第2話 所詮は他人事
目当てのファミレスまでは徒歩10くらいだ。アパートを出て3分も歩くと大通りに出る。出たところには信号も横断歩道もないので、右折して車道を左手にしばらく歩く。
煙草を取り出そうと蔵人がポケットを探ると、右側から少なくとも複数の走る足音が近づくのに気付いた。振り向くと既に先頭を走る影が目前に迫っていた。
「どいて!」
「うわっ!?」
声の意味を理解する間もなく、蔵人は横っ腹に強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。アスファルトに叩きつけられ、そのまま2回転ほど転がりようやく衝撃から解放される。
地面に這いつくばった蔵人が、頭の混乱が収まるまでの数秒を経て顔を上げると、ぶつかってきた相手と眼が合った。
少年だ。顔つきからするとおそらく外国人だろう。だが日本語で叫んでいる。
「はなせ!」
おそらく追ってきた相手と思われる2人の男たちに捕まり、じたばたと抵抗している。
「おい、何して・・・」
蔵人は立ち上がりながら叫ぼうとしたが、視界の外にいた3人目の男が蔵人の顔に蹴りを入れ、ふたたび蔵人は倒れた。
「痛ってえ・・」
蔵人が何とか立ち上がった時には、10メートルほど前方に停まっていた白いバンに少年が押しまれるところだった。ドアが閉められると同時にバンは発車し、蔵人とすれ違うように後方へ去った。
何が起きたのかしばらく理解できず数十秒ぼんやりしていたが、蔵人は突然我に返った。
誘拐事件だ!蔵人はスマートフォンを取り出し、110番通報した。
子供が車で連れ去られるところを見たと伝え、場所や車の色、走り去った方角を話した。車のナンバーを聞かれたが、蔵人は見ていなかった。相手は蔵人の氏名を聞き、ご協力感謝しますと言って電話を切った。
蔵人は近くの植え込みのヘリに座り、落ち着こうと煙草を吸った。顔を蹴られた時に唇が切れたらしく、かすかに血の味がした。
イザベル志葉の言葉を思い出していた。
「明日、お前は一人の少年に出会う。もし見過ごせば、お前は未来を掴み損ねる。」
確かに俺は少年に会った。見過ごしようもない状況だったが。結果として見過ごさなかったのだから、悪いことは起こらないかもしれない。
そこまで考えたところで、蔵人は急に既視感を覚えた。前にも俺は大した根拠もなく楽観的な判断をしたことがあるような気がする。その感覚に言いようのない不安を感じた。
イザベル志葉に会いに行こう。「何か聞きたければ、何かが起きてからまた来い。」と言っていた。今がその時だ。
「占いの館 新宿区役所通店」に着くと、昨日の金髪ギャルが受付にいた。イザベル志葉と話したいと伝えると、だるそうに「ご指名ですね、少々お待ちください」と番号札を渡された。昨日と違い、指名料を1,000円余分に取られた。
5分と待たずに金髪ギャルが現れ、事務的に蔵人を案内した。今日はリブラの間という部屋だ。ノックをすると昨日と同様に「入れ」と返事が返ってきた。
イザベル志葉はテーブルの向かい側に座っていた。昨日と全く同じ衣装を着ている。彼女、ここに住んでるんじゃないか?
「ようやく来たか、相変わらず優柔不断だな」
相変わらず言っていることが分からない。警察に通報した後、その足でここに来た。どこが優柔不断なんだ。しかし今は良く分からない発言に反論してる場合じゃない。
蔵人はついさっき起きた出来事を詳しく話した。
「あの少年があんたの言っていた少年なのか?俺にどういう関わりがある?助けられなかったけど見過ごした訳じゃないから、悪いことは起こらないんだよな?」
イザベル志葉の返事は意外なものだった。
「助けられなかったんじゃない、お前が本気で助けようとしなかっただけだ。」
イザベルは蔵人を責めるわけでもなく、ただ事実を述べているかのように淡々と言葉を続けた。
「やろうと思えばできた。車はまだ走り出したばかりだった。前に立ち塞がれば止められたかもしれない。無理だった?ただの言い訳だな。お前にとって所詮他人事だっただけだ。」
蔵人は言い返すことができなかった。確かに彼女の言うとおりだ。俺は体を張ってまで助けようとしていなかった。
「助けたいと思ったことに嘘はないだろう。お前はいつもそうだ。こうしたいと思いながら、本気で実行しない。自分に色んな言い訳をしながらな。」
これ以上は聞きたくなかった。彼女のいうことは正しいが、認めたくはない。
「だが、前回よりは少し進歩している。少なくともここへ相談に来たんだからな。まだ明日を掴むチャンスはある。お前にその気があるのならだが。」
イザベルの言うことを蔵人は理解できなかった。
「何の話だよ。前回ってどういうことだ。あんたに会ったのは昨日が初めてだろ?」
「ここで会うのは3回目だ。それ以外では少なくとも7回は会っている。覚えていないのも知っている。今はそれよりも、お前がこれからどうしたいかだ。」
返事もさっぱり要領を得なかったが、ひとまず蔵人は最後の言葉に返事を返した。
「どうしたいかって、もうどうしようも無いじゃないか。」
「話をすり替えるんじゃない。どうしたいかを聞いている。」
イザベルは蔵人のごまかしを容赦なく追及した。さっきと同じだ。所詮他人事とは言われたが、俺はあの少年を多少なりとも心配している。だが、同時にそれを話すことを恐れて言い訳をしようとしている。もし俺の知らないことを彼女が知っていて、俺に何かできることがあると聞いてしまったら、また面倒なことになる。
返事をすることができず、蔵人は黙り込んでしまった。
「もういい、話さないなら帰れ。」
沈黙の理由を見透かしたように、イザベルの言葉が蔵人を突き放した。
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