質問サイト「駆け込みデーラ」
頭野 融
第1話
夕方のキッチン
「お父さん、お母さんがこんにゃくって冷凍できたかしらって言ってる。」
「どうだったかな。デラってみるよ。」
「お母さん、お父さんがデラってくれるって。」
こんな風に「デラる」という行為は、日常のちょっとした疑問への対処法の一つとして浸透してきた。
「デラる・・・なんでも答えると銘打った質問サイト、『*駆け込みデーラ』で質問して回答を得て、もしくは過去の質問と回答を見て、疑問を解決すること。現代語の典型的な名詞の動詞化の例でもある。」
ネット辞書にはこんな感じで載っている。
なんて、他人事のように書いてきたがこのサイトを作ったのは自分である。運営はすべて一人だ。恥ずかしい限りだが、自分は名の知れた大学を出たあと、就職できなかった。そして人生の答えを探し、もがいた。しかし、どこにもそんなものは転がってなかったし、手を差し伸べてくれる人もいなかった。結果、人が死んでいないのが不思議なぐらい安くて、川沿いであることだけが取り柄のぼろいアパートに一人暮らしとなった。自分の前に道は無く、川だけがあった。
時間はあるが、明確な目標はない。ならば、と軽い気持ちで作ったのがこのサイトだ。自分のような、とまではいかなくとも現代には手軽に答えを手にしたい人が多かったようだ。何の気なしに始めたこのサイトが今の自分の生計を支えていた。ネット辞書の*をクリックするとデーラを説明するページだった。
「質問はノージャンルで受け付けている。回答は早く、質もよい。」
字面を追いつつ、自分で作ったシステムを思い浮かべる。質問への回答は『住職』という役職?バイト?に任せる。まあ、それを専門にする人がいるということだ。始めは自分の知り合いを『住職』に任命していった。
「開設の後『夫、何ごみ』と呼ばれる出来事で有名に。質問サイトの先駆者(寺)であり大御所。」
はじめは運営自体が大変で、さらにお金がないのでアルバイトを掛け持ちしていた。今の利益からは想像できない。
「結婚当初は端から見てもアツアツの夫婦だったと思うのですが、今では冷めています。もう夫を必要と感じません。やはり、捨てるなら可燃ごみの火曜日でしょうか。 40代主婦」
これが『夫、何ごみ』の発端となった質問だった。質問数も少ない当時は、住職でない自分も回答を勝手に考えていたものだった。しかし名案は出ないまま、バイトに行ったのを覚えている。疲れて、売れ残りの弁当を食べつつ、スマホを見ていると、面白記事まとめに見覚えのある画像があった。
『「駆け込みデーラ」の回答、秀逸!』こんな見出しと共に駆け込みデーラの説明、話題の質問と回答、と載っていた。
回答(住職:こんにゃく法師)
「捨てたくなったら、捨てましょう。曜日は関係ありません。ごみには本当に何のメリットもありません。しかし、そのごみは特殊です。捨てる前にやることがあります。まずは、不要と決めつけず、向き合ってみてはいかがですか。」
こんにゃく法師、は高校からの知り合いだが、本当に彼らしいユーモアと真面目さの共存する回答だった。そんなことが記事にも書いてあり、その記事は様々な媒体を通じて、全国に知れ渡った。その後、彼は住職の中でもトップクラスの知名度を誇った。
翌朝、いつも通り食パンを片手にパソコンを立ち上げると、デーラの訪問者が桁違いに増えていた。これではサーバが落ちると確信し、ふた口かじっただけのパンを皿の上にパッと置いた。
こんなことを、寝る前に畳の上で思っていた。自宅勤務であり、予定表すらないのだが、やはり金曜の夜は格別だ。月も美しい。
―トントン
金曜と言っても、もう土曜になって2時間だ。そんな時に電話。誰だろう。
―トントン
デーラ関係ではないだろう。めんどくさい。
―トントン
パッと名前を見る、「竹居 未来」
―トンt
無意識で電話に出ていた。
彼女は小中高大と一緒で、もう幼馴染の域は超えている。さっき就職できなかった自分に、だれも手を差し伸べてくれなかったといったが、そんなことはなかった。竹居さんだけは自分を気遣ってくれた。
「おはよ。」
「あ、うん、おはよう。夜中の二時過ぎだけど。」
「えっ、あっ、ほんとだ。別に敢えておはよって言ったんじゃなくて、ほんとに朝だと思ってて。」
「じゃあ、今起きたの。」
「うん。ゲームしよっかと思って。」
「ほどほどにね。で、どうしたの。」
「暇だったから。そういえば、明日って、ていうか今日って、デーラのなんかの記念だったっけ。」
「うん。始めて7年目。よく覚えてたね。」
「別になんか、真夏だったなって思って。すごいね、始めは知名度ゼロだったのに。」
「そうだね。みんながすごいんだよ。」
「またまた、自分が一から作ったんでしょ。あっ。」
「うん?」
「いやっ、別に。」
「いいよ。何だった?」
「ああ、ゲームのね、レアキャラが。」
「今だけ限定!とかかな。まあ、私も寝るので、どうぞお楽しみになって。」
「うん、おやすみ。」
「休まないだろうけど、おやすみなさい。」
電話の後の何とも言えない無。彼女が置いていった無。会話は時間としては数分だったようだ。
土曜の朝、スマホでなんとなくネットニュースを見る。土日は大して仕事もなく、サーバを担うパソコンを見守っておけばよい。
『質問サイトの有名回答者の啓発本、重版』
との見出し。それは回答の中にも垣間見えた、住職、ノルト、の人生観をまとめたような本らしい。重版なのはさすがと言ったところだろう。
動画サイトに移り、最近はまったダルいアップテンポの曲を聴く。早速オススメ動画が並ぶ。
『デーラ住職のプリンゼリー、チャンネル開設!!』というのがあった。彼女はかわいらしい容姿とは裏腹に辛辣なコメントで有名だ。登録者数も順調のようだ。
曲を聴きつつSNSを眺めていた。そういえば、住職たちのSNSは色々と世間で需要があるらしい。自分のと比べてみてもよく分かる。
曲が終わったころ、画面は『みらい』、つまり竹居さんのSNSに行きついていた。女子らしい、写真が多い感じだった。珍しく、竹居さんへの返信の欄を見た。
「ノルポン:プライベートの方には、暴言、吐かないんですねww」かわいらしい返信が多い中、こんなのが目に留まった。
「テリちゃん:ノルポンひどい 愚痴垢@future ってボクもひどい。」こんなのもあった。
恐る恐る開いた。なぜ開いたのかは分からない。興味本位だったのだろう。
『愚痴垢@future』
1時間前―せっかく、5時間ぐらいやったのに、レア全然出ない。もう飽きたし、寝る。こんなゲーム、運営の頭がおかしいに決まってる。
何を言ってるか頭が理解しようとしなかったが、今が8時過ぎということは、これは7時ぐらいのものだろうか。人差し指は習慣的に画面を下にスクロールする。
4時間前―なんか、愚痴って言うより、誹謗中傷じゃないですか、みたいなマジレスあったから言っとくけど、彼は、昔からの知り合いで、それに対する文句だから、愚痴だよ。愚痴。めんどいって言う。
5時間前―折角記念だからわざわざ、スマホのスケジュール見て、電話したのに、相変わらず、反応が薄い。金があって大手サイトのトップでも、あれはダメ。人として面白くない。私服はダサいし、見返りも何もない。もう縁切ろっかな。
何が起きてるかはよく分からないが、宙を見つめていた。
―ぬっ。
別段何か音がしてるわけではないだろうが、そんな雰囲気だった。文字の羅列が浮き上がって来る。
1分前―数時間前に言った人はトップなんだけど、実際仕事はしてないって言うか、部下が優秀でサイトも有名になったって感じなんだよね。自覚あったみたいだけど。すごいのは部下。本人の実力は、ゼロww
もう何が起きてるか分からない。とりあえず、スマホを置く。置かざるを得ない。
どうしよう、歩き回れるほどもない部屋を動き、パソコンが目に留まる。そうだ、答えが欲しいなら、質問すればよい。そのためのデーラじゃないか。質問の文面はあふれ出て来た。
「昔から、誰も自分のことを認めてくれません。今まで、唯一の理解者だと思ってた人にも、実はずっと馬鹿にされ続けていたようです。どうすればよいでしょうか。教えて下さい。 20代男性」
「送信」をすぐ押した。早くて質もよいという回答を画面の前で待つ。数分してから、回答が来た。
回答(住職:こんにゃく法師)
「もう何も信じられないのですね。自分が溶け込んでしまうぐらい、まず自分の好きなものに熱中してください。その後、これからを落ち着いて考えましょう。」
非常にまじめな文章だった。しかし、そんなことに思いを巡らせられたのも一瞬、好きなものを思い浮かべた。なんだろう。パソコン?そう思うと特にない。寂しい人生だったのだろうか。また、部屋の中を歩き回る。
川。汚れているが窓からは確かに川が見える。ここは二階だからすぐそこだ。どうすればよかったと回答は言っていたのだったか。パソコンにちらっと「溶け込む」の文字が見える。そうか、溶け込む。分かった。これが正解だ。それさえ分かれば、もうパソコンに用はない。こいつにもお世話になった。心の中でそう言って、電源を切って腕で抱える。
朝の九時ごろ、汚れていると評された
無論、今この世で、だれかが川に落ちた、などと知っている人など居ない。
世の中が騒がしくなるのは、翌朝だ。
朝ご飯を囲む家族。横ではワイドショーが流れている。
「ねぇ、お父さん、デーラってなんで無くなったの。」
「いやぁ、よく分かんないなぁ。あっ、お母さんがなんか言ってる。」
「なに、お母さん。」
「分かんないことがあれば、デーラってやつで訊いてみればいいじゃない。ねぇ、お父さん。」
ワイドショーは「駆け込みデーラ」の発起人の功績を述べていく。
質問サイト「駆け込みデーラ」 頭野 融 @toru-kashirano
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