第二章 生きるためにはEat Killしかない!
ヤマナカグルメ
第一話 この実、なんの実、赤い毒
「きっつーい! 疲れたー! 天狗さん、休憩、ね、休憩しよ?」
「さっき休んだばっかだろ、おまえ」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから! お水飲む間だけだから……!」
山歩きに疲れ、懇願するあたしを。
心底見下げはてたような目つきで一瞥する天狗さん。
しかし彼は、諦めたようにため息をついた。
「体力がないのは……さすがに仕方ないか」
「やったー!」
朝焼けとともにたたき起こされ、庵を出たのが一時間以上前。
それから延々と山道を歩き続けていたあたしの肉体は、とうに限界を迎えていた。
だって、昨日の今日だよ?
村長に裏切られて徹夜で山を歩き回って、それからモンスターとチキンレースした直後だよ?
休んでしかるべきでしょー。
「おもしろいなぁ、おまえ。休んだら立ち上がれないぞ?」
「歩き続けたら倒れちゃうでしょ。あたしはあんたみたいな、野蛮人とは違うの」
「野蛮人かぁ。いいな、その響き。気に入った」
二カッと笑う天狗さん。
なぜか今は、仮面をつけていない。帽子のように、頭の上にのせている。
「仮面付けてたら歩きにくいだろ、そりゃあ外す」
「……なぜかしら、すごく納得いかない」
「そんなことより、時間がもったいない。休憩している間に講義をやってやる。食えるものと食えないものの違いぐらい、さっさと理解しろよ」
理解しろ、と言われても。
こっちの世界と、あたしが元居た村じゃ、たぶん食べ物の味が違う。
正直、どれが食べられるものか、わからない。
「へー、
「えっと……たとえば、あの赤い実はどうなの?」
あたしは周囲を見渡し、目についたものを指さす。
「んー?」
天狗さんが、目を細めてみせた。
「丸い光沢のある葉っぱ、葉の裏にも表にも毛が無くて、樹木ではなく蔓性。んでもって、蔓には鋭いとげがいくつもある……これは、サルトリイバラだな」
「……食べられるの?」
「とげが引っかかれば、猿も逃げられないからサルトリイバラ」
「食肉植物!? さてはモンスターの類ね!」
慌てて距離を取るあたしに、容赦のない天狗さんの嘲笑が降り注ぐ。
「ばーか。食えるよ。貴重なビタミン源だ、試してみたらいい」
「えー……」
「食えよ、栄養が偏っても死ぬぞ」
「…………」
死ぬと言われると、昨日のモンスターとの遭遇が思い出されて、あたしは何にも言えなくなってしまう。
しぶしぶ手を伸ばし、赤い実をひとつ。
「しゃーなし!」
気合いとともに、口の中に放り込んだ。
「…………」
「どうだ?」
「味がない。でも、ちょっと酸っぱい……?」
「そーか、そーか!」
なぜか嬉しそうに歯を見せて笑って。
彼もサルトリイバラの実を、貪るように食べる。
お世辞にも、きれいとは言えない食べ方だった。
口元を汚した彼は、そのまま、
「じゃあ、あの赤い実は食えると思うか?」
そう言って、頭上を示した。
「ん? あ? えーっと」
かなり背の高い木だ。
よーく目を凝らすと、たくさんの針みたいな葉っぱが生えているところの付け根に、赤い木の実が成っていた。
天狗さんが、勢いよく木を蹴り飛ばす。
「なにしてんの?」
「採る」
「は?」
「落ちてこねーな。これならどうだ」
彼は背負っていた
あー、なんか村で、年上のエルフが使っているのを見たことがある。
ブーメランってやつだ。
「せりゃ!」
肩口に構え、勢いよくブーメランを投擲した天狗さん。
風を切って中を舞うブーメランは、ヒュパッ! と、枝をひと房切り落とす。
落ちてきた枝と、戻ってきたブーメランを両手でキャッチする彼。
不覚にも、ちょっとカッコイイ。
「これはイチイだ。アララギともいうな。食ってみろ」
また毒味をさせるつもりだ、この野郎。
イチイの実は、サルトリイバラと比べると独特だった。
赤い実の真ん中がへこんでいて、そこに青黒い種のようなものがはまっているのだ。
どうせ拒否権はないので、言われるがまま、身の部分をこそぐようにして食べる。
「どうだ?」
「うーん、ちょっと粉っぽくて……あ、でもサルトリイバラより甘い!」
「そうだろそうだろ。ちなみに真ん中の種は、毒があるから食うなよ?」
「ぶべー!?」
慌てて種を吐き出すあたし。
大笑いする天狗さん。
こいつ、最低だ……!
「いっちょ前に睨むじゃないか、養殖のくせに。それじゃあちょっとテストだ。あの実は、食えると思うか?」
彼が指さした実は、明らかにこれまでのものとは違っていた。
高いとこに生えている、樹木の実じゃない。
下草の中から、立ち上がるように伸びている茎。
その先端に、赤とか緑の実が鈴生りになっている。
「トゥローモーシコの実に似てるけど……」
「なんだそれ」
「あっちでとれる穀物よ。ゆでると甘くて黄色くて、あんな感じなの。実からは、お髭が生えてるのよ?」
「トウモロコシだな、たぶん。それで、こいつはどうだ?」
答えは、さすがに決まっていた。
「ノーよ。こいつは確実に、やばいオーラがエルフ感覚にビンビン来てるわ!」
「せーかい」
さすが森の民と、彼は楽しそうに言って、手まで叩く。
「サトイモ科の、マムシグサの実だ。葉っぱが楕円形で、ちっともサトイモ科っぽくないのが目印でな──イモは細長いハート型がほとんどだ──毒性はピカイチ! 食べると唾が呑み込めなくなるほど、のどや食道が炎症を起こし、激痛でのたうち回ることになる」
「あ、マジでヤベーやつじゃん」
ヤベーというか、完璧に毒だこれ。
「根っこは球根で、より毒性が強い。無理すれば食べられるが……おすすめはしない」
「どうやったら食べられるの?」
「大昔、食うものがなくなって死にかけた人間の知恵だから、ぞんざいに扱うつもりはない……が、手間すぎるし、危険性が残る」
「やり方は?」
「こだわるね、おまえ。煮て、すりおろし、水に溶かして布でこしとり、布に残ったものを、流水でさらし、さらに天日干しする。これを煮て、さらに水にさらしてを繰り返して、ようやく食えるようになる。こいつが持つ毒の代表は、シュウ酸カルシウムだから、確かに抜けはするが……」
やけに歯切れが悪い天狗さん。
先を促すと、彼は嫌そうな顔で、
「ほかにも毒の成分が多数あって、はっきり言って死なないだけで苦しむことになる。これは、生きるために食べるものじゃねーよ」
と、言った。
……漠然とだけれど、あたしこの男が前に食べたことがあるんじゃないかなぁと、疑った。
「おう、やめろよその目。なんかお父さんと一緒に洗濯しないでって娘に言われた気分になる」
「意味不明すぎ」
勝手に落ち込む天狗さんだったが、数秒後には復活していた。
見た目通り、タフらしい。
「さあて、休憩は終わりだ。あと一時間ぐらいで猟場につくからな。気を張っておけよ、お姫様?」
「まだ一時間もあるの!?」
果物で、回復したぽかったあたしだけど。
愕然と崩れ落ちてしまったのは、さすがに仕方がないと思うのだった。
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