第10.5話 一大事じゃねえか!(回想)

 ※三人称視点です




 4月6日。

 朝早くに河川敷の堤防を歩く真新しい制服を着た二人の少女、鹿島かしま 麗奈れな蝶野ちょうの 春上はるうえは今日、高校の入学式がある。

 河川敷一面にある桜の木は満開で、まるで彼女らを祝福しているようだった。

 だが、そんな鮮やかな光景とは裏腹に、麗奈は浮かない顔をして歩く。


「いや〜、今日から高校生だねぇ」


「う、うん……」


「もしかして、緊張してる?」


「そりゃそうだよ、新入生代表の挨拶なんて初めてだし、今後の学校生活に関わるから絶対に失敗できないし……」


「肩に力入りすぎだよ。ほら、リラックス、リラックス」


「うぅ、他人事だと思って……。私の高校生活がかかってるのに」


「まあまあ、そんなに気負わないで。そんな暗い顔していたらせっかくの可愛い顔が台無しよ。それに、もし失敗しても私はずっと麗奈の友達だから安心して」


「失敗する前提で話さないでよ! それに失敗しないためにこれから練習するんだから!」


「そんだけ声出せれば平気でしょ。それにしても、こんな朝っぱらから付き合ってあげる私超優しいな〜、これはお礼に期待が膨らむね」


「最後の一言が無ければもっと優しかったよ。でもありがとう、今度の休みにケーキでも買ってあげる」


「まあいいでしょう。楽しみにしてる」


 その後も色々とやり取りをし、ある程度緊張が解れた麗奈は学校へ向かうのだった。





 ―――放課後―――




「終わった、さよなら私の高校生活……」


 時刻は18時過ぎ、河川敷の堤防を項垂うなだれた様子で歩く麗奈の姿がそこにはあった。おまけに沈んでいく夕日が余計にその気分を落としていく。


「ま、まあまあ、スピーチ自体はいいものだったし、気にすることないよ!」


 春上はそんな麗奈に肩を貸して歩きながら必死にフォローする。


「まあ、はね……」


 実際、スピーチの時は一度も噛まずに読めてはいたのだが、残念なことにその後の退場の際、壇上から降りる時に盛大に踏み外して転倒、頭を打って気を失いそのまま保健室へと運ばれた。


 麗奈は立ち止まり、自分の足を見る。その足には湿布とサポーターがつけられており、頭には包帯が巻かれていて、はたから見るとかなり痛ましい様子だ。


「それに怪我も大したことなくて良かったじゃん! しばらくは不自由するかもしれないけど、そこは私が何とかしてあげるから」


 さいわい、頭の怪我は大事には至ってはおらず、足の怪我も軽い捻挫ねんざで10日もすれば包帯もサポーターも取れるだろうとの事だった。


「でも私、もうクラスの人と馴染める気がしないよ、あの後教室にも行かなかったし……」


 麗奈が心配しているのは、学内の交友関係のことだった。


 午前の入学式の後、教室では生徒たちが自己紹介をし合ったり、連絡先の交換を行ったりした。

 当然、麗奈の転倒を一学年の生徒全員が目撃しており、そのことを心配している人も数多くいたが、この学校に麗奈と同じ中学校の人がほとんどいないため、わざわざ保健室までお見舞いに行こうとする人もいない。唯一、春上だけは入学式の後に保健室に向かったが、その時はまだ麗奈の意識が戻っていなかった。


「意識戻った後、なんで戻ってこなかったの?」


「クラス内でどう思われてるのか知るのが怖くて……もし変な風に思われていたらと思うとどうしても戻りたくなくて……」


 そもそも、入学式の日にこんなにも帰りが遅くなっているのは、学校内で誰にも会わないようにするために、部活動の勧誘などが終わるまで待っていたからだ。


「そんなこと言ってたらいつまでたっても戻れないじゃない。それにこういうのは早くしないと話が大きくなるものよ」


「それはわかってるけど……」


「そんなに怖いならしばらくは私が一緒に行ってあげるから、ね?」


「春ちゃん……うん、ありがとう!」


「いえいえ、どういたしまして~」


 春上のおかげで元気を取り戻した麗奈は再び歩き出す。


 二人が堤防を少し進んだ時、下の河川敷の広場からニャーニャーという猫の鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声はかなり重複していて一匹や二匹ではない。


「ちょっと行ってみてもいい?」


「もちろん」


 足を怪我した状態でわざわざ見に行ったのは、麗奈たち自身が猫好きというということもたったが、それ以上に鳴き声の数が異常に多かったのが理由だ。


「「わぁ……!」」


 広場の端の草むらで、二人が声をそろえて感嘆の声を漏らす。


 そこには、三匹の子猫と親と思われる二匹の猫、合計5匹の野良猫の家族がいた。


「可愛いーー!」


「こら、大声出さないの。ビックリしちゃうでしょ」


 しかし人間慣れしているのか、どの猫も麗奈の大声に反応はしても逃げ出したりはしなかった。そして麗奈がかがんでおいでおいでと手招きすると、同じように春上も手招きをした。

 すると、先に親猫たちが麗奈と春上それぞれの手のにおいを嗅ぐ。それで警戒心が解けたのか、春上の手に顔をこすりつけてきた。その様子を見て、春上が猫を抱きかかえると、麗奈も抱きかかえる。だが、麗奈に抱えられた方の猫はシャーッと怒り、暴れて逃げてしまった。


「あーあ、嫌われちゃったー」


 春上は麗奈の方を見てニヤニヤと呟く。


「い、いいもん別に……この子たちで満足するから」


 そう言うと麗奈は子猫を三匹まとめて抱きかかえる。抱えられた子猫たちは最初はニャーニャーと鳴いていたが、すぐに静かになった。


「お、その子たちは大人しいね」


「……」


 麗奈は黙ったままゆっくりと子猫を地面に置いた。その手はとても震えていた。


「なん……で?」


「麗奈……?」


「ち、違、私じゃない……」


 呼びかけが届いていないらしく、ぶつぶつと独り言を呟き、明らかに様子のおかしい麗奈に対して春上が口を開く。


「ちょっと麗奈、大丈夫!?」


 動揺で呼吸が荒くなってきている麗奈を落ち着かせようと、春上は麗奈の手を両手で握る。


「 触らないで!」


 しかし握られた瞬間、麗奈は春上を突き飛ばす。少女とは思えないほどの力で春上は5~6mほど飛ばされ、草むらの上に落ちる。


「あ……」


 麗奈は一瞬、春上の方へ向かおうとしたがすぐに思い留まり、小さく「ごめん」と言って走り去っていく。本来、麗奈は怪我で走れるような状態ではないはずだが、その速さは完全に女子高生の域を出ており、あっという間に河川敷から姿を消してしまった。



「? 体が……?」


 飛ばされて草むらに倒れている春上は、その場から動けなくなっていた。


「麗奈……どうして……?」


 その小さな一言は誰にも届くことなく、春の夜空へと消えていった。

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