら、のこぎりを使うんじゃないの?」

「そんな気が利いたものはないんですよ、ここには」


 肩をすくめた彼は、その辺に転がっている倒木に目をつける。


「拾って来い、エルフ」

「あたし、天狗さんの世話係マィムじゃないんだけど」

「つまり、昼飯は抜きでいいと?」

「ぐぬぬ……」


 そういわれてしまうと、なかなか反論できない。

 我ながらちょろい……! すぐ丸め込まれる!


「でも、そんなリィルちゃんがあたしは大好きです……!」


 自分をなぐさめつつ、一抱えもある倒木をえっちらおっちら天狗さんのほうへ引っ張っていく。


 そういえば、この世界に来たばっかりのころは、木をひとつひっくり返すのも大変だった。

 山の中を歩くのも、すぐに筋肉痛になるぐらいきつかった。

 今はそれがないし……ちょっとは、成長したのかな?


「はい、どーぞ」

「よくできました」


 お互いに皮肉を言い合って、天狗さんへ倒木を受け渡す。

 彼は鉈を持ち上げると、木に切れ込みを入れ始めた。


「鉈を打ち込んで、中ほどまで切り込みを作る。〝く〟の字を作るつもりで、少しずつ削っていく。これを左右両方に作ると、真ん中が細くなる。で、蹴って折る」


 ばぎっと、本当に蹴ってへし折る天狗さん。


「え、えー、野蛮……」

「最後まで切ろうとすると労力がかかるぞ? 真ん中は一番硬い。鉈の刃を傷めないためにも、これが合理的だ。ドーユーアンダースタン?」

「あ、はい」

「へし折った部分はとがっているから、用途に応じて削る。木を二本クロスさせて、さっきの藤の樹皮できつく縛る。はい、これを二つ作る。作れ、エルフ」


 言われるがまま、あたしは天狗さんと同じものを作る。

 それを、草木があまり生えていない開けた場所に持っていて、天狗さんは地面へと突き刺した。

 逆側にももう一本突き立て、その上に棒切れを渡す。


「なにこれ?」

「完成してないからな、これでわかったら優良可の優をやろう。この下に、石を組んで、三方を塞ぐ。リィル、プレゼントの一つに、黒い金属の箱みたいなのあっただろ。出せ」

「これのこと?」


 あたしが持ち上げて見せたのは、細い持ち手と蓋が付いた扁平へんぺいの箱……というか、ケースだった。


「それは飯盒はんごうといって、米を炊いたりスープを作ったり、あとはお湯を沸かす道具だ」

「え、これで料理作れるの!?」

「何なら肉を炒めることもできる」

「すごっ!」


 感動するあたしからハンゴウ? を受け取った天狗さんは、くみ上げた石の上に渡された木の棒にそれを通す。


「これで、かまどの完成だ」

「なにこれ? なんに使うの?」

「ここで焚き火を起こすと、料理ができる。火も付きやすく、熱は逃げにくく、風をよけて消えにくい」

「最強かよ……」


 そっか、庵にある囲炉裏は持ち歩けないもんね。

 こうやって火を熾す場所を作るのか。


「あとは食材を用意するだけだ。蓮弥さん、リィル。釣り、やったことある?」


 天狗さんの何気ない言葉に、あたしは首をかしげる。

 えっと……。


「釣りって、なぁに?」

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