第2話報告

 平和なのは名前だけだ。お前をいくら咥えても、私に平和が訪れないのはなぜだろう。煙は甘いが甘やかしてはくれない。現実を受け入れるしかない。

 発表から三日後、漸く決意を固め親に連絡することにした。声を聞くような度胸はなく、文字のみで伝えるという卑怯な屑。

内容は短く”必修が2つ足りなかった。本当にごめんなさい。もう一年通わせてください”こんな短文を送るのに三日もかかるとは、情けない。

送った後すぐに電源を落としスマホを床に置く。返信も見たくない。着信も来るだろう。屑。しかしそれが今できる私の精一杯だった。学費にアパート代、苦しい時の生活費も出してもらっている。罪悪感はある。私もある程度正常な感性を持っているので当然だ。しかしそれ以上に現実を受け入れられず、今この場から逃げ出したい思いで一杯だった。

酒というのは無口で全てを受け止めてくれる。どんな愚痴でも静かに受け止め、私を受け入れ、一時的に忘れさせてくれる。そうだ、酒を飲もう。家にあった酒は大抵飲んでしまったため買い出しに行くことにした。近くの酒屋まで500メートルほどだが、この時期はゲレンデとの違いを見つける方が難しいほどの雪で歩くのがしんどい。しかしタクシーを呼ぶにも懐と酒代を考えるといい手段とは言えないし、何よりスマホを起動させたくない。仕方ない、歩くことにしよう。ジーパンを履き、Yシャツにセーター合わせ、ダウンベストを着て、その上から更にライダースジャケット。この組み合わせでようやくこの季節を耐え抜くことができる。トンネルで繋がってはいるが、陸は繋がっていない。やはりここは海外ではないかと何度考えたことか。

 歩くこと20分、ようやく目的地の酒屋に着いた。こんなにも白くなっていなければチャリで5分なのに、悪い足場に徒歩という時間ばかり食う組み合わせ。体も芯まで冷えてしまっている。早く家に帰りたい。ワイルドターキー8年とジャックダニエルを買い、店を出た。外は鼻毛が凍るほどの気温。さすがに寒すぎる、何か暖かいものを食べたい。酒屋の隣のコンビニに立ち寄り、おでんのはんぺんと大根を買い、コンビニ前で立ち食い。汁を飲み干しごみをごみ箱に捨てて、体があったまったところで歩き始める。歩き出して五分ほど経ったくらいか、目と前髪に違和感を感じ触ってみると凍っていた。さっきのおでんの湯気のせいだ。人間の住むところじゃねぇ。

 家につき、雪を払い、靴を脱ぐ。雪国の知恵二重扉はいいものだ。二枚目の扉を開け部屋の中に入るととても暖かい。気持ちいい。上着を脱ぎ棄て、バースプーンとメジャーをもってテーブルへ。その後グラスをとり、氷を入れ、酒を持ってテーブルに戻りとりあえずジャックダニエル。うまい。安いのにうまいのが良い。学生の味方である。テレビをつけると奥さんお絵かきですよの時間。このコーナーが大好きだ。ローカルではなく全国放送してほしいものだ。煙草に火をつけ吸いながら酒をちびちび飲む。幸せだ。うまい。でも肴がないと少し寂しい。立ち上がり何かなかったかと冷蔵庫を漁ってみる。おっ、この前もらった鹿肉じゃん。ウィスキーに合うように調理しよう、そうだなローストが良いな。早速凍っている鹿肉をレンジで解凍し、塩をすり込んだ後、ローズマリー、ニンニク、黒コショウをふりかけラップでくるみ少し寝かせる。その間に赤ワインを煮詰めてソースを作る。ワインが飲めれば買い出しに行かなくても済んだのに、なぜ飲めないのだろう。どうもあの発酵していますと主張するような味が苦手だ。そこそこに煮詰まってきたところで、鹿肉を魚焼きグリルへ。とろ火でじっくりと焼いていく。鹿肉は筋肉質なため、火入れを慎重に行わなければ固くなってしまう。30分かけじっくり焼き、鹿肉を取り出してアルミホイルで包む。あとは余熱で中までじんわり火を入れて完成。

 いい色だ。中は赤いが生じゃない。うまい。ウィスキーに合う。あぁ、酒と煙草とこのツマミの組み合わせは最高だ。気持ちいい、眠くなってきた。あぁ、幸せだ。明日は何を食べようか、明日は鹿肉をコンフィしようかな。そんなことを考えながら、私は寝た。嫌な現実をすべて忘れて、眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年を留めた男 京本寿和 @z1e1u0s2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ