天敵・オジュウチョウサン

 夢子ゆめこWINSウインズに行ったらしい。本場ほんじょうにしか行かない夢子にしては珍しいが、あののを観たいという動機であることは瞬時にわかった。


 七夕。

 福島競馬第9レース、開成山特別かいせいざんとくべつ、芝2600メートル。

 オジュウチョウサン、鞍上武豊あんじょうたけゆたか--。

 結果は、競馬ファンならご存知の通り。

 夢子は、ウインズでも歓声が上がっていたことを、トウジに伝えた。

 いくらスポーツとしての競馬に興味がないトウジでも、ウェブやスポーツ新聞を通して、オジュウチョウサンが平地ひらちのレースに出走することは知っていた。

 は夢子に口が裂けても言えなかった。

 

 トウジは障害レースに大金を投じないと決めている。落馬というがつねに付きまとう障害レースに大金を投じられるはずがない。

 しかしトウジの知り合いには、という人間もいる。障害レースや新馬戦しんばせんというが色濃い分野で馬券を当て、カネを稼いでいる人間をトウジは知っている。トウジには、障害レースや新馬戦の馬券を狙って当てられる才能は、ない。


『わたし、思ったよ、中山グランドジャンプがゴールしたあとで、、って。だったでしょ? 落馬が一頭もなくて、レコードで、オジュウチョウサンはあんなにぶっちぎって--。

 皐月賞が終わった中山競馬場からの帰り道で、夢子はトウジにこう言った。

 トウジはその日、しこたま負けて、もちろん皐月賞も外していて、土曜の競馬のことなど思い返す気力もなかった。西船橋駅までの道のりがステイヤーズステークスのように長かった。

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『ディープインパクトの手のひらのなかで(仮)』 ばふちん @bakhtin1988

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