善は急げと言いますが 3

 ―ハーフィス、ハーフィス

 心の中で真名を繰り返して呟き、胸がほっこり幸せな気持ちになる。

 「何を笑っている?」

 額を少し離し、イチを見下ろすレオも笑っている気がする。

 「なんか、幸せやなぁって」

 「そうか」

 やはり、レオも笑っている。

 イチをひょいと抱き上げ、鼻先を優しく舐めて唇を合わせる。

 「そうだな」

 「ぽかぽかして、ふわふわしてそわそわするねぇ」

 額と額をもう一度合わせて、ぐりぐりこすり付け合う。

 「ああ、そうだな」

 真名を交わすとは、魂の一部を交換すると言う事。

 イチは今までよりも近くにレオの気配を感じられて、気持ちが浮き立っていた。

 「んふふふふふ」

 「どうした」

 「これで私達、ちゃんとした番?」

 「私達は、元々ちゃんとした番だ」

 「そうやね」

 ―うん、幸せだ

 言い切るレオに、イチはますますぽかぽかして、ふわふわしてそわそわした気持ちを味わう。

 「これからもよろしく」

 「ああ、よろしく頼む」

 「あー、でもこんな幸せな気持ちで地下に潜らないかんって、微妙やね」

 「そうだな」

 もう一度キスをして、レオはイチを抱き上げた状態からおんぶへ移行して地下の水路へ降りた。

 勿論、不法侵入がバレないようにしっかり跡を消し、ずらしていた蓋もきっちりと閉めてきた。

 

 「あ、そうや。レオ君」

 ざぶざぶと水路を歩いて戻る途中、イチはハタと思った事を口にした。

 「どうした」

 「新婚旅行、行く?」

 「・・・・・・なんだ?それは」

 「え?新婚さんが、結婚式を挙げた後に連れ立って行く旅行」

 「おまえの世界には、そんな習慣があるのか?」

 「え、こっちは無いが?」

 「無い」

 この世界には、新婚旅行という習慣は無いようだ。

 まあ、それはそうだろう。

 乗り合い馬車が町と町、国と国とを繋いではいるが、町の外には魔物も盗賊も居る。護衛につけた冒険者が盗賊になる事だって無いとは言い切れない。

 絶対に安全安心とは言えない道中なのに、旅行に行く新婚カップルは珍しい。

 「旅に行きたいのか?」

 「ちょっとはね。でも、当てもなく旅をしたい訳やないで?綺麗な場所とか、有名な観光地に行ってみたいだけ」

 旅行は元々好きなイチだった。ただし、人混みは大嫌いだ。

 「そうか。では、レイベルトに調べさせる

か」

 「ていうか、レイベルト君が私らの唯一の伝手よね」

 「ガルドも居るだろう」

 「あの2人は親子やん」

 レイベルトとガルドを、別の括りで数えるのは無理がある。

 「レイベルト君とガルドさんはおんなじ括りやって」

 「・・・・・そうだな」

 くふくふと、顔を見合わせて笑い合う。

 「だが、旅に行く前に女王や番人達、世界樹への報告が先だな」

 「あ~、そうやね」

 「忘れていたな?」

 「・・・・・浮かれちょった」

 非常に、浮かれていた。

 女王と番人達、世界樹はイチとレオにとって家主で家でもあり、家族である。

 家族へ結婚の報告を怠るなんて有り得ない。

 「私としては嬉しいが、余程浮かれていたんだな」

 「言わんといてぇ」

 レオの、にやにやと笑っているような言葉に、イチは羞恥心に頬を赤くしてレオの後頭部に額をぐりぐり押し付ける。

 「では、止めておこう」

 「お願いしますぅ」

 「ぐりぐりは止めろ」

 「はぁい」

 ぐりぐりは止めて、レオの肩に頬を押し付けてじっとする。

 「レイベルト君とガルドさんとも、ちゃんと話さんといかんね」

 「そうだな」

 「お詫びの品でも持って行った方がえいかな?」

 町の中へ侵入するという犯罪行為を頼んでおいて、やっぱやーめた!となったのだから何か珍品を持って行った方が良いのでは無いかと相談する。

 「支店を出すともいっていたな」

 「そうやねぇ」

 いずれはミラージュに支店を出すつもりだったとガルドもレイベルトも言っていたが、だから問題無いとは言えない。

 彼等は、イチとレオの為に支店の出店を早めようとしていたのだから。

 「私達ならではの素材が良さそうだな」

 「魔晶石?」

 主にイチがいつの間にか生産している物だ。

 「竜素材でも渡すか?」

 レオであれば、竜の巣から狩れる。

 「番人さん達の作ってくれる布とか?」

 イチとレオが作る訳では無いが、番人達から布を作ってもらえるのは2人だけ。

 「奴等の事だ。渡しすぎても気にするだろう」

 裏社会の住人なのに、とても良心的な人達なのだ。

 「難しいね」

 「そうだな」

 揃ってむふーっと息を吐く。

 「トリスさんの意見も聞かん?」

 「あれは、私達より常識が無いぞ」

 「あー」

 トリスは人外である。

 人と関わるのは、イチとレオが初めてなので人の常識は持ち合わせていない。

 「でも、トリスさんの意見も貴重で?」

 トリスは、イチとレオの諸々を知っている数少ない1人である。

 「・・・・・・・一応、聞いてみるか」

 「さんせー」

 レオはのしのしと水路を下り、穴を這い上り、地上に戻ると2人して早速トリスに聞いてみた。

 「「詫びの品は何が良いと思う?」」

 “知らんわ!”

 


 穴から出ると、外は真夜中。

 2つの月に照らされて、空は黒と言うよりも群青。

 数えきれない星が空に瞬き、地上では水分が氷ってがキラキラと月の光を反射している。

 随分と明るい夜だ。

 吐き出す息が白い。

 砂漠の夜は、昼間と違ってとても冷える。

 イチとレオはポンチョとベストに付与した効果のお陰で常に適温に感じるが、それが無ければ凍えているだろう。

 「凄いね」

 「そうか?」

 「そうやって!私、こんな光景初めて見る」

 イチは、海外旅行なんてしたことが無い。

 「此処に来た時も、前も夜だったが?」

 「夜やったがやけど、周りを見る余裕無かったき、覚えちょらん」

 なので、荒野の夜ならこの世界に来てから体験した記憶があるが、砂漠の夜は記憶に無い。

 「成る程」

 確かに、以前も今回も、周りを気にする余裕が無い程慌ただしかった。

 「やき、初めてでえいと思う」

 「そうか」

 「うん」

 “このまま見物するつもりなのか?人はもう眠った方が良い時間だと思うが”

 夜は既に折り返し、トリスの言う通り夜行性の生き物でも無ければ眠っている時刻だ。

 「いや、それがね。なんか興奮しちゅう所為か眠気がこんがよね」

 夜が明ければまた移動なので、出来ればイチも眠りたいのだが、真名を交わした事と始めての砂漠の夜に気持ちが高ぶり眠れそうに無い。

 “目を閉じるだけ閉じていればどうだ?”

 「なんか、勿体なくない?」

 「では、眠気が来るまで話しでもしよう」

 「さんせー」

 “酒と何か食べ物をくれ”

 「はいはい」

 レオも酒と食べ物が要るとの事だったので、適当に作り置きの料理と複製したばかりの酒を出す。

 「「“乾杯”」」

 食べて飲んで、眠気が来ないと言っていたイチだったが、胃が満たされ、アルコールの力を借り、いつの間にか眠ってしまった。

 “寝たか?”

 「寝たな」

 口内を含めた全身に浄化をかけ、毛布に包んで抱え込む。

 レオとトリスはまだ眠るつもりは無いので、のんびりと酒と料理を楽しむ。

 “其方、魔法は使えないのではなかったのか?”

 「これだ」

 レオの掌の上には、イチが浄化の魔法を込めた魔素結晶。

 “便利な物だな”

 「うむ」

 イチが魔法を込めた魔素結晶さえあれば、魔法の使えないレオにも魔法が使える。

 “しかし、其方。妙に気配が変わっとらんか?”

 「その事か。変わったのは私ではなく、これだ」

 “ん?”

 レオの言うこれとは、左腕に何時も着けているイチとお揃いの腕輪。

 “それは、そんな形をしていたか?”

 色取り取りに染めた女王の糸と、イチの髪、レオの鬣を縒り合わせて数個の魔素結晶を組み込んで作った腕輪だった。

 なのだが、今の腕輪は金属とも木とも言えない硬質な何かで出来た腕輪になっていた。

 イチは全く気が付いていなかったが、レオの腕輪が変わっているように、イチの腕輪も同じ材質の物に変わっている。

 いや、イチの腕輪は守り石の腕輪を巻き込んで変化している分、変わりようが大きい。

 “なんだ、その珍現象は”

 「イチにある彼方の神々の加護が働いたようだ」

 レオも、いつ変わったのか全く気が付けなかった腕輪の変化。

 レオの腕輪は元の名は保護者の腕輪。

 現在の名は、


粘着質な愛情

 異世界の神々の祝福と呪いが込められた腕輪。間男、間女には不幸を

 物理耐性(大)、魔法耐性(大)、呪い吸収、攻撃力倍加(任意)、着脱不可、一蓮托生、埋没


 耐性2つはイチの守り石の影響で、呪い関係はイチの加護影響。

 一蓮托生は対の腕輪を身に着けた者と命の終わりが同時になる呪いなのだが、レオにとってはご褒美のような呪いだった。

 埋没は、装着者が望んだ者意外から顔を認識されなくなる。というレオにとって大変都合の良い壊れ性能。

 因みに、イチの腕輪はこう。


粘着質な愛情

 異世界の神々の祝福と呪いが込められた腕輪。間男、間女には不幸を

 絶対防御、反射、着脱不可、一蓮托生、埋没

 

 ほぼほぼレオの物と同じだが、守りがよりがっちりとしたものになり、攻撃をそのまま跳ね返すようになった。

 “なんだ、その危険物は!?”

 「加護が加護だから、仕方ない」

 トリスの当然な突っ込みに、レオはただ首を振った。

 「諦めろ。私ももう寝る」

 “ぬぬっ”

 トリスも暫く唸っていたが、どうしようも無いので仕方なく寝た。

 翌朝目覚めれば、報告行脚のためにまずは聖域の家を目指すのだった。



 真名を交わし、これで誰も私達の間に入れる者は居なくなった。

 しかし、アレだ。

 少しはイチの加護の影響を受けるとは思っていたが、まさかこうなるとは思わなかった。

 今までもアレだったが、ますますアレな腕輪になってしまったな。



********************


 此処まで、拙い私の作品を読んで頂いてありがとうございます。

 誠に勝手ながら、書き直したい衝動に駆られまして、此処までの話しを軸に新しく書き直そうと決めました。

 ですので、またそのうち拙作を見つけた場合に読んで頂ければ幸いです。

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魔王の討たれた後の後 深屋敷 @emi715

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