No objection! 〜 異議なし!

仲咲香里

No objection! 〜 異議なし!

 私、黒川くろかわ愛梨あいりには、大好きな彼がいます!

 付き合ってもうすぐ二年になる彼の名前は、灰谷はいたにまことくん。

 私と同じ、高校二年生。

 クラスも同じ。


 私よりちょっと背が高くて、自称、帰宅部エース。

 顔はたぶん、中の上。友だちは上の下って言ってくれるけど、私の中では中の上。


 ブレザーよりも、学ランの方が似合うタイプ。

 って言うと、分かり易いかな?

 でも、うちの制服はブレザーだから、彼はそれなりに着こなしてる。


 まあ、そのまことくんと私は今、付き合い始めてから、最大のピンチを迎えている。

 これはきっと、神様に与えられた試練だと思うの。


 ピンチはチャンス!

 このピンチを乗り越えれば、きっと最高の二周年を迎えられるはず。


 だから、今日のうちに、絶対に白黒……ううん、黒白はっきりさせるんだから!



 その闘いの場は、ここ、『カフェ ル プランタン』。

 気の利く店員と、店長手作りのケーキが美味しいと、最近、クラスの女子の間で話題になってるカフェ。

 いつも行列が出来てて、なかなか入ることができない、そのカフェに、日曜日の今日、開店前から並んで、やっと入ることができた。


 しかも、ここの店員さんは、気が効くだけじゃなくって、ちょーイケメンって噂。

 でも私は、目の前の彼のことが大好き!

 だから店員さんには、全然興味ない。



 私と誠くんがメニューを決めて、店員さんを呼ぼうと思ったその時、


「ご注文はお決まりでしょうか」


 絶妙なタイミングで、王子様が来た。


『さあ、愛梨姫、僕の白馬で行きましょう』


 と、いきなり言われても、すんなり受け入れてしまいそうな雰囲気を持つ、優しい笑顔が印象的な男の人。

 でも、今の私は姫というより、どちらかと言うと、姫を救い出す騎士ナイトの気分だから、見惚れたりなんてしない。


 王子……いや、その店員さんに注文を終えると、私は、彼の顔を真っ直ぐ見る。



「誠くん、心愛ここあと浮気したでしょ?」

「えっ? 浮気なんてしてないよ」


 いきなり核心に触れると、彼が一瞬、驚いた表情で私を見た。


「だって昨日、心愛ここあとデートしてるところ見たって、友だちから逐一ライン来てたんだよ。私、誠くんのこと信じてるから、本当のこと教えて!」



 心愛ここあっていうのは、私の小学校からの大親友、白岩しろいわ心愛ここあのこと。

 名前は、黒と白で正反対なのに、初めて会った時から、性格とか、好きな物とか、ちょっとした癖まで、何もかもがぴったり同じで、まるで双子みたいってよく言われる。

 本当に気の置けない仲なの。


 だから、私が誠くんに片想いしてたことも、もちろん心愛ここあには話してたし、告白するよって背中を押してくれたのも、心愛ここあだった。


 あ、そう言えば、今、心愛ここあには彼氏がいなくて、好きな人はいるけど、恥ずかしいから、まだ教えられないって言ってた。

 あの時の心愛ここあの顔、すごく可愛かったなぁ。


 って、それはまあ、こっちに置いといて。


 とにかく、その心愛ここあと誠くんが浮気なんて、何かの間違いだって信じたい!



「ああ、昨日の……。あれは、デートじゃないし、浮気でもないよ」

 誠くんが、真剣な顔で私に申し開く。


 その顔、好き。


 とか、思ってる場合じゃない!

 今、二人でいたことは認めたよね?



「だって、今すごい人気のパスタのお店で、二人で美味しそうに食べてるところ見たって、聞いたんだけど」


「確かに行ったけど、俺、心愛ここあが食べてるとこ見てただけだし」


「えっ、そうなの?」


「そうそう。心愛ここあが、愛梨はミートソースよりトマトソース派だって言うから、心愛ここあが味見してみるって言って。だから一緒には食ってない」


「そっかー、なるほど!」


 確かに私、和食の次にイタリアンが好きだしね。

 心愛ここあってば、やっぱり私のこと良く分かってる!



「じゃあ、一緒に映画観に行ってたっていうのは?」


「それは、愛梨は恋愛系より、アクション派だって心愛ここあが言うから、一応、面白いかどうか観てみるって。心愛ここあが観てる横で、俺、寝てただけだし。だから、一緒には観てない」


「そっか、なるほどねー」


 確かに、映画観るなら、派手なアクションとかでスカッとできる方が好きだけど。

 誠くんの寝顔、心愛ここあに見られたかもっていうのが、ちょっと気になるかも。

 でも、それを除けば、さすが心愛ここあ、私の趣味も把握済み!



「じゃあ、じゃあ! 手を繋いで歩いてたっていうのは? これは流石にアウトでしょ!」


「いやそれは、愛梨は、手を繋ぐなら右手より左手派だって心愛ここあが言うから、俺、慣れなくて練習しただけで。しかも、恋人繋ぎじゃなくて、普通に繋いでただけだし」


「そ、そっか……」


 確かに、靴を履くのは右足からだし、お風呂で一番に洗うのは頭っていうのも、心愛ここあと一緒。

 ……今、これっぽっちも関係ないけど。



「ま、まあ、それは百歩譲って許したとしても、その後で、海浜公園の夜景見に行く必要はないんじゃない?」


「だからそれは、最後にキスするなら……ゴホゴホッ。と、とにかく俺は、行き交う人々を見てただけで、夜景は見てないから!」


 急にアーティスト! 素敵!



「でもね、そもそも、二人きりで出掛けること自体が……」


「全部、愛梨の為だよ」


「えっ?」


「愛梨と心愛ここあって、双子かって位、趣味嗜好が似てんじゃん。名前もぱっと見似てるし」


「う、ん……」


「だから、心愛ここあが喜ぶことなら、愛梨も喜ぶかなって思って、実践しながら相談に乗ってもらってて……って、あーっ! ホントはこれ、付き合って二年目のサプライズデートのプランだったのに!」


「えっ、そうだったんだっ?」


「そうだよ。俺、愛梨の喜ぶ顔見たくて、いつも心愛ここあに相談してからデート誘ってたから……って、何これ、俺、今、すげー恥ずかしいんだけど……」


 そう言って、彼が、顔を隠しながらそっぽを向く。


「私とのデートの前に、いつも心愛ここあと、予行演習してくれてたの?」


「うん……」


 真っ赤になって頷く誠を見て、愛梨の胸が、きゅんと甘くときめく。



「それに俺、心愛ここあと一緒でも、全然楽しくなかったし」

「そっか……。って、えっ、待って。楽しく、なかったの……?」

「うん、全然」

「それじゃ、私と同じとこ行っても……」


「でも、心愛ここあはすごい楽しかったって言ってたから、愛梨も絶対楽しいじゃん? 俺も、愛梨と一緒なら、どこに行っても、何してても楽しいし」


「ホントに?」


「うん。今まで、俺とのデートで楽しくないことって、愛梨はあった? 俺はないけど」


「私もないよ!」


「そうだろ?」


「ごめんなさい、私、誠くんが心愛ここあと浮気してるかもなんて疑って」


「もう、いいよ。俺が好きなのは、愛梨だけだから」


「私も大好き、誠くん……」


 彼が、テーブルの上に置かれた私の手に、そっと自分の手を重ねる。

 彼の熱い視線に、私の胸が、ドキンと高鳴る。



 えっ、待って。こんな場所で、何するつもりっ?


 だって私たち、キスもまだなのにっ!



「失礼します。お客様、コーヒーのお替わりはいかがですか?」

 焦る私の心を読んだかのように、また、絶妙なタイミングで王子が現れた。


 私は、思わず手を引っ込める。



「あっ、じゃ、じゃあ、お願いします!」


「ブラックコーヒーでよろしいですか?」


「え? はい……」


 王子が、にこにこ顔で繰り返す。


「ブラック、ですね」



 妙に良い英語の発音で、丁寧過ぎるほどにブラックを繰り返す王子に、私はそこに、何か意図があるのかと疑ってしまう。


 何? 何かを示唆しているの?


 そりゃ、私の名前は黒川だけど……。

 えっ、もしかして王子、遠回しに私のこと口説いてる!?



 そう気付いた私が、ちらりと誠くんのことを見ると、誠くんも胡散臭そうに王子のことを見ている。



 何とか、最大のピンチを切り抜けたのに、また私と誠くんに、新たな壁が立ちはだかるの!?


 恋に障害は付きものだっていうけれど、神様、私たちに試練ばかり与えないで下さい。

 私は、誠くんが好きなんです。

 誠くんも、私のことが好き。

 心愛ここあは、私の大親友。

 私はただ、それを信じればいい。


 大きな闘いを終えた今、そこに、疑う余地なんて微塵もない。



 でも。

 今度は目の前で、二人の王子が私のことを取り合ってる……。


 無事、騎士ナイトの役目を終えた私は今、身も心も、まさに姫の気分。

 ああ、罪作りな愛梨姫……。



 自分の世界に酔いしれる愛梨の、彼と親友は、

 黒? 白? それとも、グレー?

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