果物ナイフと拳銃

犬ガオ

『コーラフロート』



「かっこいい彼氏とかいたらもっとふつーの生活ができたんだろーなぁ」

 少女はそう言いつつ、願いつつ、真っ赤な果物ナイフを片手に持った。その跡に、しとしとと赤いまだらが闇に溶けていく。


「ああ、殺せない相手がいれば、少しは楽になるのかな」

 少年はそう言いながら、願いながら、真っ赤な拳銃で動けない相手の頂を撃ち抜いた。飛び散る脳髄と血ないようぶつ


 まぁ、それからいろいろあって彼女と彼は出会った。


 彼女の手には真っ赤な果物ナイフ。

 彼の手には真っ赤な拳銃。


 恐らく、最悪なカタチで。




『コーラフロート』




-○



 はぁ、と少年は息を吐く。

 目の前には、美味しそうにコーラフロートを貪る少女が一人。


「なあ、御木みき


 少年は目の前の少女に声をかける。御木と呼ばれた少女は口元にラクトアイスの欠けらを付けながら、少年を見て首を傾げる。


「何~?」

「美味しいのか、それ」

「美味しいよ~。この甘さが特にねっ!」


 炭酸系清涼飲料の特徴である砂糖をがばがば使った溶液とこれはまた砂糖をたんまり使ったラクトアイスのコラボレーションが甘いのは当たり前だ、と少年は思いつつ水を飲み、


「……そりゃよかったな」


 と言葉を返した。


「そーじも食べる?」


 御木はそう言ってそーじと呼んだ少年へとアイスが乗ったスプーンを向ける。


「――遠慮しとくよ」


 そーじは水の入ったグラスを置き、置いていた文庫本を開き、眼を文面に落とそうとする。


「美味しいのになー」


 ぱくり、とスプーンに乗ったアイスを食べる御木の姿がそーじの眼に映る。口元に付いていたラクトアイスが今にも落ちそうだった。

 そーじは文庫本を読むのを中断し、そのラクトアイスを『すくい』とった。


「へ?」


 呆然とする御木。

 そしてそーじはその掬いとったラクトアイスを舐めた。


「……やっぱり、甘いな」


 顔をしかめるそーじ。御木は真っ赤な顔でその光景を見入って一言。


「そーじって時々、あたしの不意をつくよね」

「そうか?」


 そーじは御木の言葉に首を傾げつつ、文庫本に眼を落とした。



-一



「そーじぃ……この人、コーラフロートが食べたいって……」


 真っ赤な果物ナイフが「果汁」をしたたらせている。御木はそれをふるい落としながら、真っ赤に濡れた果肉を指差した。



-二



 魔術に必要なものとは何だろうか。

 それは物体的資源ではない。確かに魔道具や薬草などのものがあると「補助」にはなるが、十分条件であって必要条件でない。

 必要とするものは、資格だ。



-三



 日の堕ちた薄黄昏色の公園で、黄昏色の髪を持つ少女は歌っていた。

 「ら」しか使わない単純な歌。ワンフレーズしか繰り返さない単純な歌。

 しかし、その絶世の歌声により、単純な歌はこの世を超えた歌となっていた。

 楽しくも悲しくもない、ただ流れ循環する、水のような歌。

 少女は歌っている。繰り返し、繰り返し。

 黄昏色の髪が、冷たい夜風になびいた。



-四



 私はそれを手に入れてしまいました。

 それとは、赤いかけら。

 不揃いな面で囲まれた水晶のような赤いかけら。だけど燃えるように熱い、生きもののようなかけら。

 赤いかけらを掴んだとき、目の前には、私の家族を殺した、赤いチェーンソーを持った、


 赤いチェーンソーを持った、

 赤いチェーンソーを持った、

 赤いチェーンソーを持った、


 『アレ』。


 『恐い』。


 恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、憎い、恐い、恐い、恐い、恐い、憎い、憎い、恐い、恐い、憎い、憎い、憎い、恐い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。


 『憎い』。


 ああ、私の中から生まれます。

 ああ、私の中から憎しみが生まれます。

 いつの間にか、赤いかけらは無くなっていました。

 どこに行ったのでしょう?

 私のなかでしょうか?

 きっとそうなのでしょう。でなければ、この狂おしいほどの愛したくなるほどの息が詰まるほどの頭がぼやけるほどのこの憎しみはどこから来るのでしょう?


 アレを憎しみで埋め尽くしたい。メッタメタに切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて切り裂いて!


 頭にイメージが浮かびます。そのカタチはカッター。

 イメージが生まれて顕れました。そのカッターの刃は真っ赤でした。

 さっきのかけらより、赤いカッター。

 チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキ

 真っ赤な刃を伸ばします。アレを切り刻むために。

「あは」

 その光景を想像して、自然と笑みがこぼれました。

 そういえば、なぜわたしはあんなにアレをにくんでいたのでしょう?

 そもそも、にくい、ってなんでしょう?


――わかりません。



-五



「そーじ、今日の対象ターゲットは?」

「知らない」

「んもー、毎回それだよねー」

「毎回そうなら聞くなよ」

「別にいいじゃん。聞きたいんだし」

「はいはい」

「じゃあ、今回も?」

「ああ、『ウタ詠み』からの情報だ」

「わたし、ウタ詠みさんからウタしか聴いた覚えが無いんだけどなー」

「へんなやきもちを焼くな。僕は奴のウタから情報を引き出しているだけだ」

「ふーん、さすが冷静ですねー。頭よいですねー。そーじくんは」

「……さて、もうそろそろ来てもおかしくない頃合いだ」

「無視ですかー。はいはい、わかりましたよーだ」



-六



 赤黒い服を着た少女が立っている。

 服だけではなく、髪も赤黒く、ぬらぬらとして、その滴をたらしていた。長い髪は果汁でずぶ濡れだった。

 手には赤いナイフ。日常では、果物を切るため、切り分けるために使うものだ。

 ただ、その刀身は異様に赤い。

 そこだけが、周りの闇夜から切り取られた、もしくは上から無理やり赤く塗り固められたような赤さだった。


 そして、少女の下にあるモノは。



-七



 赤いカッターを持った女の子は、外に出ました。

 赤いカッターからは赤い雫がこぼれ落ちています。

 赤いカッターを持った女の子は、戸惑っていました。

 赤いかけらを見たときにあった憎しみが消えたからです。

 赤いカッターはキリキリと音を立てました。

 赤いカッターを持った女の子の右手がうずきます。

 赤いかけらだったモノを握ると、なぜか別の憎しみがよみがえるのです。

 赤いかけらから出る憎しみは誰のものなのでしょう。

 赤いカッターは語りかけます。「私を殺す女の子が憎い」と。

 赤いしずくを垂らしながら。

 赤い果物ナイフを持った女の子が、赤いカッターを持った女の子の前に現れました。

 赤いカッターが、憎しみが、その女の子を捉えました。



-八



「憎い、憎い憎い憎い憎い憎い、憎いッ」

 あの人がそんな言霊を無駄に吐き出す。正直怖い。

 私はあの人が何をそんなに憎んでいるのかわからない。

 多分、一生かかってもわからないし、分かる必要もないんだけど。

 でも、私、きっと泣くんだろうな。

 この人の思い出を、食べたいものを食べるんだし。

 早く、終わらないかな。



-九



 公園で、御木が対象と接触した。

 赤いカッターを持った対象は、おそらく『自分が殺した対象の感情や欲望』に忠実になっているのだろう。『感情や欲望』の種類はわからないが、危険だと御木に伝える。


「だいじょうぶ、心配ないよ」


 カッターは人を殺すものじゃないし。そんなよくわからない理屈を言って、御木は進む。

 カッターは人を殺せるものだと忘れていないか、バカかあいつは。

 そんなことも思ったが、心配は無用だった。

 そりゃそうだ。俺もバカだな。

 果物ナイフは、果物を食べるためにあるんだから。


 殺す、殺せる以前の問題だった。



-一○



「やめて」


 私は我に帰り、その言葉を吐き出していました。


「やめて」


 出さなくてはいけなかったのです。


「やめて」


 もう、あのチェーンソー男の憎しみは消えていました。


「やめて」


 もう、私に戦うつもりはありませんから。


「やめてください」


 だからもう私を。


「お願いですから」


 剥がないで。


「ごめんね」


 謝れても、困ります。



-十一



 赤い果物ナイフ。その果物とはなにか。



-十二



 皮が捨てられ、中身が地面へと倒れる。

 果汁はとても甘く、辛く、そして、燃えるように熱い。

 そして、果物の欲望が、果物ナイフに吸われる。

 吸った欲望は、『食欲』。

 果物の、思い出の食べ物だ。


「そーじぃ……この人、コーラフロートが食べたいって……」


 少女は泣きそうになりながら、そう言った。

 ああ、わかった。少年はそう答えた。

 赤いカッターは二つの赤いかけらにもどり、果物ナイフの中へと消えた。

 二つ? 少年は首を傾げる。

 ああ、そうか。それは不幸だったな。


 手にしたモノの意味を知らないまま、刈り取られるなんて。



-十三



「これで、十二個目、か」


 赤いかけら。あかいりゅうのかけらとよばれるもの。

 人を殺すことで、人の感情や欲望を吸い、成長するモノ。


「いつになれば、おまえの欲望は戻るんだろうな」


 その所有者は、感情や欲望を抜き取られ、失う。


「んー、確かに不便といえば不便だよ」


 食欲ならば食欲を失う。


「そりゃそうだろう」


 怒りなら怒りを失う。

 その代わりに、人は魔術を得る。

 魔術を得る資格を、得る。


「でも、こうしてそーじが協力してくれるし」


 じゅるる、氷と少しの乳白色が残るコーラフロートをストローで啜る御木。


「協力じゃない、利用、だ」


 机の上に並べられた十二個の赤く細長い結晶体。赤いかけらを革袋に詰めつつ、そーじはその言葉を否定した。


「どっちでもいいよ。どう感じるかは私次第でしょ?」


 あ、店員さーん、コーラフロートもう一杯!

 それもそうだ。そーじは空になった十二本目のグラスを横目に文庫本を開き、読み出す。

 魔とは、人を超えた事象。魔術とは人を超える業。

 少年と少女はその一歩を超えている。

 怒りと食欲を失うことで。



-十四



「そう、私がどう思うか、私次第だよ」


 十三本目のコーラフロートが届いた。ウェイトレスさんは相変わらずニコニコ顔で届けてくれる。でも、ちょっと目がヒクヒクしてるのはなんでだろう。


「ありがとう!」


 どういたしまして。ウェイトレスはそう言ってすこし足早く立ち去って行った。

 さあ、早く食べないと。

 次に食べれるのが、いつかわからないんだし。

 

 でも、きっと生きていける。

 そーじがいるから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

果物ナイフと拳銃 犬ガオ @thewanko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ