アルとカトラのアルカトラズ探偵団!

ぜろ

アルとカトラのアルカトラズ探偵団!

 アル兄と僕の住んでいる廃ビルは、かつては市庁舎として使われていたらしく、無駄に棚と紙が多い。まだデジタル化が進んでいない時代に廃棄されたらしく、その色あせた紙の裏に色んな設計図を書いているのが僕の毎日だった。勿論お客さんが来たらそうはいかない、資料写真と足跡痕なんかを摂って依頼人の要望に応えなければいけない。でも僕――カトラがすることはほぼ、作業だった。推理をするのはアル兄の分野。という訳で僕は今日も時間遡行カメラの調整をしていた。別の場所に住んでる二つ年上の『兄』からヒントを貰った、文字通り時間を逆行してそこで何があったかを写真として残すことが出来るカメラだ。

 犯人探しには結構良いんじゃないかな、と僕はレンズを覗き込む。うん、綺麗な布で拭いたから傷もない。と、人が入ってくる気配があった。僕は呼び鈴で昼寝中のアル兄を起こす。寝起きのあまり良くないアル兄は、冬ともなると更だった。ぼろきれから昔着ていた服までかき集めて眠っているのを、時々『兄』は、『母』のようだと言う。母、と言っても十七歳だ、彼女は。僕と三つしか違わない。だけど大いなる野望を秘めている辺り、結構な差があるのかも。

 そう、この貧民街を改革したいとかね。


 アル兄が意識を取り戻したのと、依頼人が僕達の所に辿り着いたのは、殆ど同時だった。高いハイヒールにミンクのコート、埋もれるような彼女は上流階級の人間だろう。『母』や『兄』の斡旋だろうか。アル兄と僕の――アルカトラズ探偵団は、いまだに知名度が高い方じゃない。貧民街以外では。貧民街では、それこそ何でも屋みたいなことしてるけど。バッテリーが切れたら手回しだ。我ながら原始的だと思う。

 クラッチバッグとトートバッグを持っていた女性は僕の前の埃を被ったソファーに座る。同時にぴょんとアル兄も僕の横に座って、にぃやりと嫌な笑みを浮かべる。金蔓を見付けた目だ、これは。


「これはこれはお嬢様、こんなところ何の御用でしょう。しがない探偵屋に出来る事があればの話なのですが」

「……タイムトラベルカンパニーで紹介されてきましたわ。アル君。カトラさん」

「それは一大事ですね。それで、何をご所望で?」

「泥棒の正体を、暴きに」


 キッとした眼をしている彼女は、端末を取り出して数枚の写真を表示させて見せた。乱暴に掴んだ痕、滅茶苦茶の化粧台。ドレスも何枚か盗まれているようで、クローゼットが開いていた。下に落ちているのはハンガーだ。傍若無人だな、と僕は思う。


「失礼ですが警察を当たった方が良いのでは? 私達に出来るのはその時を『焼き付ける』事だけですよ」

「犯人は身内の可能性が高いの」

「でしょうね。的確にお嬢様を狙っていらっしゃる」

「私の今残っている宝石類はすべて貸金庫に入れたわ。ドレスの類もばあやの部屋に置いてある。そしてそれを知る人は、今の所いない」

「この写真を撮ったのがいつなのかは、解りますか?」

「三日前。午後六時半前後。シャワーが日課なのよ」


 そんなに水があるのが羨ましい、とは言わない。僕も、アル兄も。


「それとこれを」


 お嬢様はトートバッグから簡易シャワーと綺麗な服を取り出し、僕達に示してきた。


「貴方達は現場主義だと聞いているから、せめてこれで身なりを整えさせろと、タイムトラベルカンパニーの社長が」

「流石に社長、話が早い。早く行ってこいカトラ、レディーファーストだ」

「その間にそのカメラいじらないでね。食費一週間分じゃ足りないよ」



 僕がアル兄の手を取ったのは、温かかったからだ。冬の炊き出しの最中、五年前に捨てられて右も左も解らなかった僕は、ただ良い匂いを探してふらふらとあちこちを巡っていた。そこは明るくにぎやかで、けっして上等なものではないだろう野菜くずのスープをみんなが笑いながら食べていた。真っ暗な貧民街で、そこだけが明るかった。思わず気後れした僕の手を掴んだのは、アル兄だった。腹減ったんだろ? 早くしないと無くなっちまうぜ。『兄』の料理は優しい味で、美味しかった。それから僕は『母』に目を付けられ、やれ物理だ数学だを教え込まれ、今は『兄』の弟子みたいなものになっている。『母』の人を見る目はどこから来ているんだろう。あの金色の眼にじっと見つめられると、竦んでしまう。そしてその隙を突く様に、向いている物を当てるのだ。正直ちょっと怖い。

 と、一週間ぶりのシャワーを浴びてなけなしの化粧水と保湿クリームを塗るころには、アル兄もシャワーを浴びていた。ただし烏の行水なので、すぐに出て来る。前を隠して、前を。


 外に出るとお嬢様の車が停めてあり、いつでも発進できるようになっていたけれど、僕達は一応その車の下を覗き込んだ。冬は猫が入り込むからだ、暖を求めて。幸いその心配はないな、とブラウスをパタパタ払う僕達に、お嬢様はきょとんとしていた。猫ですよ、と言ったけれど、正直伝わっていないだろう。住宅街には野良の動物は居ないよう、管理されているって言うから。

 さてと。僕は首からカメラを提げて、時刻調整をする。この辺りはタイムトラベルカンパニーのエンド・プロダクトである『イクォール』と同じだ。ただ僕のこの『タイム十三号機』の場合、一定の時間を遡ってフィルムに焼き付けると言う物だった。だから時間がはっきりししているのはありがたい。

 僕はお嬢様の毛皮に埋もれた顔を見る。それから、アル兄の顔を見上げる。

 どっちも陰鬱そうだったから、僕はカメラをいじっている振りをし続けた。

 手回しのバッテリーも、十分なように。



 お嬢様の屋敷は結構な規模だったけれど、住宅街では普通、と言ったところだった。町の名士であるスート氏や先日暗殺されたヒルバートン氏の屋敷よりは、小さい。だけどそれがみすぼらしさに繋がっていると言う事はなく、むしろ洗練されて小ぢんまりとした瀟洒な屋敷だった。聞いたところによると先日亡くなった父親から受け継いだ遺産の一つで、まあ、離宮と言うにはちょっと地味だけれど、御用邸として使っていたものの一つだと言う。


「他の相続人は?」

「兄だけです。兄には現金を、私には家付き娘としての地位を、と言うのが亡父の考えだったようで」

「ふぅん。じゃあお嬢様は結婚のご予定があるのかな?」

「来年の六月に」

「ジューン・ブライドだね」


 僕の言葉にアル兄もお嬢様もきょとんとした顔をする。


「知らない? 前世期辺りまではやってたおまじない、六月に結婚すると花嫁は幸せになれるんだってさ」

「まあ……父が六月に、と言っていた意味はそれなんですのね」


 ほうっと亡父を思うお嬢様の顔は、どこか嬉し気で、ちょっとこっちも照れてしまうほどだった。


「さてお嬢様、俺達から目を離さないでくださいよ。どんなトリックを、と言われるのは御免ですからね」

「は、はい」


 コートを脱いで緊張した面持ちを晒したお嬢様は、まず僕達を犯行現場に連れて行ってくれた。幸い最低限は何も弄っていないらしく、アル兄はふんふんと観察に徹していたけれど、そこで気付いたことがあったらしく、僕達の方を振り向く。


「失礼ですが日頃からフェイクのアクセサリーをお付けになっておられましたか?」

「はい、大した用事ではない時は」

「それらは綺麗に残っているようですね?」

「あ……はい、そのようです」

「これはちょっと妙ですね。日頃からあなたを観察し美術眼もある者、と言う風に話が固まって来てしまいます」

「まさか兄が……!?」


 まあ、辿り着くのはそこだろうなあ。思いながら僕がカメラを構えると、アル兄はどいた。指定した日付を連射モードで撮って行く。これがまたバッテリーを馬鹿食いするからやっていられない。きこきこレバーを回すのをアル兄に任せて、僕はメモリーカードを取り出した。


「失礼ですが、PCを貸していただけますか?」

「は、はい、こちらの部屋にあります」


 そこはごく個人的な書架を並べた部屋だった。お嬢様のお父様が使っていたのだろう、そこにしかPCはないらしい。少し古い型だけれどメモリーは大丈夫だろうか、取り敢えず起動させてカードを突っ込んで見る。幸いOSは生きているようで、タイムトラベルカンパニーのイクォールほどではないけれど、データを解析してくれた。

 そしてそこに映っていたのは。

 メイドと思しき、老婆だった。


 連射した写真を繋げていくと映像になる。そこにはドレスや金物を片っ端から盗んでいく老婆の映像だった。おそらくお嬢様の言うところのばあやなのだろう、息をのんで言葉もない様子のお嬢様に、僕はそれを見せつける。


「ばあやさん、ですね?」

「はい……はい、なんで、どうして、こんなこと」

「ばあやさん息子さんが難病にかかっているのはご存知でしたか?」

「え?」


 ポケコンで人物紹介を行っていたアル兄が問い掛ける。今の時代、正規の住人はすべてが名前とナンバー、顔で管理されている。貧民街は対象外なので、僕もアル兄も『母』も『兄』もそこからは外れているけれど。そしてハッキングした住民情報を見たんだろう、アル兄はちょっと眉を潜めて見せた。


「かなり重度で先も長くないらしい。大方その延命治療のために、屋敷中の貴金属を盗もうとしたんだろう。となると――ばあやさんに預けてあるって言うドレスも危ないな」


 お嬢様は走り出す、写真に写った老婆の部屋に。

 そこはもぬけの殻だった。

 たった一着、一番値が張るだろう、ウェディングドレスを残して。



「ばあやさん捕まったってよ」


 アル兄の言葉に一瞬誰だと思ってから、思い出したのは一週間後だった。電子ペーパーのニュースを覗き見ると、息子が死んで自殺しようとしていた所を見つかったらしい。お嬢様は訴えないと決めていたので、捕まったと言うよりは保護だろう。お嬢様は彼女の引き取り人に手を挙げたらしい。良い人なんだろうなあ、と思う。ただし危険感知には鈍いが。元々乳母として兄妹の世話をしてくれていた人だからと、先日小切手を渡しに来た時も言っていた。せめて世話をして頂いた恩は返したいのです。婚約者にも内緒で。素寒貧になったドレスは、オークションで落としたらしい。十把一絡げだったが戻るなら構わないと。元々お嬢様の体格に合わせて作られた物だから、戻るべきところに戻った、と言う事だろう。ばあやさんも、貴金属類も。

 くるくるとアル兄にバッテリーを回させる横で、僕は小切手をリーダーに掛ける。ぱっ、と振り込みは三百万。まあイクォールみたいなシステムじゃなく自家発電で基本動かせるから、大したダメージではない。ないけど、もう五十万ぐらい欲しかったなあ。ま、それはおニューの服でトントンにしておこう。着れなくなるまで余所行きとして着たおしてやる。でも成長期って着れなくなるの早いんだよなー。僕もまだまだ成長するだろうし。目指せ『母』だ。スレンダーで綺麗な立姿をしている。芋っころのお前には無理だと、アル兄には言われているけれど。


 それにしても、人の良い人ばかりの事件だった。人は良くても犯罪を犯す。良い人ばかりの事件。疑われたお兄さんはちょっと可哀想だったけれど、何か前科があったのかもしれない。ばあやさんはそれに乗っただけなのかも。

 まあ終わった事件だ。寒いからどてらを着込んで、僕は鍵の確認に玄関に向かう。と、人影があった。特徴的なリボンでまとめられた髪に、僕とアル兄はぱぁっと笑う。


「ラベルさん! タイム兄!」


 タイムトラベルカンパニー、こっちによく仕事を回してくれる二人だった。


「少しは懐温まったころかと思ってね、ただ飯食いに来たわ!」

「『母さん』……もっとこう、包んだ言い方して」

「良いから早く、準備準備! 材料はこっちで揃えてあるから!」

「材料って?」

「冬の寒い夜にやる事と言ったら一つでしょ」


 にんまり、『母』は笑う。げそっとした顔で、『兄』は苦笑する。


「炊き出しよ――!!」


 その言葉に貧民街中の影がぞろりと動いた。

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