「石橋脩や水口優也を追いかけるのは結構、だが······」

 夢子は石橋脩いしばししゅうが好きなようだ。石橋脩のほうが年上なのに、しゅうくんしゅうくんと言って応援している。それで、ダービーのコズミックフォースの複勝ふくしょうも当てたらしい。

 騎手の追っかけみたいなことをしていて、大穴馬券にありつけるのならば世話がない。しかし夢子は、オルフェーヴルが惨敗した天皇賞・春で、石橋脩が乗っているからという理由で、ビートブラックの単勝と複勝を買って的中させたと言い張っている。夢子は収支しゅうしにまったくこだわらない。馬券は基本小銭買い。応援している騎手や馬が勝ったら、たとえ単勝元返しであっても、とても嬉しいことに変わりはない。


 帰りの総武線車内でも、トウジの怒りは収まらなかった。

 ラジオNIKKEI賞で一番人気だったのは、石橋脩が乗るフィエールマンだった。

 トウジはフィエールマン一着固定いっちゃくこていで馬券を買っていた。フィエールマンが勝っていたら、馬券は当たっていた。

 ところが、フィエールマンは4コーナーでもまだ最後方さいこうほうで、福島競馬場の短い直線を猛然と追い込んだものの、メイショウテッコンを捉えきれず2着に敗れてしまったのだ。

 トウジは石橋脩の騎乗に納得できなかった。もっと早くに追い上げていかなければ、福島の短い直線で先行する馬を差し切ることはできない。フィエールマンはあしあました。もったいない競馬になってしまった。不完全燃焼で、石橋脩が仕掛しかけのタイミングをいっしていなかったら、一着だった。


 やれイケメンジョッキーだと騒ぐのは勝手だ。石橋脩のお手馬てうまであるラッキーライラックに、というがいなければ、オルフェーヴル産駒さんくの強い牝馬ひんばとイケメン騎手のコンビということで、もっとチヤホヤされていたのかもしれない。

 だが、桜花賞とオークスを両方ともアーモンドアイ一着固定で当てたトウジにはそんなの関係ない。フィエールマンにしても、今回の下手乗へたのりで石橋脩が降ろされ、もっと上手い騎手に乗り代わったら、期待値きたいちが上がるだろう、というだけだ。


「ラジオNIKKEI賞の石橋脩、観たか? 4コーナーで置き去りにされていたぞ」

 トウジは甘味処かんみどころでアンミツを食べている。目の前には夢子。どうせフジテレビの3時からの中継しか観ていないのだろう。グリーンチャンネルにも入っていなかったはずだ。オンシーズンになったら、馬券を買わずに東京競馬場と中山競馬場に入り浸ってお馬さんと戯れる夢子は、ある意味では現場派である。

 それはそうと、ストレスが溜まったので、アンミツをお代わりしてしまった。

「トウジくん、1って言ってたじゃん」

「たしかにおれはそう言った。メインレースだからといって、レートを上げたりはしない。しかしそれでも、いちばん強い馬で4コーナーで置き去りにされる無様ぶざまな石橋脩を思い出すと腹が立ってくる」

「人のせいにするのはよくないよ」

「おれたちは大事なカネを預けてるんだぞ!?」

「お金を預けるって······、馬や騎手は銀行じゃないよ」

 言い返せず、アンミツを食う手がピタリと止まってしまった。

「CBC賞はどうだったの」

「デムーロ本命で外したよ。武豊がああいう競馬で負けるのだけ予想通りだった。そのあと中京と福島の最終レースで少し取り返したけど、財布の中身は減っていた」

「わたしは水口みずぐちくんに勝ってほしかったな」

「おまえセカンドテーブルの追っかけだったのか」

「だって水口くんまだ重賞勝ってないじゃん。去年のCBC賞も惜しかったけど、今年だってCBC賞が1000メートルだったら勝ってたかもしれないのに」

「ほざけ」

「重賞をまだ勝っていないジョッキーや、G1ジーワンをまだ勝っていないジョッキーにチャンスが巡ってくると、応援しちゃうんだよ、わたしは。テイエムジンソクとフルキチさんのコンビも好きなの」

「フルキチはアインブライドで20年以上前にG1勝ってるぞ」

「うそっ!」

「おまえロマン派じゃなかったのか? 今まで何して生きてきたんだ? おれはなら、G1の歴代勝ち馬は全部知ってると思ってたぞ?」

 熱い日本茶を飲み下し、うつむき気味の夢子に言ってやった。

のほうが、競馬史に詳しいじゃねーか」

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