帰りたい魔王
凍った鍋敷き
帰りたい魔王
『分かったよ、魔王やればいいんだろ、やれば!』
俺の名前はミツル。三沢満ってのが本名だ。でもこの世界じゃミツルだ。
よくある話で、いつの間にか異世界に放り投げられた日本人って訳だ。
さらによくある話で、チートも持ってるらしくて、最強だ。
でも、だ。日本人特有の黒い髪、黒い瞳はこの世界では魔王の証らしい。
この世界では人間は金髪と決まっている。
このせいでひどい目にあってる。
この世界に飛ばされて初めてたどり着いた場所は草原だった。
もちろん持ち物は何もなし。着の身きのままだったさ。
仕方なくとぼとぼ歩いてると人に会った。会うなり相手は腰を抜かし、しまいには気を失ってしまった。俺が何をしたと?
この黒髪のせいか?
町に行けば石を投げられた。当然宿なんかには泊まれない。まあ金もなかったけどね。
町を追い出された俺は、どういう訳だか魔物に拾われた。
この黒髪のせいだ。
魔物に拾われ、住処に連れて行かれて、ボスになってくれと言われて、冒頭の叫びだ。
泣きたかったが我慢した。
もう、これでしか、この世界では生きていけないのだ。
元の世界に帰りたいけど、帰り方も分からない。
とにかく、魔王になってしまった。
おかげで食べ物には困らなくはなったが、魔王の部下の作る飯はとにかく不味い。
生肉とか平気で出てくる。誰が豚の尾頭付きなんて食うんだ?
仕方ないから自分で作ることにした。料理できるのかって?
何か知らないけど料理が出来るようになってるんだよ。
あと、部下が怖い。いや、顔とか恰好とかなんだけど、現代日本人には怖いんだよ。みんな結構優しいんだ。
俺が魔王だからかも、しれないけどな。
魔王は軍を作り、人間と戦争をしているようだ。
俺も人間なんだけどね。
戦況は一進一退を繰り返していた。人間は組織で、魔王軍は力で戦っていた。
俺は戦いがどんなんだか気になったので、一回見に行くことにした。
ひどいものだった。いや、戦場がとかじゃなくてさ。戦術とかまるでなしなんだ、人間も魔物も。
とにかく突っ込んで戦う、このスタイルを貫いていた。
俺は頭が痛かった。
戦争とか知らないけど、せめて陽動とかさ、伏兵とかないのかな、この世界。
仕方ないから、俺が直接指揮を取ることにした。
俺が指揮を執り始めてから、魔王軍が負けることはなくなった。
だって、陽動に必ず引っかかるんだもん、負けるわけないよね。
魔王軍は次々と重要な拠点を陥落させていった。
すでに俺が魔王になってから半年が経とうとしていた。
もうすっかり魔王だ。
今回の戦いはとある王国の城だった。
人間は城に立て籠もっていたが、簡単に陽動に引っかかりその度に兵力を減らしていった。
陥落は容易だった。
その戦いが終わった後だった。部下が女の子を連れてきた。捕虜にした姫だそうだ。
凄い怖がっていた。
まぁ、俺って黒髪だしね。
なんでわざわざ捕虜にしたのか聞いたら、城から脱出したはいいが道に迷って、魔王軍の駐屯地に紛れ込んでしまったところを捕まえたらしい。
俺は頭が痛かった。
いや、魔王でも平和ボケ日本人な訳だ。
可愛い女の子が目の前で殺されるとか、ありえない訳よ。
ため息をつきつつ、姫の名前を聞いたが、答えてくれなかった。がっくりしていたら凄い怒った顔をしていた。
まぁ、そりゃ怒るわな。住んでた国を滅ぼしちゃったもんな。
名前も分からなかったから「姫」と呼ぶことにして、丁重に扱った。
そのうち人間に返すつもりだった。
魔物の中に人間はいるもんじゃない、半年の経験から思ったことだ。
精神構造が違いすぎるからか、ストレスがすごいんだ。
姫には魔王の城に来てもらい、一番きれいな部屋に住んでもらうことにした。
ちゃんと返すから、ちょっとの間我慢してね。やっぱり姫は怒っていた。
うん、仕方ないね。
そんなある日、姫が脱走を試みたらしい。魔王の城の外で怪我をしたらしく、蹲っていた。
姫には一応ドレスとかを着せていた。だって姫じゃん。そのせいで転んだみたいだけど。
怪我を治すから何処を怪我したのか教えて、といっても教えてくれなかった。
それどころか怖がって話を聞いてくれなかった。
黒髪のせいか?
ちゃんと人間のところへ返す、でも今は戦況が落ち着かないし、俺も人間に伝手がないから交渉も出来ないんだ、と話をした。
理解をしてくれたのかは知らないが、怪我の場所は教えてくれた。
膝をすりむいていたのと、足首を捻ったらしい。
ちょっとドレスの裾を上げさして貰って、魔法で治した。
ちゃんと、ごめんねって言いながらだよ? おんなの子だからね、嫌がるでしょ。
姫は、やっぱり赤くなって怒っていた。
ごめんよ、でも怪我は治さないとさ。
危ないからもう、脱走しないでってお願いした。外に行きたければ連れて行くし、人間の所へ帰りたかったら返すからと説明した。
それと、黒髪だけど、自分も人間なんだよって話だけした。
ま、信じてもらえないだろうけどさ、少し気が楽になったかな? 誰かに話を聞いて貰ったからかな。
姫は赤くなって怒っていた。怒ってばっかだな。
でも仕方ないね、俺は魔王だし。
人間だけどさ。
それからは姫は脱走はしなくなった。代わりに魔王の城の周辺を案内しろと言ってきた。
籠りっきりじゃつまんないよね。
魔王の城の周辺には湖があって、すっごい綺麗なんだ。透明度が高いっていうか。
日本みたいに汚染物質とか無いからかね。
姫は結構喜んでた、ように見える。俺がふと姫を見ると、いつも機嫌悪く怒ってるんだよ。
黒髪か? これが悪いのか?
まぁ、でも俺が明後日の方を向いてると、笑い声っぽいのが聞こえるから、姫は喜んでいるんだろう。
俺が見ると機嫌悪くなるから、なるべく見ないようにした。さすがに俺もへこむのよ。
ため息しか出ない。
湖から化け物が出た時もちゃんと姫を守ったよ? 怖がらせたつもりはなかったんだけど、姫は凄い怯えてた。
涙ぽろぽろだった。心が痛んださ。
怖がらせてゴメンってちゃんと謝ったよ。
謝罪コレ大事。
人間側にどうやら勇者が現れたらしい。俺はどんな奴なのか見に行くことにした。
空を飛んで行ったけど、日帰りは出来なかった。
勇者と言っても凄い強い男の子って感じだった。オーラは凄かったな。
髪は銀色だった。こいつもこの世界の人間ではないのかもね。
でも、俺はこいつに殺されちゃうのかな?
俺は元の世界に帰りたいんだけど。
無意識にため息が出てしまう。
城に戻ったのは勇者を見に行ってから二日たっていた。
殺されるのかな、とか考えててしょげて帰ったさ。
そしたら姫が目に涙一杯に溜めて、顔も真っ赤にして怒ってるのさ。なんで?
あ、人間の所に行ってたから?
姫に聞いても答えてくれなかった。むぅ、やはり嫌われてるなぁ。
勇者が現れたって聞いたから見に行ったことを説明して、一緒に姫を連れていかなかったことを謝った。
姫は一瞬驚いたようだったけど、また元の不機嫌そうな顔に戻った。
次の日、会議が終わって部屋に戻ったら、姫が部屋の掃除をしていた。なんで?
姫になんでって聞いて返って来た答えは
「ヴィクトリア」
だった。
はぇ?
「あたしの名前はヴィクトリア」
えっと、姫、何で俺の部屋の掃除してるの?
『ねえ、姫ってば』
姫は振り向きもせずに掃除を続ける。何だ、何が起こった?
『姫ってば』
「ヴィクトリア」
『姫』
「ヴィクトリア」
『ひ「ヴィクトリア」』
『・・・ヴィクト、リア?』
ようやく姫はこっちに向いた。俺をまともに見たのは初めてじゃないかな?
どうやらその名前で呼べということらしい。まぁ、名前が判明したんだ、良しとしよう。
ポジティブシンキング、大事ね。
なんで勇者を見に行ったのかを聞かれた。
だって、魔王ときたら勇者じゃない?
物語的には勇者が魔王を倒すでしょ。
そりゃ気になるじゃんって説明した。
そしたら今後は独りで勝手に行かないように言われた。なぜだ?
顔は真っ赤で怒ってる。なぜだ? やはり嫌われているのだな。
黒髪か?
その後出かけるときはヴィクトリアも連れて行くことにした。
置いて行こうとすると涙目で怒り出すんだ。なんなのよ?
城の方が安全なのよ?
ある日、たまたまとある城を偵察がてら見に行くことにした、ヴィクトリアも連れてね。
俺はフードを被って頭をかくし、この世界の普通の人間の振りをした。
ヴィクトリアはそのままだ。さすがにドレスは目立つので普通のワンピースを着せている。
町を歩いていたら、騎士らしき人間に会った。
そいつはヴィクトリアを見て驚いていた。ヴィクトリアもそいつを知っているらしい。
ちょうどいい、ここでヴィクトリアを人間に返そう。俺はそう思い、ヴィクトリアに告げる。
ヴィクトリアは悲しそうな目をした。目に涙を浮かべていた。
うん、帰れるのがうれしいのね。
俺はその騎士にヴィクトリアを託し、魔王の城に帰った。
ヴィクトリアと別れてから、どうも胸の奥が痛い。
いままでになかったことだな。なんだ?
その夜、俺は窓際で夜空を見ていた。
俺が魔王になってから、実は睡眠をとっていない。魔王には不要なんだそうな。
一応、人間だよ?
最初は便利かと思ったけど、夜ひとりでいると思い出すのは元の世界の事ばかり。
帰りたい。その思いが大きくなってしまう。
ふと、ヴィクトリアのすすり泣く声が聞こえた気がした。
そんなはずはない、幻聴だ、と思ったが、やはり聞こえてくる。なぜだ?
気になって仕方がないのでヴィクトリアの残された気配を頼りにあの城に舞い戻った。ヴィクトリアの気配は城へと続いていた。
姿を消し、ヴィクトリアの気配をたどっていく。どうやら地下に行ったらしい。
地下? なぜだ?
嫌な予感がよぎる。とにかく急いで行くことにする。
ヴィクトリアはそこにいた。鉄格子の中に。
なんで? 人間の姫だろ? ヴィクトリアは何も悪いことはしてない。
むしろ悪いのは俺だ、魔王だ。
俺は姿を現してヴィクトリアの前にたった。ヴィクトリアは床に座り込んで泣いていた。
『ヴィクトリア』
俺は声をかけた。
びくっとするヴィクトリア。
ゆっくりこっちを見るヴィクトリア。
俺の姿を見ると、真っ赤になって怒った。涙をぽろぽろ落としながら。
俺は鉄格子の鍵を壊して扉を開けて中に入る。
ぽろぽろ泣くヴィクトリアを抱き寄せて頭を撫でる。俺の腕の中でわんわん泣いている。
『帰ろうか』
ヴィクトリアはわんわん泣きながら頷いた。俺は魔法で魔王の城に戻った。
なんでヴィクトリアが鉄格子に捕えられなきゃいけないんだ?
俺は人間が分からなくなった。
その夜、ヴィクトリアは一人では寝られなかった。俺の部屋の使ってないベッドで寝ていた。
独りにはさせたくなかったのもある。
俺は窓際で夜空を見ていた。
俺は人間ではあるが、この世界の人間とは精神構造が違うのだろうか?
なぜヴィクトリアが鉄格子の中にいたのだろうか?
魔王の元にいたからなのか?
ベッドからすすり泣く声が聞こえた。
毛布が震えていた。
俺はベッドに腰掛けて頭をやさしく撫でた。
大丈夫、君は悪くない。悪いのは俺だ。魔王の俺だ。
少ししたら毛布の震えがなくなった。でも朝まで頭を撫でていた。
翌朝ヴィクトリアが起きた。俺はまだ頭を撫でていたが、起きたのでやめた。
おはようヴィクトリア。
ヴィクトリアは俺に抱きついてきた。
「ヴィッキー」
『はぇ?』
「ヴィッキーって呼んで」
『えっと、ヴィッキー?』
ヴィッキーは赤くなりながらも笑ってくれた。俺はヴィッキーの笑顔を始めて見た。
俺は嫌われてないのかもしれないな。可能性は薄いが。
その日から、ヴィッキーは俺の部屋で寝るようになった。
最近魔王軍は負けが続いている。原因は勇者だ。
勇者が戦争に参加して、力ずくで勝っていくのだ。陽動も伏兵も関係なく力でねじふせていった。
まるで魔王だな。
このところ俺は軍の指揮を執っていない。ヴィッキーと一緒にいるからだ。
でもそろそろ限界かもしれない。魔王軍も疲れ果てている。
ヴィッキーを勇者に託そうかと考え始めた。
多分勇者もどこからか違う世界から呼ばれてきたのだろう。
このまま魔王が勇者に負ければ、ヴィッキーはどうなってしまうのか?
考えたくなかった。
その日の夜、俺はヴィッキーに自分のことを話した。違う世界から来たこと。
勇者が迫っていること。その勇者も違う世界から来たのかもしれないこと。
そして魔王が負ければヴィッキーはどうなってしまうか。
ヴィッキーは話を聞いている最中から泣き出してしまった。
俺はヴィッキーを抱きしめながら話を続けた。
最後に、俺はヴィッキーに生きて欲しいと告げた。
ヴィッキーは泣いているばかりだった。
やはり俺は魔王で悪ものなのだ。泣かせてばかりだ。
それから少したって、俺はとある戦場にいた。横にはヴィッキーがいた。
目の前には勇者。
俺は勇者にヴィッキーを預かってほしいと告げた。
勇者は驚くこともなく了承した。
俺はヴィッキーを促した。
ヴィッキーは勇者に向かって歩き始めた。途中オレを振り返った。
俺は首を左右に振った。
気が付かなかったが、俺は涙を流していた。
二人はどこかに消えていった。
俺は魔王軍を解散させ、魔物をそれぞれの故郷に返した。
俺は一人、魔王の城にいた。
さすがに一人だと広すぎるな。
魔王軍の抵抗が無くなったので、人間は仲間割れを起こした。
本当に救われない生き物だと思った。
魔王はまだ生きてるぞ。
でも勇者は確実に魔王の城に向かっていた。
あれから1か月は過ぎたろうか、ヴィッキーのすすり泣く声は聞こえない。
無事に生きてくれているだろうか。俺の望むものはもうそれしかなかった。
元の世界に帰りたいという気持ちも消えてしまっていた。
人間は相変わらず醜い争いを繰り返していた。
ヴィッキーの生存を願うばかりだ。叶えてくれるなら神にでも祈るぞ。
魔王だけどな。
とうとうその時が来た。勇者が魔王の城に来たのだ。
俺は王座に座り待っていた。だって魔王だからな。
やがて勇者が現れた。勇者の後ろにはヴィッキーが居た。
旅装束ではあったが、元気そうだった。
よかった、生きてた。もう思い残すこともないな。
勇者とも仲良くやってるのかもしれないな。
よくわからないけど涙が出てきた。
涙を拭いて、勇者と向き合った。
名前を聞かれた。死にゆく者の名前を聞いてどうするのだろう?
でも久しく自分の名前を聞いてなかったな。
『三沢満』
勇者に答えた。
勇者は満足したのか、襲い掛かってきた。
勇者は強かった。全てが俺よりもほんの少しだけ強かった。
やはり魔王は負ける運命なのだろう。
でも、もういい。
望みはかなった。ヴィッキーは生きていた。俺は満足だった。
激戦の末、俺は負けた。魔王だし、勇者には負けるんだよな。
仰向けに倒れ、もう指も動かなかった。
後は意識を手放せば終わりだった。
いつまでたっても止めは来なかった。
俺はまだ生きてるぞ。死にかけだけどな。
俺は力を振り絞って起き上がった。
なんで止めが来ない?
俺の目の前にはヴィッキーがいた。泣いていた。
だめだよ泣いちゃ。
勇者が言った。
「預かり物は返したぞ」
確かにあの時勇者には預かってくれとはいった。
ヴィッキーも泣きながら
「・・・預かり物が、やっと、返却、されました、ぐす」
俺は魔王だぞ? 悪者だぞ?
勇者は笑っていった。
「今、人間は戦争で忙しくてそれどころじゃないんだと。俺は一抜けさせてもらうぜ」
ヴィッキーは抱きついてきた。久しぶりにヴィッキーの頭を撫でた。指が気持ちよかった。
俺はもうヴィッキーを手放す気にはなれなかった。
それから二人で世界を見て回った。
今までこんな良い景色があったのかってところも、たくさんあった。
もうこの黒髪を気にする人間はいなかった。
どうやら戦争に忙しいらしい。くだらないことだ。
ヴィッキーは俺の横で嬉しそうに笑っている。俺も笑っている。
さすがに俺も、自分の気持ちとヴィッキーの気持ちにも気がついている。
今日も二人で手を繋いでこの世界にいる。二人が生きている限り。
明日は何処にいこうか、俺はヴィッキーにたずねた。
「どこへでも!」
ヴィッキーは笑顔で答えた。
帰りたい魔王 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce
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