ジョーカーの約束

如月真北

第1話 再会

コーヒーを一口啜った後でつぶやく

「やっぱり受け取らない方がよかった」


野菜スティックを一口食べた後で応答する

『あげるんじゃないのよ、預かってて』


脳裏を掠める言葉を認めるのには大分時間がかかったが、それでも生きていく。



人目と日差しを避けるように高架下の道を歩く。

つくづく約束なんてするもんじゃないと身に染みる。

改めてこの道を歩きながら思案する。別に自分だけの事なら簡単に反故にするが

今回ばかりはそうもいかない。


遡ると、それが一体いつだったか正確なキッカケは忘れた。本当に些細な事。

しかし何年も経って突然現れたあいつは開口一番こう言った。「約束を果たして

もらいにきたわよ」と。

暑い日だったというのに異様に寒気がしたのを覚えている。

「そういった約束事は自前にアポを取るものじゃないか?ましてや私との約束事

なら尚更」

『あらごめんなさい、こちらはアポ取り主義じゃないの』

「奇遇だね、私もだ」

助かる点と言えば、要件だけ言って早々と去っていくところだ。

本当に憎らしいくらいに他を端折って行くものだから、渡されたこちらとしては

遺憾である。

「君くらいなものだよ、私に約束させるのは」

去り際の相手の笑った顔が不意に思い浮かぶ。

まるで清々したというような顔をしていたと思うのは邪推だろうか。


厳密にいつまでという話は聞いていない。だからからだろうか、不安が

つきまとう。

不安なのはそれだけではない。

彼女との再会後、明らかに訪問者の数が増えたのだ。


雀荘のバイト・占い師・ラーメン屋の店主・営業マン・女子高生・電気工の修理業者などなどキリがない。

挙句の果てには女優。


女優だって!?

どこの女優かしらないけれど尋ねる場所が違うんじゃないかと名刺ともども追い

返した。

一体何に首を突っ込んだんだ。

いい加減訪問者が鬱陶しくなって彼女に連絡を取ろうとした。

しかし連絡した携帯は繋がらない。話中というよりも繋がらないのだ。

これに私はまず、おや?となった。

確かにここ数年間は全く連絡を取り合ったりはしなかった。変わったとしてもおかしくはない。

しかしそもそも連絡先が変わったのなら、会ったあの時に変えた連絡先を置いて

いくはずだ。

彼女はいつも突然だが、そこまで雑で適当で抜けてる人間ではない。



――彼女は一体何に首を突っ込んだんだ?




街は今日も喧騒にあふれている。

中華屋の看板を蹴っ飛ばし、店主に睨まれ喧嘩になっている男。

スマホ越しに愚痴を言い放つフリーター。

新聞片手ににこやかに挨拶を交わしている冴えないサラリーマン。

それらを横目に路地裏に入る。

慎重にならなくてもいいのだろうが、生来の癖のようなものだ。

こんな路地裏にも店を出しているところはあって、大抵はbarとか飯屋とか質屋で

ある。

ここに私がいるのは、ある人物を訪ねて来た為だ。

好き好んで入ってくるような一般人はいない。

しかし。


「そこのおにーさん、一杯どうっすか?」

不意にかけられた声に足を止める。

サングラス越しに見やると、髪はボサボサだが身なりに乱れがない少年が蹲るように座っていた。

提案してくるが、しかし辺りに呑み屋らしき店が見当たらないのが警戒心を煽る。

「最近よく声を掛けられるんだよね、なんでかな?モテ期かな?」

動揺を悟られまいと呑気な口調で尋ねた。

警鐘が鳴っている気分になる。

それに合わせるようにゆっくりと相手が立ち上がって近づいてきた。

その表情を見た瞬間、咄嗟に相手の腕を掴んで止める。

「あれ?なにこの手、何もしてないんですけど~?」

「そうだよね、そうなんだけど君の表情ヤバい感じがしてね」

神経が過敏になっているのだろうか。

そう思っていたら舌打ちが聞こえた気がした。その直後、膝蹴りが飛んでくる。

避けきれずに食らってしまい、倒れこそしなかったが痛みが走った。

あまりにも突然だったので、自分の反射神経も鈍ったなと苦笑いしながら相手の

二撃目を構えたが、予想に反して次の攻撃はこない。

半ば拍子抜けし、どういうつもりかと相手を見る。

不意に、ツンとした匂いが鼻を掠めた。これは酒の匂いか?

呑んでいるやつの匂いに今の今まで気づかなかった自分のうっかりに笑いが出そうになる。

「あー!あーあー…零れちゃったよ」

服のポケットに入れていた酒の瓶を取り出して、零れた酒がついたのか片手を振るうと勿体ないと言いながら舐め始める。

その隙をついて、私は相手の横をすり抜け逃げることにした。

狭い路地裏だし追ってこられたら容易く追いつかれるだろう。もしそうなったら

いよいよ殴り合いか、と思ったが幸いにも追いかけてくる気配はなかった。




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