第3話 少年は西を目指す
蔵人は言い返すこともできず占いの館を出て、電車に乗って自宅のアパートへ向かった。時計を見ると午前11時だった。まだ昼前だったのか。半日も経ってないのに今日は色んなことが起きる。
イザベル志葉の辛辣な言葉が、まだ蔵人の心に突き刺さっていた。蔵人は今でこそフリーターだが、元々は内装デザイナーを目指してデザインの専門学校に通っていた。
授業は出ていたしサボっていたつもりはないが、真剣だったかというとそうでもない。授業以外では特に熱心に勉強するというわけでもなく、バイト以外では外で友達と飲み歩いたり、家ではテレビを見たりゲームをして過ごしていた。
案の定、成績は中の下といったところで、望んでいた内装デザインの会社にも就職できず、その後は半ばデザイナーになることは諦めて、フリーターを続けていた。
「俺には才能がなかったんだ、仕方がない。」
蔵人はそう思うことにしていた。そうでなければ今の自分を否定することになる。
アパートに着き、二階の蔵人の部屋へ向かって階段を上がろうとしたところで、階段の裏から小さな人影がひょっこりと現れた。
なんと、あの少年だ。どうやって車から逃げたんだ?そして何故ここにいる?
「おまえ、どうして・・・」
かろうじて蔵人が言葉を絞り出そうとすると、少年の方から声を掛けてきた。
「ぶつかったときに免許証落としたろ?ぼくが拾ったんだ。」
そう言って彼が差し出したのは、まさに蔵人のパスケースだった。落としたことに全く気付いていなかった。
蔵人はパスケースを受け取り、つづけざまに疑問をぶつけた。
「あいつら誰だ?何でさらわれた?どうやって逃げてきた?」
少年は最初の2つの質問を無視し、最後の問いにだけ答えた。
「後ろからトラックが走ってたから、交差点前でサイドブレーキを引いたんだ。トラックが追突してみんな慌ててる間に逃げてきた。」
蔵人はあきれた。何て無茶するんだ、どうみてもまだ小学生くらいだぞ。俺よりもよほど肝が据わってる。
「はじめは家に戻ってみたけど、奴らの仲間が見張ってて近づけなかった。」
少年は話をつづけた。
「今朝、朝ご飯を食べようとしてたら奴らが来て、お母さんがぼくを窓から逃がしたんだ。お母さんたちがどうなったか確かめなきゃ。でもぼく一人だとまた捕まるかもしれない。」
お母さんたち?他にも誰かいるのか?
「ちょっと待ってくれ、まずお前は誰なんだ?」
頭の中が疑問だらけだった。
少年は蔵人の質問を無視して、とんでもないことを言い出した。
「お兄ちゃんぼくを助けようとしてくれただろ、だから免許証の住所を見てここに来たんだ。お願い、お母さんがどうなったか見てきてよ。」
どう考えても、一介のフリーターの手におえる話じゃない。
「警察に通報した方がいいんじゃないか。」
「警察はだめだよ。ぼくの国へ連れていかれるかもしれない。そうなったらたぶん殺される。」
殺される?この子は一体何なんだ。
「殺されるってどういうことだ、それにあいつら一体何者だよ?」
「ぼくも良くは知らない。でもお母さんが、いつか誰かがぼくを攫いに来るかもしれないって、ずっと言ってた。連れていかれたら殺されるかもって。それに警察とも関わっちゃダメなんだ、ぼくは"ふほうたいざい"なんだって。」
「それより、お母さんがどうなったか見てきてくれるの?くれないの?」
母親がよほど心配なんだな。この歳では当然だろう。
そして蔵人はもういちど名前を聞いた。
「俺は蔵人。おまえ、名前は?どの国から来たんだ?」
「くらんど?変な名前。ぼくはプラムック。国籍はサマーティ王国だよ。日本で生まれたから行ったことないけど。」
確かミャンマーとタイの間にある小さな国だ。王国だったのか。
少年は蔵人のシャツの袖を掴み、じれったそうに繰り返した。
「とにかく一緒に来てよ、困ってるの分かるだろ。それとも、くらんどは人でなしなの?」
とにかく落ち着かせるためにも、まずは着いていくしかなさそうだ。
諦めて蔵人は言った。
「分かった、行くから落ち着け。まず家はどっちなんだ。」
「あっちだよ、早く。」
少年は西を指さすと、蔵人の袖を引っ張って歩き始めた。
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