家にあった人形
無月兄
家にあった人形
皆さんには怖い物ってありますか?
いくつになっても決して慣れることは無く、見ただけで恐怖を感じてしまう物。怖がり方に差は有れど、誰しも一つや二つくらいそういう怖い物というのは有りますよね。
私も例にもれず、昔からこれだけは怖いという物があります。それと言うのは、私の実家にあった着物の着付けの練習に使う人形です。
ピンとこないという人もいるとは思いますが、マネキンくらいの大きさがある大人の女性の日本人形を思い浮かべてくれれば結構です。
母が昔着物の着付けの先生をしていたためその人形はウチにあったそうなのですが、私にしてみればなんて迷惑な物があるんだと思わざるを得ませんでした。
その人形は無表情なくせに見ようによってはこっちを睨んでいるようにも見え、言いようのない不気味さがありました。
幼いころは何度コイツに追いかけられる夢を見ては両親に泣きついた事か。その度に「お前は本当に怖がりだな」と呆れられていましたが、どうやらその人形を不気味に思ったのは私だけでは無かったようです。
小学校に入った私は、ある日友達数人を家に呼びました。
私はさっそくその友達を二階にある自分の部屋に招き入れる事にしました。部屋に行くため友達を階段まで案内します。その途中、友達の一人がこう言いました。
「なんだか君の家って変わってるね」
私は最初この言葉の意味が分かりませんでした。実はわが家というのは増改築を繰り返した家で、作りが少々複雑だったのですが、私にとってはこれが普通。どこが変わっているのかがさっぱりわからずに首を傾げていました。
例え家を真上から見た時にL字状の形をしていたとしても、廊下に使われる事の無い謎のスイッチがあっても私にとってはそれが普通、何らおかしなところなど無いわけです。
それでも気を取り直して案内を続けます。周囲に窓も無く薄暗い、人一人がやっと通れるくらいの狭い階段を上った先にある自室に向かって進んでいく私達。
ですが階段の終わりが見えた時、後ろを歩いていた友達が一斉に叫びました。
「うわぁー!」
「おおっ!」
私は何事かと驚きましたが、友達はもっと驚いた様子で、階段の先を指さしました。
「ねえ、何なのあれは?」
指さした先にあったのはあの着付け人形。薄暗い階段を上った先、私の部屋のすぐ横にその人形は鎮座していたのです。他に置き場所が無いという理由でそこに置かれていたのですが、私にとっては大迷惑でした。だけど初めて見る友達にとってその衝撃はそれ以上だったのでしょう。
けれど友達のリアクションを見た私は、いくらなんでも驚きすぎじゃないかと思いました。
「何って人形だけど、どうしたの?」
「そんな事は分かってる。何でこんな人形があるんだって言ってるんだよ」
何でって言われても。この人形は苦手ではありますが有るのが当たり前だと思っていたので、聞かれでも上手く答えられません。
「もしかして、皆の家にはこんな人形は無いの?」
「「あるかー!!!」」
当時まだ小学一年生。一家に一体とまではいかなくても、どこの家にもこんな感じの人形は有っておかしくないと思っていました。ですがどうやらそれは私の思い違いだったようです。
(なるほど、皆の家にはこんな人形は無いのか……なんて羨ましい)
有るのが当たり前になっていても怖いという気持ちに変わりはありません。言うならば家にある人の顔の形をしたシミがどれだけ経っても気になってしまう、そんな感じです。そこにあるというのは認めても、気味の悪さというのはなかなか拭えないものなのです。
ですがそんな人形とも何とか共存生活は送れていて、とりあえずは平穏無事な毎日を過ごしていました。
ところがある日事件が起きたのです。その日私が小学校から帰ってくると、そこにあるはずの人形が無くなっていたのです。
まさか一人で歩いてどこかに行ってしまったわけではないでしょう。気になった私はすぐさま母に尋ねました。
「お母さんお母さん、人形が無いけどどうしたの?」
「ああ、あの人形ね。どうせもう使わないから処分したわ」
「処分って?」
「燃やしたの」
……燃やした?
いやいや、いったい何を言っているんだこの人は?あんな大きな人形、そうそう燃やせるわけが……いや待てよ。
当時我が家にはごみを燃やすための家庭用焼却炉があり、手足をバラバラにしてそこに放り込めば燃やすことは十分に可能。実際にそうしたのかは詳しく聞いていなかったので定かではありませんが、当時の私はそう信じていました。
「何で燃やしたりしたの?呪われたりしない?」
「お祓いすれば大丈夫よ」
「お祓い?お祓いしたの?」
「してないけど、何かあったらするから大丈夫」
いや、何かあってからじゃ遅いから、今すぐお祓いしよう。だけど母は暢気なものです。
「平気だって。長年大事にしてきたんだから人形も怒ったりしない。それにウチは寺の家系だよ、簡単に呪われたりしないって」
そう、実は母の実家は平安時代くらいから続く有所正しい寺。鉄壁のご加護があると言って母は何の心配もしていません。
そもそも産まれた時から自分の家に観音像やお墓、納骨堂にお地蔵さんがゴロゴロあった母にとって、少々気味の悪い人形を燃やしたくらい何でも無かったのです。
それでも私にとってはただ事ではありません。呪われるんじゃないかとビクビクしていました。そしてその日の夜……
眠っていた私はトイレに行きたくて目を覚まし、ベッドから起きて部屋を出ました。
部屋を出る際にいつも人形があった場所に目を向けましたが、もうそこには何もありません。今まであったものが無くなると、そこが妙に広く感じます。そんな事を思いながらトイレに行って用を足し終え、部屋へと戻って行きます。
狭くて薄暗い階段を一段一段上って部屋へと向かいます。この階段、電気の付きが非常に悪く、スイッチを入れても付くまでに数分は掛かるという役立たず使用。その為私は電気を付けようともせず、夜目を頼りに真っ暗な中を進んでいきました。
そして部屋の前まで来た時、私は足を止めました。いえ、正確には動くことが出来なかったのです。トイレに行く前には確かに無かった、もうそこにあるはずの無いそれが…あの人形が佇んでいたのです。
(何で……?)
目が釘付けになり、動くことができません。暫くそうしていると人形がスッと動き、こっちに迫ってきたのです。
(!!!!!)
私は驚きましたが、不思議と声を出す事が出来ません。人形は歩くのではなく床を滑るように、ただただ無表情のままこっちに向かってきます。
やっぱり人形は燃やされたことを怒っているんだ。だからこうして私の前に現れたのだと、恐怖しながら思いました。
距離を詰めてきた人形はそのまま私の上にのしかかってきます。人形の体は私が思っていたよりずっと重く、そのまま押しつぶされそうになります。
(やめて、君を燃やしたのはお母さんなのに!)
心の中でそう叫んだ瞬間、目の前が真っ暗になったのです。
気が付けば私はベッドで眠っていて、全身に嫌な汗をかいていました。
辺りを見ると自分の部屋。どうやらまだ夜中のようで、部屋の中は真っ暗です。心臓は未だ大きな鼓動を刻んでいて、脳裏には無表情の人形の姿が焼き付いて離れません。
目覚めてしまえばただの夢。しかし今にも部屋のドアからあの人形が入ってくるのではという恐怖にかられ、それからはなかなか寝付くことができませんでした。
翌日、この時見た夢の事を恨めし気に母に話しました。あんな夢を見たのはどう考えても母が人形を燃やしたせいです。ですが母は……
「そりゃあ人形が最後にお別れを言いに来たんだ。良かったね、アンタはよっぽど気に入られてたんだ」
ちっとも良くない。
この日以降も私は時々人形の夢を見ました。何度も見ているうちに「ああ、これは夢なんだな」と分かるようにもなりました。けれど人形嫌いが直ったかというとそう言うわけではありません。あれから十年以上の歳月が流れても、部屋へと続く階段を上ると人形の事を思い出しては嫌な気持ちになります。
笑いたければ笑ってください。私はいい年して人形が怖くてたまらないビビリです。ただ一つだけ、あの人形のおかげで良かった事がありました。いえ、良い事かどうかは微妙なんですけどね。
皆さんは心霊番組やお化け屋敷に行った時など、不気味な人形を目にする事はありますか?
テレビ番組ならそれを見たタレントが嫌な顔をし、お化け屋敷なら前を行くカップルがワーワー声をあげるような不気味な人形。それらを見た時私は決まって思うのです。
(こんな物よりウチにあった人形の方がよっぽど怖いな)
あの人形のせいで怖さのハードルが上がったのか、心霊的な意味で怖いと思う事はほぼなくなりました。
ホラー映画やホラー小説は楽しめますが、それは事件に巻き込まれた主人公達がこの後どうなるんだろうと言うハラハラ感を楽しむ物で、別段怖いと思ったりすることはほとんどありません。何故ならウチの人形より怖いものは無いから。
もしかしたらこれは、長年家に置いてもらっていた人形のささやかな恩返しなのかもしれません。何かに怖がる事無く、強くあってほしいとあの人形は願っていた……かどうかは定かではありませんが。
私は今でも人形の夢を見る事があります。果たしてあの人形は私に感謝していたのか、それとも燃やされたことを怨んでいたのか。それを確かめる術はどこにもありません。
家にあった人形 無月兄 @tukuyomimutuki
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