小鳥にも劣る私

 空を飛びたいだなんて、時折そのようなことを思うことがあります。別段鳥を眺めてそのようなことを思う訳ではなく、常日頃鳥に憧れているという訳ではありませんが、ふとした時にそのようなことを思います。例えば帰り道、昼と夜の狭間の時分、沈みゆく光に目をやられたりした時なんかにそんなことをふと思うのです。



 それはきっと、あの沈みゆく太陽は、私には到底たどり着くことの出来ないとても遠い所へ行ってしまうと、ほんの少しばかり羨ましく思うからかもしれません。つまるところ、私という人間はここではないどこかへ行ってしまいたいという考えを常に大事に持ち歩いていて、足を縛るだけの小汚い地面から離れ、より自由に、あの沈みゆく太陽をどこまでも追いかけてみたいと願っているからなのかもしれません。



 ですが、生憎私は鳥のような翼を持ち合わせてはいませんから、太陽を追いかけようにもこの地面を駆けて行くしかありません。しかし、だからといって人間の走る速さが太陽に勝る訳がありませんから、いつまでたっても追いつくことなど出来ず、暗い夜が私の走る速さを軽々と越えてやって来るのです。



 そんな夜の日に、私はどうすればここではないどこかへ行けるのかとやはり考えてしまって、その最たる手段として、死んでしまうという考えにたどり着きます。死んだあとの世界が果たして本当に実在するのかどうかは知りませんが、死の向こう側はまさしくここではないどこかに通じているような気がしてならなくて、だからこそ、死はより魅惑的な匂いを漂わせて私を包み込むのです。



 あるいは、死後の世界など存在せず、死というのは夢の無い永遠の眠りにつくことなのかもしれません。ならば、それはそれで私の望むところで、眠ることが最大の喜びである私は、一方で眠りにつくことが最も苦手なことで、死んでしまえば心地よく、悪夢に魘されることもなく永遠に眠り続けることが出来るのなら、やはり死んでしまいたいと思ってしまいます。



 ですが、死ぬことは苦しく痛いことでしょうから、出来る事ならば死を選び取りたくはありません。私はここではないどこかへと行きたいだけなのですから、死はどこまでも手段であって、死ぬことが目的ではないということを、忘れず片隅に置いておかなければならない。



 どうして神様は私に翼を与えてくれなかったのだろうか。翼があれば、こんな風に死にたいだなんて考えずに、この雄大な青空を、時折雨粒に叩かれながら、ひたすら風に乗って沈みゆく輝きを追いかけることが出来たであろうに。ここではないどこかへ、小汚い地面に縛られることなく優雅に旅路につくことが出来ただろうに。



 翼を持たぬ、小鳥にも劣る私のような人間は、私の頭上を越えて飛び行くそれを羨ましく眺めつつ、死についてあれこれと考えるよりは、私の背中に翼が無い理由を考えるくらいがちょうどいいのかもしれないと、そう思います。

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超短編集 青空奏佑 @kanau_aozora

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