第2話:三崎先輩と俺の馴れ初め2

 降りしきる雨の中、俺と三崎みさき先輩は一本の傘に入り帰ることになった。

 俺と三崎みさき先輩が帰る段階では部活のあるものは校内で活動しており、また帰宅部は殆どが帰っていたため幸いにも俺達二人は人目につくことなく学校を出ることが出来た。

 もしこんな羨ましい姿を他の男子生徒に見られでもしたら後々とても面倒なことになることは想像に難くないだろう。


 しかしながら今現在、俺の目の前には新たな問題に直面していた。


「あ、あの……三崎みさき先輩」

「なに? たちばなくん」


 三崎みさき先輩は小首を傾げてこちらの顔を覗き込んでくる。

 その距離は非常に近く、三崎みさき先輩の息遣いを感じるほどの距離。

 俺を悩ませている問題とは言うまでもなく三崎みさき先輩との物理的距離である。


「その……当たってるんですが。色々と」

「ああ、そうしないと濡れてしまうから仕方ないわ。たちばなくん、もっとくっついてちょうだい」

「えぇ!?」


 少しだけ俺の方が背が高いという理由で傘を任されているため、三崎みさき先輩が雨に濡れないようにするには必然的に俺にくっつくことになる。

 そのため俺は三崎みさき先輩の体温やら柔らかな感触を感じて意識せざるを得ないのだが、肝心の三崎みさき先輩は俺の気など知らないでいつもどおりの表情だ。


「……三崎みさき先輩、その、いいですか?」

「なにかしら、たちばなくん。歩く度に私のおっぱいの感触が伝わってきて気持ちいいとか?」

「ファッ!? いや、そうじゃなくて! いや、こう確かに柔らかくて気持ちいいですけど……って、そうじゃなくて!」


 俺は一つ咳払いをしてから、三崎みさき先輩に誘われた時から感じていた疑問を口にする。

 なお、三崎みさき先輩のおっぱいという話題をそらそうとしている訳ではないことを捕捉しておく。


「その、なんで初めて会った俺と一緒に帰ろうなんて……その、こんな風に」

「…………」


 三崎みさき先輩は相変わらず感情の読めない表情だったが、その足取りは遅くなった。

 どうやら俺の質問に対して考え込んでいるようであり、思索にふける三崎みさき先輩の横顔はこの雨の中ということもあり儚く綺麗だ。


「……み、三崎みさき先輩?」

「……たちばなくん」

「な、なんでしょうか」


 一段落したのか思索を止め、三崎みさき先輩は俺の目を見て名前を呼ぶ。

 それに俺は気圧されてしまって思わず声が上擦ってしまった。微妙に情けない感じの声になってしまい頬が熱くなる。

 とはいえ俺に恥ずかしがる余裕などなく、緊張して三崎みさき先輩の答えを待っていたのだが――


「先輩は後輩に対して、こういう風に奉仕するのではないの?」


 真面目な顔をして三崎みさき先輩はそんな訳の分からないことを言い出した。


「は、はぁ!? な、なに言ってんスか!?」

「あら、違ったのかしら……でも、これにはそうだと書いてあるのだけど」


 三崎みさき先輩が取り出したのは資料室で読んでいた本である。

 ブックカバーを巻かれており、はじめ俺はてっきり純文学か何かだろうと思っていたのだが三崎みさき先輩のその口ぶりと、ここ数十分に渡る対話でそんなものではない事を確信しつつあった。


三崎みさき先輩。それ、ちょっといいですか?」

「どうぞ、たちばなくん」


 どのような本を三崎みさき先輩が読んでいたかと言えば――一言で言うのならラノベだった。それも学園ラブコメ。

 飛ばし読みのため詳しい内容はわからないが、挿絵と三崎みさき先輩の発言を考えると先輩ヒロインといちゃいちゃするタイプの作品である。

 更に言えばページをパラパラとめくれば挿絵は登場キャラである美少女がいやらしい感じになっているものがばかり、結構エロい。


「……三崎みさき先輩」

「なにかしらたちばなくん」


 ――何故、三崎みさき先輩がこの様なラノベを読んでいるのかは俺にはさっぱり分からないが一つだけ確かなことがある。


「あのですね……現実でこんな事するなんてまずないですから」

「……そうなの?」


 しかし三崎みさき先輩は俺が確信を持った言葉に対して不思議なものを見るような目で見つめ返してくる。

 その表情は逆に俺の言うことが間違っているのではないかと思わざるを得ないほど純粋なものだ。


 とはいえ、これは流石に三崎みさき先輩の雰囲気に負けて手のひらを返していいような話ではない。

 もしここでこれを認めたらもっと大変そうな事になりそうな気がするからだ。


 俺は少しでもちゃんと伝わるようにと俺は三崎みさき先輩の目を見て話すことに決めた。

 三崎みさき先輩の雰囲気に飲まれないように気合を入れているのだが、やはり間近で見る三崎みさき先輩は間違いなく美人であり緊張してしまう。


「そうですよ!? こんな、なんというか羨ましいことがあってたまりますかってのッ!」

「……でも、たちばなくん。ちょっといいかしら?」

「な、なんでしょう。三崎みさき先輩」


 言うべきをいい切ったせいか三崎みさき先輩にじっと見つめ返されて俺は思わずたじろいでしまう。

 俺は何が三崎みさき先輩の気にかかったのだろうかと考えようとするがそれは叶わなかった。


「こういうことされて嬉しいのは確かなのよね?」

「せ、先輩ッ!? な、何をッ!?」


 その理由は明快。三崎みさき先輩が俺に先程よりもよりその体を密着させてきたからである。

 それは先程までも近いと思っていたがその比ではない。

 俺と三崎みさき先輩の中心にあり、また傘を支えている俺の右腕を三崎みさき先輩が抱きしめているのだから。

 当然、俺の右腕には三崎みさき先輩の胸が押し付つけられてその柔らかさが存分に伝わってくる。

 また俺の鼻孔をくすぐるのは雨の匂いに混じる三崎みさき先輩のそれであり、さらに俺の耳に届くのは三崎みさき先輩の息遣いである。


 視覚、聴覚、触覚、嗅覚――五感の内、四つで三崎みさき先輩を感じているのだから頭がどうにかなりそうであった。

 これほどまでに三崎みさき先輩という存在に接近されて、恥ずかしいから、あるいは動きにくいので離れてくださいなどと言える男子がいるだろうか。俺はいないと思う。


「どうなの?」


 三崎みさき先輩がじっと俺を見つめて答えを待つ。

 それに対し俺はと言えば多幸感と緊張で頭と心臓が破裂しそうであり、とてもではないが返事を返す余裕などはなかった。


 だから俺は落としてしまったのだ、自分の鞄を。


「鞄落としたわ、大丈夫? たちばなくん」


 俺が自分の鞄を落としたことに気づいたのは三崎みさき先輩に声をかけられてからだった。


「え、す、すいません三崎みさき先輩――うぇッ!?」


 なんとか反応できた頃にはすでに三崎みさき先輩は俺の鞄を拾い上げてくれて――鞄からこぼれたを手にとっていた。


「あ、あの、三崎みさき先輩っ!? それは違うんですよ! クラスの友達が無理矢理押し付けてきてですね!?」

「…………」


 本来ならばはビニール袋に包まれていたのだが、落下の衝撃か三崎みさき先輩が拾い上げたときに包みが解かれてしまったのか、どちらなのかは分からないがその中身が存在を主張していた。

 三崎みさき先輩が手に持っているのは、十八歳未満がやってはいけないゲームのパッケージ。

 いわゆるエロゲーというやつであり、パッケージには人目でそれがいかなるジャンルなのかが分かるよう裸体で首輪を付けられた美少女が描かれていた。


 ただでさえ普通の人から見ればエロゲーの時点でアウトだというのにこのジャンル――奴隷調教モノは人格を疑われるレベルのアウトである。

 実際に俺のものではなく借りたものではあるが、それを信じてくれたところで好感度は地の底であることは代わりはない――つまりは完全に終わった。さらば俺の高校生活。

 いくら三崎みさき先輩がちょいエロラブコメラノベを嗜んでいるとは言え、レベルが違う。

 次に俺を見る時の目はゴミを見るかのようなそれに違いない。


 数十秒前まではまさしく幸福の絶頂だったのに今は絶望の底である、神様はもう少しバランスというものを考えてくれ。

 いまの俺は先ほどとは打って変わり、汗は羞恥や火照りのそれではなく冷や汗に。緊張で強張っていた体はこれから来るであろう絶望に恐怖して震えていた。


「……ねぇ、たちばなくん」


 エロゲーを拾い上げてから三崎みさき先輩は言葉を発するまでにどれほどの時間が経っただろうか。

 それは永遠にも感じる長い時のようであったし、一瞬だった気もする。

 つまり俺は時間を正しく感じることさえ難しいほどに追い詰められていたのだ。


 だから俺は為す術もなく、続く三崎みさき先輩の終わりの言葉を聞いてしまう。

 それはきっと俺の人生において最も心を抉る言葉になるに違いないと、そう理解していながら聞いてしまう。


 そして三崎みさき先輩はそれを口にした。

 それは俺が――いや、誰もが予想できなった言葉だった。


「私を――たちばなくんのエロ奴隷にしてくれない?」


 え、どういうことですか。三崎みさき先輩。

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三崎先輩は俺のエロ奴隷になりたい 大塚零 @otuka0

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