第4話 辛くなければ美味しくない
プラムックの家は蔵人の家からさほど遠くなく、徒歩15分ほど離れた住宅地にあるアパートだった。
アパートから50メートルほど離れた、住宅地中の狭い交差点から塀越しにアパートの様子を伺うと、アパートのすぐそばにプラムックの言うように怪しい外国人が立っていた。すぐ近くに窓にスモークを張った黒いセダンが停まっている。
「近づけそうにないな」
「通行人のふりをして様子を見てきてよ、蔵人は顔を知られてないんだから。」
さっきはあんなに焦ってたくせに、プラムックはもうすっかり落ち着いている。
見た目のとおり10歳くらいの言動をするときもあれば、走ってる車のサイドブレーキを引いたり、妙に落ち着いていたり、ギャップが激しい。
「部屋は何階なんだ?窓越しに様子が見れるかも。」
「1階だよ、手前から2つめの部屋。」
「分かった、とりあえずその辺に隠れてな。」
通行人のふりをして蔵人が歩き出そうとすると、プラムックが袖を引っ張って塀の陰へ蔵人を引っ張った。
「待って!」
「どうしたんだよ。」
「あれ」
プラムックが指したアパートの方角を見ると、アパートから3人出てくるところだった。2人の男が1人の女性を挟むようにして連れている。いずれも外国人だ。
男たちはいずれもサングラスをしているため表情が読めないが、女性はかなり憔悴した様子だ。
「お母さん」
プラムックが声を押し殺すようにつぶやいた。
車のそばにいた男がドアを開けた。女性を連れていく気のようだ。まずい。
案の定、飛び出そうとしたプラムックを蔵人が掴まえた。
「離せ」
抗議しながらもプラムックは声を押し殺している。母親が連れていかれるところとはいえ、我を忘れてはいないようだ。
全員が乗り込み、車が蔵人たちとは反対の方向へ走り去るのを見届けて、蔵人はプラムックを離した。
自由になったプラムックは蔵人へ向き直ると、思い切り蔵人の脛を蹴った。
「痛って!何するんだ。」
「この人でなし!何でお母さんを助けてくれないんだよ。」
「あそこで出て行っても、2人とも捕まるのが関の山だ。それくらい分かるだろう。」
「騒いだら近所の人が出てきて、奴らお母さんを連れていくの諦めたかもしれないじゃないか。」
イザベル志葉の言葉がフラッシュバックした。
「お前はいつもそうだ。こうしたいと思いながら、本気で実行しない。自分に色んな言い訳をしながらな。」
蔵人はプラムックに言い返すことができなかった。そして急に頭の中に疑問が浮かび上がった。
まさか、家に帰ればプラムックがいるのをイザベル志葉は知ってたのか?
いくら会話が続かなかったからといっても「帰れ」と強引に帰されたのは不自然だ。
プラムックは蔵人が急に黙り込んだ理由を計りかねたのか、それ以上は蔵人を責めなかった。
「もういいから、ちょっと部屋の様子を見てきてよ。」
いったん考えるのをやめて、蔵人はプラムックのお願いを聞くことにした。
アパートに近づくと、もうどこにも外国人はいなかった。蔵人はプラムックを手招きして呼び寄せた。
「部屋の鍵持ってるか?」
「持ってないよ、いそいで窓から逃げたんだから。」
ダメ元で部屋のドアノブをゆっくり回すと、あっさりドアは開き、プラムックが蔵人の脇をすり抜けて部屋へ滑り込んだ。
「お、おい」
部屋の中に奴らの仲間がいたらどうするんだ。蔵人の心配をよそにプラムックの声が聞こえた。
「大丈夫、誰もいないよ。」
蔵人も入って靴を脱ぎながら、部屋を見渡した。どこにでもある普通の1Kのアパートだ。想像と違い、荒らされた様子などは見受けられない。
プラムックはとっくに靴を脱いで台所の引き出しを開けてゴソゴソやっている。
「ダメだ、携帯がなくなってる。」
部屋には四角いテーブルがあり、手を付けていない食事が乗っていた。3人分ある。そういえばプラムックは「お母さんたち」と言っていたな。あと一人は誰だ?
蔵人はプラムックに声を掛けた。
「お前とお母さんと、あと一人誰がいたんだ?」
「おじさんだよ。僕たちを世話してくれてるんだ。逃がしてくれた時は部屋にいたのに、どこ行ったんだろう。連れて行かれたのはお母さんだけだったし。」
おじさん?お父さんじゃないんだ。また謎が増えたぞ。
「それよりどうしよう。お母さんどこへ連れていかれたのか分からないし、連絡とる方法もないよ。」
プラムックがまた焦り始めたのが見えた。顔に出やすいのはやっぱり子供だ。
しかし、これからどうしたらいいのか、蔵人にも分からなかった。
普通なら警察へ届けるところだが、プラムックは不法滞在だと言っていたので迂闊に通報することもためらわれた。かといって、こんな複雑な話を相談できる知り合いもいない。
イザベル志葉を除いては。
彼女の言うことは蔵人にとってよく分からないことも多かったが、少なくともプラムックと出会うという予言は当たっていたし、もしかしたらプラムックと合流するように計らってくれたのかもしれない。考えすぎという可能性も捨てきれないが。
時計を見るとちょうど12時になるところだった。今朝イザベル志葉に会ってからまだ2時間しか経っていない。
「プラムック、相談できそうな知り合いがいる。一緒に行こう。」
念のため外に奴らの仲間がいないことを確認し、2人はアパートを出た。プラムックは黙って蔵人について来ている。
駅の方角へ2人で歩きはじめると、最初に蔵人たちが潜んでいた交差点の蔭から中年の外国人が姿を現した。さっきの男たちとは違い、サングラスをしていない。身長は180センチくらいでガッチリした体格だ。奴らの仲間か。
立ち止まって身構える蔵人の横でプラムックが呼んだ。
「ガムラン!」
男は蔵人を一瞥するとプラムックに話しかけた。日本語でも英語でもない、蔵人の知らない言葉だ。
ガムランと呼ばれた男とプラムックは1分ほど話すと、プラムックが蔵人に話しかけた。
「向こうに車があるから、とりあえず乗ろう。」
「この人、誰?」
「おじさんだよ、さっき話したろ?」
何の説明にもなっていないが、プラムックに促されて蔵人は歩いた。少し離れた場所に白いセダンが停まっている。
ガムランが先に運転席に乗り込み、プラムックが後部座席のドアを開ける。
「乗って」
3人が乗り込むと、また2人は外国語で話し始めた。
ガムランがコンビニの袋をプラムックに渡す。中から弁当を2つ取り出し、プラムックは蔵人に勧めた。
「2つあるよ、食べる?」
「1つはガムランとかいう人のじゃないのか?」
「ガムランは運転するから食べていいってさ。」
プラムックの言う通り、ガムランは車を出した。
「どこへ行くんだ?」
蔵人はプラムックに訊いたつもりだったが、驚いたことにガムランが日本語で答えた。プラムックほど流暢ではなく、ややカタコトだ。
「プラムック様とソム殿の靴にはGPSがついています。」
プラムック「様」?それに靴にGPSが仕込んであるって?ソム殿って、プラムックのお母さんのことか?
予想外の情報が一気に入ってきて、蔵人の頭は理解が追い付かなかった。
助けを求めるようにプラムックの方を見ると、プラムックはどこからともなく一味唐辛子を取り出して、海苔弁当へ大量に振りかけているところだった。
「入れすぎだろう。どこから出したんだ、唐辛子なんて。」
「辛くなければ美味しくないでしょ。唐辛子はいつも持ち歩いてるんだ。」
蔵人は呆れた。逃げるときに鍵は持たないのに唐辛子は持ってたっていうのか。
頭を冷やすために、まずは腹ごしらえでもしよう。
「もらうよ、それ。」
蔵人も海苔弁当を食べ始めた。
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