第2章

第14話 体育祭実行委員

 今は六月の上旬。

 先月末の各部活の地区大会での熱気など学校のどこをを探しても見あたらないくらいに日常が戻ってきていた。

 それは今週が『俺たちが高校生である』ということを思い出させる週であったことが原因かもしれない。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴る。

 教壇に立つ先生の指示で俺たちは机の上にある問題文の書かれた紙――テスト用紙を前に送り、全部回収できたことを担当の先生が確認してから俺たちは解放された。


「終わったか……」


 今まで俺たちがやっていたのは言うまでもないがテストだ。だけどそれは簡単なミニテストなどではない。成績に大いに関わってくる中間考査。

 ある人はトップを狙い、またある人は地獄を見るというこれまた弱肉強食の世界だ。

 だが、それもさっきやっていた数学のテストで中間考査の全日程が終了した。

 今この瞬間から一部の補習確定組を除いた生徒たちは自由の身。

 そのため先程まで張りつめていたクラス内の空気が一気に弛緩し、だれる者、眠る者、友達と話す者、トイレに駆け込む者、といったような様々な人間が姿を現す。


「おい蒼真ぁ~~~数学のテストどうだったぁ~~~」

「いきなり絡んでくるな、暑苦しいわ」


 俺の隣の席の龍也は絡んでくる奴のようだった。


「そういうこと言わずにさぁ~~~」

「あぁぁ、もうっ。普通だよ普通。いつも通り可もなく不可もなくって感じだっ」

「おぉぉ! なら俺と一緒じゃねぇか。俺もいつも通りだぜ」

「いや、サムズアップなんてするな。いつも通りのお前なら、それ補習コースだから」


 そして相変わらず残念な補習組のようだ。

 こいつは典型的なスポーツできて勉強できないタイプだ。

 どうして龍也がこの笠原高校に入れたのか、今でも俺の中ではたまに疑問に思ったりする。俺たちの通ってる笠原高校に入学するためにはそこそこの学力を必要とするからな。

 この疑問が出るたびに俺は毎回同じ仮説を立てる。

 それは『佐山がこの高校を受験したから龍也は合格できた』というものだ。

 中学の頃から佐山のことを少なからず思っていた龍也に恋愛パワーが働き、一時的な学力のアップが起こり、間違ってウチに入学できた。そして、同じ高校に入学できたことでその力は失われ、学力は元に戻り、結果として佐山を好きで勉強ができない大西龍也が完成した。

 検証しようがないが、まぁ龍也なんてこんなもんだろ。間違っても『中学時代は頭が良かった』なんてことはありえないはずだ。

 不可思議なことは不可思議な力――今回は『恋愛パワー』のせいにすればいい。


「どうしたんだよ、人の顔じろじろ見て」

「いいや、別に」


 恋愛といえば……龍也と佐山はあれから何かしらの進展はあったのだろうか?

 三年になって二ヶ月、俺は何も龍也からは聞いてないけど俺の知らないところでとかなら……まぁ、ないか。何かあったらすぐにわかりそうなものだ。そもそも三年にもなって今まで二人は部活で忙しかったら、恋愛なんて気にしてられなかったのかも。

 でも龍也は地区大会で残念ながら敗退しているから不幸中の幸いとしてプライベートに使える時間はできた。

 一方の佐山はまだ全道大会があるけど、それが終わったあたりくらいからは時間もとれるだろう。

 どちらにせよ時は満ちたと思う。

 俺は勝手に手伝うと決めたから龍也にハッパはかけるつもりだ。だけど矛盾するかもしれないがこれといって俺が何らかしらの場を無理やりセッティングするといったことはしないつもりだ。

 頼まれれば別だが、俺が勝手にそれをやったって意味はないだろう。

 俺が無理やりセッティングしたところで龍也がチキれば微妙な感じになって逆効果だ。

 こういうのは自分でやろうとするからこそ、後戻りできなくて成功する確率が上がるものだ。

 結局恋愛なんて野次馬がどうこう言ったところで本人にやる気が無きゃ何も成り立たないものだろうからな。まぁ、恋愛したことない奴が言っても説得力ないけどさ。


「なぁ、そろそろ――」

「そういや、最近は落ち着いてきたな」

「――って俺の話聞けよ」

「いや、なんか俺に不都合な話な気がしてな。こうビビッと来たわけよ」

「お前の頭には電波塔でもついてるのかよ……」


 龍也め……俺が佐山のこと話すのがわかったて言うのか。

 勘がいいのやら、佐山センサーの感度が鋭いのやら……。


「だから、お前の話は聞かない」

「あっそう、なら俺もお前の話聞かない」


 龍也が何言おうとしてるかはだいたいわかるから聞く必要はない。


「だったら俺は勝手に話すわ」

「なっ……なら俺だって話すぞ」

「なら俺は先行をいただく。それでだな、えっと……あ、そうそう、お前と生徒会長の熱愛疑惑だ!」


 龍也はそう言うと一気に最後まで言い切った。

 すると俺の近くにいる男子から発せられる空気が変化したように感じたのは気のせいと思いたいが、こうなってしまえば主導権は龍也にある。

 このネタが上がってから約一週間くらいと言ったところだが、彼らの中ではまだまだ新鮮なものなのか新しいネタが出てくるのを週刊誌の様に狙っている、ような気がする。

 チッ……こうなれば龍也を制御して穏便にこの時間を過ごすしかないわけだ。


「はぁ……だからそれはガセネタなんだから落ち着いてもらわなきゃ困る。俺と月詠はは単なる友達、これが真実。これ以外のことは全部虚言妄言、嘘デタラメなの」


 俺はあらぬ誤解を招かないように真実だけを口にした。

 このガセネタは先週の月曜に学校で龍也に聞かされたものだ。

 なんでも、俺と月詠が一緒に陸上の大会を見に行ったことはいつの間にか学校では周知の事実となっているようだった。

 俺が誰かに言うなんてそんな愚かなことはしてないし、月詠も言ってないだろう。だけど、あちこちで目撃されてたらそれは広まるってもので、情報社会の現在では一日もあれば十分だった。

 電車での移動中、競技の観戦中、食事中、色々なところで俺たちは目撃され、それが噂となり、一つの事実を形成した。

 それが『俺と月詠が付き合ってる』という俺も驚きの嘘まみれの事実だった。

 電車内では『気にしないから別にどうでもいい』と思っていた。軽い噂程度だろうと考えていた。

 だけどその認識がまずかった。月詠の存在を侮っていた。


 そんなもんだと思って学校に来てみると現実は違く、その虚実は大きく膨れ上がり、学校を支配しているかのようだった。

 廊下を歩いても教室にいても、不特定多数から受ける『例のあの人』的な視線を感じ、俺についてのひそひそ声が聞こえてきた。時折殺意めいたものを感じたが、それは気のせいということにしてあげた。たぶんフラれた男子のものだろうが、嘘だとしても、好きな女が誰かに取られるのは殺意も沸くだろう。まぁ、こっちとしてはいい迷惑だけど。

 流石に直接俺に訊いてくるような奴は俺の友好関係の浅さが幸いしてか龍也とか佐山くらいしかいなかったけど、こいつらのしつこさも筋金入りだった。

 有名人ってこんな感じなのかなぁ……、と現実逃避をしたものだ。まぁ、皮肉にもその時は笠原高校で有名人だったわけだが……。

 それが、大会が終わってから学校が始まっての最初の二日間。


 そして三日目も経つと段々と冷静になってくれたようで、噂は所詮噂として処理されていき俺の『月詠と付き合ってる説』は否定されていった。

 そもそもあんな奴が生徒会長と付き合えるわけがないっていうのが主な要因だ。

 後は龍也にとか佐山に頼んでそれとなく真実を流してもらったりもした。『俺は単なる月詠の友達だ』という真実を。

 まぁ、それが消えかけた火に油を注いだんだろう、学校に存在する男子の過激派は呪いの視線を送ってきた。

 それは『何であんな奴が生徒会長の友達なんだ?』というものらしいが、そんなこと言われたって俺にはどうしようもない。友達なものは友達だ。

 これに関しては否定する気はない。だって、これが真実だからな。


 そんなこんなで俺は地獄の一週間を過ごしたわけだがそれもテスト期間に入り、龍也も言った通り最近は落ち着いてきた。

 そういった意味ではちょうどいいところに中間考査がやって来たと言ってもいいかもしれない。


「でもその真実でも一部では炎上したってのは笑えるけどな」

「笑えないから」

「まぁその全部が男子からの単なる嫉妬って言うんだから、それはそれで面白いだろ?」

「まったく面白くないです」

「こうなっちまったもんは仕方ないんだからこの状況を楽しめよ、蒼真」

「あぁっ、もう、何なんださっきから。というかお前の方が楽しんでるんだろうが。だいたい、これはもう落ち着いてきたって話じゃなかったか?」

「そんなの学校全体で見れば落ち着いてきたさ。でも一部の男子ではそれそれはアッツアツなのよ。そしてグッツグツなの」

「なんだそれ」

「女子の嫉妬も深いと言うが男子の方も同じってわけだ。そこに陰湿さが無いだけで」

「はぁ……」

「まぁ何が言いたいかって言うと、気にするレベルは通り過ぎたってことだ。これ以上は『気にしすぎ』ってヤツよ」

「そう願うよ」


 龍也も龍也なりに俺を気遣ってるのかもしれない。


「くすす、でもやっぱり面白れぇわ。蒼真が女性関係でまいってるのわ」


 やっぱり楽しんでるだけかこいつ……ああ、もう俺も佐山のこと言いまくってやる。


「そういうおま――」


 ――キーンコーンカーンコーン。


 無慈悲に鳴り響くのは、次の授業の開始を告げる馴染みの音色。

 それと同時に岬先生が教室に入ってくる。


「そんじゃあな」

「龍也め……」


 なんだか、龍也の言いたい放題だったのがすげームカつく。

 マジで何かしらの復讐をしないとな……。

 ちなみに俺の連絡先を岬先生に教えた件の復讐はゴールデンウィーク最終日に食費があるのにおごってもらうという、俺得のことで終わらせた。


「まぁ、それは後で考えるとして……LHRか……」


 LHRなんてたいてい何かしら特別なことをやる時にある授業だ。

 例えば、委員会を決めたり、大掃除をしたり、何かしらの行事の話をしたり、と色々だ。

 だけど今日のLHRに限っては何をやるか大体見当がつく。

 特に今が六月ということ、そして来月が七月だということを考えれば簡単だ。

 日直の号令の後に授業は開始された。


「それじゃあ、成田と羽川よろしく」


 岬先生はそう言ってさっさと自分の定位置につく。

 呼ばれた二人は教壇に立った。

 それから羽川はその手に持っていたA3サイズのプリントを各列の先頭に配った。

 そして俺のところにもやってくる。内容を確認しても予想通りのものだった。


「見てもわかる通り今羽川くんが配ったのは今年の体育祭の原案です。基本的これに書いてある通りのことをやります。とりあえず十分程度時間を設けるので読んでください」


 そう言われてみんなして読み出した。

 俺もひねくれものじゃないのでその流れに従って同じことをする。


 笠原高校体育祭。

 開催日は七月の第一土曜日。

 開催場所は笠原高校の土のグラウンド。ウチの高校にあるもう一方の陸上専用の方は、芝の管理などの理由で使わない。

 やる競技は百メートル走や玉入れ、綱引きやリレーといった『これぞ体育祭』と言えるものばかりだ。

 保護者も観戦できるし、昼食を一緒に食べることもできる。なんとなく中学校の運動会を連想させるないようである。

 逆に中学校の運動会と違うところを探すとなると……短距離系ではわざわざスターティングブロックを使うことくらいか? あとは生徒数が多いこととか……まぁ、探したとしてもこんなもんだ。

 だとしても普通に盛り上がるし、いつもとは違う『祭り』なので大半の人は楽しみにしている。俺もその一人だ。


「だいたい読んだかしら?」


 成田のその声でみんなが顔を上げた。

 それを確認してからまた話し出す。


「読んでもらってわかる通り今年の体育祭も例年と同じだから戸惑うことは無いと思うわ。ということで来週の月曜日にあるLHRで参加する種目を決めるつもりだから、それまでに候補を決めておいてね」


 ウチの体育祭はどの種目に参加したいかはそれぞれの自由に選べ、その制限はほぼないと言ってもいい。あるとしても、個人競技に一回、団体競技に一回は強制参加だがその逆の上限は無いので理論上はすべての競技に参加可能だ。

 俺は運動が平均より少しできるくらいだから、個人団体ともに一種目だけでればそれでいい。沢山出てその分だけ恥をかくなんて勘弁願いたいからね。

 日本には適材適所という素晴らしい四字熟語があるわけだし、それに従って運動部の連中が目立てばいいのさ。


「説明はこれくらいにして、体育祭をやるにあたり決めることがあるわ」

「――っ!」


 成田がそういうと俺の中にあるセンサーが反応した。

 それは警告を告げるものだ。

 俺は瞬時に思考を巡らせその実態を追っていく。


 ――体育祭をやるにあたり決めることとは何だろうか?

 ――それは体育祭を開催するのに必要なモノを決めるということ。


 ――ではその必要なモノとは何だろうか?

 ――それは用具のことだろう。それが無ければできない種目もある。


 ――使う用具を普通クラスで決めるだろうか?

 ――いや、それは無いだろう。


 ――では用具以外では何だろうか?

 ――それは……人だ。参加する人間がいなければ意味がない。


 ――それは来週の月曜日に決めるはずだ。

 ――確かに……。


 ――では用具でも人でもない必要な何かとは?

 ――それは……。


 ――しかも今日決める必要があるものだ。 

 ――ああ、もうっ。


 ――答えにたどり着けたのかな?

 ――そうだよ。完璧にわかっちまったよ。


 俺は自問自答することでその答えにたどり着いた。

 いや、実際は成田がああ言った時にはすでに頭の中にはあった。

 でもやっぱり他の可能性も信じたくて自問自答してみたけど、結局はそこにたどり着いた。


「体育祭実行委員を決めます」


 はぁ……やっぱりな。

 見事に予想通りだよ。

 だけどまだ俺が任されると決まったわけじゃないから、悲観的になりすぎるのもよくないだろう。

 でもクラスの空気がな……。

 これはなかなか決まらなそうな案件なのにクラスには緊張する雰囲気がない。『自分に役目が押し付けられる可能性がない』と思ってるのだろう。

 きっと二か月前のボランティアを決める時のことで、俺たち『学事補助委員』の扱い方を理解してしまったのだろうな……ホント、気楽な奴らめ。


「やることは体育祭の運営です。こう言えば難しそうに聞こえますが、やることなんて当日の得点係や用具係など誰でもやれることです。だからやってくれる人はいますか?」


 そう言って成田は教室を見回してみるが、やりたがる人はいなさそうだった。


「はぁ……わかったわ。それじゃあ――」


 俺は期待の面持ちで机の上の一点を見つめていた。

 こんな時に成田と目が合えばそれこそ決定づけるような気がしたからな。

 だけど、


「――如月くんと小鳥遊さんにお願いしていいかしら」


 そんな願いはむなしく散り、当然のように押し付けられた。

 そこにはあの時に見えた申し訳なさとかは全くなく、これが当然の役割として見られているようだ。


「わかったよ」

「うん、いいよ」

「ありがとう二人とも」


 まぁいいさ。

 どうせいつものことだ。

 決めるべきことは決まったのか、今日の最後の授業が終わっていく。

 人間って二ヶ月くらい同じような扱いされれば自分も周りも慣れるってもんだな……怖いね。


 ※※※


 そして翌日の木曜日に早速実行委員会があるということで、俺と小鳥遊は放課後、特別棟にある生徒用の会議室的な教室に来ている。

 中には既に人が集まっておりいつでも始められる状態だ。ここには葵の姿もあり「クラスのみんなに押し付けられたんですよ~」と嘆いていた。葵はクラス内で人望があるのかもしれない。またはいじめられてる線だけど……姉が生徒会長だし、世渡りがうまそうな葵のことだからそれは無いだろう。

 そのまましばらく待っていると教室のドアが開きそこから月詠を先頭に生徒会の面々が入ってきた。その最後には岬先生だ。


 その時一瞬月詠と目が合ったが、慌ててすぐにそらされた気がする。

 本当にそうなら、そんなことをした理由なんて俺との噂のことを気にしてのことだろう。

 先月の観戦以来俺たちは話していない。

 それは別に意識してのことではなく、そもそもクラスが違うから話す機会なんてない。それに生徒会室に行く用事もなかった。

 だけどそろそろ一度何かしら話さないちどんどん話ずらくなっていく気がする。

 このまま話すことが無くなるとは……流石に思えないけど、万が一そうなったら普通に嫌だぞ。とりあえず、そろそろ何とかしないとな……。

 俺が今後の改善策を考えていると、月詠が教室の一番前に立っていた。すると教室内からさっきまで聞こえてきた話声が消えていった。


「皆さん集まってくれてありがとうございます。生徒会長の月詠です」


 月詠はそう言って丁寧に一礼した。


「これから体育祭実行委員会を始めます。まず初めに実行委員長を決めたいと思います。委員長にはこの委員会をまとめてもらうほか、本番でのあいさつなどをしてもらいたいと思ってます。議題提示なども自由です。ただ、今日は私たちで議題を持ってきましたのでそれを決めてください。また委員長が決まり次第副委員長も決めます。それでは……誰か実行委員長に立候補してくれませんか?」


 月詠はそう言ったが、誰からも手は挙がらない。

 この流れは身に覚えがありすぎて笑えて来る。


「学年は問いません。少し時間を設けますので考えてみてください」


 そう言われてみんなが隣同士で話し合ったり、他クラスと話したりしている。

 月詠は『学年は問わない』と言ったが、それでも選ばれる可能性が高いのは最上級生、つまり俺たち三年だろう。二年生もなくはないが、一年生はまずありえない。

 そのためか、一年生がいるゾーンからは焦りは感じられない。楽しい談笑が聞こえてくる。

 逆に一番焦っている三年生からは、やれ「お前がやれ」だの「お前は似合ってる」だのと楽しく人に押し付ける声が聞こえてきた。


「私はやりたくないかなぁ……如月くんは?」

「俺? そんなの小鳥遊ならわかってるだろ?」

「あはは……まぁだいたいはね。実行委員をやらされて、委員長、副委員長までもやらされるのは流石に嫌だよね」

「やっぱりわかってるじゃん。それにそういうトップってのはそれなりのスキルないとできないから、俺には無理だね。俺には部下的な立ち位置があってるんだよ」

「そうかな? 私は如月くんなら普通に委員長とかそういうのできると思うけどな?」

「そんなこと冗談でも言わないでくれ。そんなのが岬先生に聞こえたら……」

「あっ! ……ごめんね」

「いや、聞かれてないから大丈夫……と願いたい。まぁ、流石にトップまで俺に押し付けてくることは無いだろうし、この場は誰かが立候補してくれるのいつまでも俺は待つつもり」

「それがいいね」

「そういう小鳥遊はどうなんだよ」

「無理無理。流石に委員長とかはできないよ」


 約十分くらい経ったぐらいで月詠が前で話し出した。


「誰かやってくれる人はいますか?」


 月詠は辺りを見回すかのように顔を動かす。


「あっ」

「? どうしたの如月くん?」

「あ、あぁ、なんでもない」

「……?」


 いかんいかん思わず声が出てしまった。

 また月詠と目が合ったと思ったらまたもや目を逸らされたのだ。

 これで二回目だしさっきのも俺の思い込みじゃなかったということか。

 ということは月詠も気にしていたということか……?

 ……ちょっと意外かも。彼女ならこのくらいどうって来ないって感じで受け流してもおかしくなさそうなものだけど……。

 まぁ、俺も月詠のすべてを知ってるわけじゃないし、そう言った噂を気にすることもあるだろうさ。

 

「誰もいないようなら僕がやりますよ」


 と、俺が考え事をしていると立候補者が現れた。

 声がした方を向くとそこには細身の眼鏡くんが手を挙げていた。

 彼の第一印象は『すごく真面目そうだ』だ。

 言ってしまえば月詠よりも堅苦しそうで、どっちかって言うと文化系だろう。

 彼からあふれる真面目オーラから読み取ると、今回の実行委員になったのも誰もいなかったからかもしれない。

 とりあえず、左手で物理の教科書とか抱えて廊下を歩いている姿が似合ってる。


「ありがとう、あなたは……」

「僕は三年E組の正岡兼継まさおかかねつぐです」


 名前からも漂う真面目臭がすごいな……。


「じゃあ正岡くん委員長をお願いします」

「はい」


 そう言われた正岡は月詠が立っている場所に移動した。それと同時に月詠が他の生徒会メンバ―がいたところに下がった。


「はじめまして、体育祭実行委員長になりました三年E組の正岡兼継です。よろしくお願いします」


 教室内からは拍手が起こった。


「それでは次に副委員長を決めたいと思いますが、これも立候補者を募ります。誰かいますか?」


 正岡も同じようにそう言ったがこれまた手は挙がらなかった。

 そりゃみんな委員長をやりたくなかったんだから、同じような副委員長なんてやりたくないだろうさ。

 それに、正岡を見ていたら副委員長なんていらないんじゃないかと思えてくるし……どうしてあいつはクラス委員じゃないんだ? もしかして、同じような奴がゴロゴロいるクラスなのだろうか。それなら先生方よ、クラス替えへたくそすぎだ。


「それじゃあ私がやるわ」


 今度はすぐに手が上がった。

 声がした方を見てみると、その場所は正岡が座っていた席の隣、つまり正岡と同じクラス。

 その彼女の印象も真面目そのものだった。

 ……マジで真面目君しかいないクラスなんじゃねーのか?


「他にはいませんか? ……では、種田東花たねだとうかさんお願いします」


 そう言われた種田は正岡の隣に行った。

 二人並ぶと彼らがそこにいるのが当然と思えてくる。

 ウチのクラスの成田と羽川もそうだったが、彼らはそれ以上に様になっている。


「正岡くんと同じクラスの種田東花です。よろしくお願いします」


 種田がそう言うとまたもや拍手が起こった。

 それがやむと正岡が話し始めた。


「それでは実行委員会を進めていきたいと思います。まずは、本番の係を決めておきたいと思います。必要な係は二つ。順位における得点を記録する得点係、競技で使う用具を準備する用具係です。これから五分間時間を取りますのでその間に考えてください。五分後希望を訊きます」


 そうして俺たちのシンキングタイムが始まった。


「如月くんは何にするの?」

「そんなの用具係だろ」

「そうなの? ちょっと以外かも……楽そうなのは得点係だからそっちにすると思ってた」

「いや、得点係って大変だろ。アレって競技中ずっとやってなきゃいけないだろ? でも、用具係なら始まりと終わりだけ頑張ればいいのばっかだし」

「そっか……確かにそうだね。それなら私も用具係にする」

「いや、別に合わせなくても……」

「話せる人がいる方がいいからいいの」

「そうすか」


 まぁ、どれを選ぼうと小鳥遊の自由だし、俺も話し相手がいる方がいい。

 そう意味では小鳥遊の選択は素直に嬉しかったりする。


「五分経ちましたので訊いていきます」


 正岡がそう言い、必要数が少ない得点係の希望者に挙手してもらったところ、ちょうど必要数だったのでその流れで用具係も決まった。

 二つの係での打ち合わせは来週の金曜日に行われることになった。来週の水曜日にも委員会はあるようだが、その時は来週の月曜日に決まった出場種目それぞれの対戦表を作る予定らしい。……割と忙しいな。

 そして、これで終わりかと思われたがまだ案件は残っていた。


「そして、もう一つ生徒会からありまして『何か体育祭に追加したいものはないか』ということらしいのでそれについて話し合いたいと思います。とりあえず今から二十分程度時間を取りますので、何でもいいのでクラスで一つ案を考えてここにある紙に書いて出してください」


 俺たちにメモ用紙程度の紙が配れた。

 こうしてまたもや始まったシンキングタイムが始まったわけだが、今回ばかりはみんなが困惑していた。

 いきなり何かを提案白という命令、しかもその要望はかなりざっくりしている内容。

 困惑するのも無理はない。

 というかこれって、月詠が言い出しそうなことじゃないよな、それに他の生徒会メンバーも……となると黒幕はあの人ですか……確かにあの人なら「最近の体育祭は退屈だから何か変えろ」ぐらいは言いそうだな。

 俺はその人物――岬先生の方にチラッと目を向けると、相変わらず目を閉じていた。寝てるんだか寝てないんだかよくわからん。

 とりあえず今は何か考えないと……俺たちが白紙だとあの人に何言われるか、そして何が起こるかマジでわからない。


「何がいいと思う?」


 俺もこれと言ったものは思い浮かんでこないのでとりあえず小鳥遊に訊いてみた。


「う~ん……そう言われてもって感じだよ。そんなこと考えたこともなかったからさ」


 だけど小鳥遊も似たようなものだった。

 確かに毎年同じのをやるよりは変化をつけた方が面白いだろう。だけどウチって結構基本の種目は抑えてるから、選んでくるとしたらそれ以外、つまり奇抜なヤツを選ぶ必要がある。

 だけどそんなヤツは俺はやりたくない。

 仮に俺が奇抜なのを書いて採用された目も当てられない。

 まぁ、そうなれば全力で回避しようとするけど、それはここにいる岬先生に「提案しておいてやらないとはいい度胸だな?」とか言われて無理やり参加させられそうだ。

 となるとめちゃくちゃ無難なヤツ、例えば八百メートル走とか書けばいいかな……?


「別に競技に限らなくてもいいんじゃないかな?」

「競技に限らない……?」


 その言葉は寝耳に水だった。

 俺は『追加する』という言葉は『競技』に当てはまるものだと思い込んでいたけど、別に『競技を追加』とは言われないからそれ以外でもいいのか……。

 なんとなく屁理屈くさいけどまあいいだろう。

 どうせ、これを提案しただろう岬先生は面白くなれば別にどうでもいいんだろうからな。

 でも、だとすると何が当てはまるんだろうか?


「うん、ルールを変えるとかでもいいと思うよ」

「なるほどね」


 確かにそれなら『追加』したことにはなるか。


「だとすると……百メートルでフライング一回で失格とか?」

「それって面白くなる……?」

「いいや、言ってみただけだから忘れてくれ。そういう小鳥遊はなんかないのか?」

「私? えっとね…………ゴールとかで判定がギリギリなものは写真判定とか?」

「それって『ルール』ってよりは『制度』じゃね?」

「ううぅ、全然思いつかないんだから仕方ないじゃん。如月くんの意地悪……」

「別にそんなつもりじゃなくてだな……でも、制度か……」


 何かよさげなのが思い付いたかも……。


「……? 何かいいの思い付いた?」

「ま、まぁ? 面白くなるかは知らないけど、やる気は出ると思う」

「どんなの?」

「えっと――」


 とりあえず俺は小鳥遊に説明すると思いの外いい案だったのかかなりの賛同を得られた。

 というわけで俺の案とクラス名を貰った紙に書き、時間になると副委員長の種田が回収に来たので渡した。

 それからは回収された紙に書かれた内容についての話し合いが始まった。

 だけどそのほとんどが没だ。

 多くあったのが『パン喰い競争』だけど、これは経費というよりは衛生面で没だ。袋に入っていても万が一何かがあれば問題だからだろう。

 次に多かったのが『人間ピラミッド』だが、これは安全上の理由で没。まぁ、これは大けがにつながるし、仮にそうなればPTAとか教育委員会とか、最悪マスコミまで出てくるから学校側としたら是非ともやらないでもらいたいだろう。

 面白いのとしては『短距離走ではタイムを計る』というものがあったけど、『速報タイムが出なきゃつまらない』という理由で却下された。

 そして今残ってるのは『運命走の内容を増やす』、『委員会対抗リレーを追加』と言ったものだ。

 ちなみに俺のはまだ出てきていない。


「それでこれが最後ですが……『各学年でMVPを決める』です。これは三年B組の意見です。ではB組の方理由を教えてください」

「あ、はい。まぁただ何かしらの賞があればやる気が出るかなと思いまして。後少しばかりの賞与もあればなおよいかと」

「なるほど……賞与の方は学校側と相談する必要があるでしょう。それでその選定方法はどうするんですか?」

「それは一番多くのポイントを獲得した人とか、一番印象に残った人でいいんじゃないかと」


 体育祭は各順位で決められたポイントが入る。それを集めて一番多いクラスが総合優勝するようになっている。

 つまりこじんの獲得ポイントを見ればその人の貢献度がわかるのでMVPも決めやすいはずだ。


「ポイントはわかりますが、印象とは?」

「あー、それは単に体育祭を盛り上げた人ですよ。それなら、運動苦手でも少しはモチベーション上がる人もいるはずでしょ?」

「確かにそうかもしれませんね……でも、それは数値で測れないのでは?」

「まぁ、それこそそこは『印象』に残った人ってことで」

「なるほど……どうですかみなさん。今の意見について何かありますか?」


 教室は静まり返っている。

 誰からも意見が出ない。

 こういう場合、沈黙は肯定と同義だ。


「では今の案も採用にします。ということで『運命走の内容を増やす』、『委員会対抗リレーを追加』、『各学年でMVPを決める』を採用しますがいいですか?」


 今度は教室中から拍手が上がった。


「わかりました。生徒会長、これで今日は終わりでいいですか?」

「ええ、いいですよ。ただ、今決まったことは一度職員会議にかける必要があるので本当に採用できるかは来週の水曜日にはわかります。それだけは覚えておいてください。しかし、ほぼ決まると思っていていいでしょう」


 確かにこれが岬先生の提案なら無理にでも通すだろうからほぼ確定だ。


「わかりました。では来週の水曜日に今日と同じ時間でまたここに集合してください。一応追加するかもしれない内容はクラスで発表しておいてください。それではお疲れ様でした」


 こうして最初の体育祭実行委員会は無事に終了した。

 その後、小鳥遊はこれから来週の全道大会に向けた練習のために更衣室へ、俺は何も無いので帰宅することにした。

 俺は月詠と話しておこうかとも思ったけど、委員会が終わった後すぐに見当たらなくなったし、今の俺じゃ何かしらきっかけがないと無理だったためそれは諦めた。

 まぁ、多分そろそろそんな機会もありそうだよな……。

 俺はそんな予感を抱きながら帰路を一人で歩いて行った。

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学事補助委員の俺 藤航希 @koki3107

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