第5話 もち米のガムラン(その1)

ついにこの日が来たか。ガムランは車を走らせながら考えていた。


兆候は今月の初めごろから掴んでいた。本国の協力者から国王の体調の悪化に伴い、王太弟派の部下がしばらく王宮に姿を見せなくなったとの報告があったのだ。

ガムランは引き続き協力者に出国記録を当たらせるとともに、プラムックの居場所が突き止められる可能性を考え、日本国内の協力者へセキュリティの高い住居への移動を依頼していた。


それがこんなに早く突き止められるとは。状況把握が甘かった。昔ながらの自分の甘さが忌々しい。若いころ父親に指摘されて以来、何も変わっていない。


ガムランの父親は王宮警備隊長を務めていた。出勤するときは私服だったが、制服姿の父親を見たくて、ガムランはよく小学校の帰りに王宮へ遊びに行った。

隊長である父親は、王宮の警備だけでなく王族や訪問に来る要人の警備プラン作成に忙しく滅多に会えなかったが、休憩中の部下たちがよく遊んでくれた。

小学校で「将来の夢」という作文の課題が出た時、ガムランは迷わず「王宮警護隊に入りたい」と書いた。


その夢をかなえるため、中学、高校ではムエイケン部に入った。ムエイケンはサマーティ王国の国技で、ボクシングに似た格闘技である。

中学から始めたガムランは高校では1年生にして全国トーナメントの団体戦レギュラーに選ばれた。上級生からのやっかみもあったが、実力と父親の地位もあり、誰も表立って異を唱える者はいなかった。


ガムランの高校は順調に地方大会を勝ち進み県大会へ出場した。その1回戦で、相手校は1人目にエースを投入し逃げ切る作戦に出た。1人目のガムランは相手校のエースに手も足も出ず完敗した。

初心者の時期以来の完敗にショックを受けるガムランに、チームメイトは、彼は中学で個人戦全国1位の選手だと言って慰めた。しかし同時にその選手が自分と同じ1年生だと知り、ますますガムランは落ち込んだ。


ガムランが2週経っても落ち込んでいるのを見て父親は言った。

「対戦相手に負けて、自分にも負けるのか。そんな甘い根性だから負けるんだ。」


それを聞いたガムランはいつまでも落ち込んではいなかった。その選手に勝つことを目標にして、がむしゃらに練習に取り組んだ。

その後、その選手とは練習試合も含めて6回対戦し、6回負けた。誰の目にも負けるたびに実力が近づいていることが明らかだった。そして7回目、これが終われば引退という大会で、ついにガムランはその選手に勝った。

その粘り強さを見た地元の新聞は「もち米のガムラン」と見出しをつけた。


ガムランは高校卒業後、試験に合格して王宮警備隊に入隊した。入ってみると、ガムランと同じく親族が警備隊員という同僚が多かった。

新人は2年間の研修があり、警備隊の訓練と警護の実務に加え、警備システムの座学もあり、心身ともにすり減らす日々が続いた。研修の過酷さから辞めていく人間が後を絶たず、研修が終わった後は新人が四分の一に減っていた。

ガムランは、その粘り強さで研修をやり遂げていた。


警備隊では親族を同じ隊には入れない規則があり、ガムランは父親が隊長を務める隊とは別の隊に配属された。

そしてガムランは順調にキャリアを重ねた。同僚の妹と結婚し、所属隊の副隊長となった。子供はできなかったが、家庭は円満だった。

ガムランは入隊した時と同じく、常に愚直に職務を遂行した。退職した父親が脳梗塞で倒れた時も持ち場を離れなかった。同僚は「やはりもち米のガムランだ」と、半ば呆れて囁いた。

父親の最期に立ち会えなかったことは辛かったが、それが任務だと思っていた。甘さは敗北の元だと思っていた。


ある日、ガムランが夜の当直へ出かけようとしたとき、具合が悪いと妻が訴えた。ガムランは「病院へ行け」と言い残して出かけた。家に帰ったとき妻は冷たくなっていた。

「それが任務だ」と言うこと自体が、考えることを放棄した甘さではなかったか?ガムランは自問した。

そしてガムランは警備隊を退職し、母親のいる実家へ帰った。贅沢をしなければ父親の年金で母子2人が十分食べていけた。

忙しさを言い訳に全く顧みなかった母親に、孝行できなかった父の分まで親孝行しようと思った。


そしてガムランが退職して5年が経った頃、ガムランが副長を務めていた隊の、退職したばかりの隊長が訪ねてきた。


元隊長は神妙な顔で言った。

「王太子殿下の息子を保護してほしい。」

はじめは何を言っているのか分からなかった。王太子殿下はまだ結婚していないはずだ。そこまで考えてガムランは一大事を察した。



知ってしまった以上、断ることはできない。隊長もガムランのそんな性格を知っていて頼みにきたのだろう。

「何をすればいいですか?」

ガムランは尋ねた。


2週間後、ガムランは母親と別れ、とある母子を連れて国を出た。子供はまだ1歳にも満たない。

ガムランは恐らく自分の母親に二度と会えないだろう。だがこれは任務ではない。不運な母子を政治利用させないために、誰かに無垢な母子を殺す罪を犯させないために、自分が考えて選んだことだ。

誰のせいにもできない。任務のせいにも。


それから11年が過ぎ、ガムランは再び決断を迫られることになった。

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辛くなければ美味しくない 和代内也 @namtab

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