第23話
セッカの回復は異常に早かった。
今はもう女中の仕事を全てこなし、朝と晩の空いた時間を使って本格的に武術を鍛えなおしていた。
ひとつ付け加えておくと、彼女の弓と短剣二本はまたウカイが預かってくれている。当たり前だが、武器を大広間に置いておくのは危険と判断されたのである。
朝。オコゼを手伝うよりも早く起きて従者の
セッカはもともと睡眠は短くても十分体が動くたちなので、早起きは得意なのだ。
(やっぱり練習相手がほしいな)
ひとりで技を磨くのもいいが、実戦形式になると話は別だ。
(私もこの前の鍛錬場に混ざりたいけれど無理だよなぁ)
溜息をついて、また木の幹に鉄拳を入れる。
その拳にはさすがに素手だと痛いので布を巻きつけてある。
(ああ、本当は弓も弾きたい)
ドス、ドス、
「……」
不満をぶつけていることにはたと気がついた。
「ダメだ。やめよう」
このままではいけない、と切り上げてオコゼの元に行くことにする。
「遅いぞ、セッカ!」
厨房ではすでにオコゼが包丁を持って食材を刻んでいる。
「おはようございます」
慌てて支度を整えると、彼女も他の料理人と一緒に調理を始める。
最近、ココンの毒見の前に賄いを食べさせてくれるので朝の鍛錬を始めたセッカの腹には嬉しかった。
今日も賄いを食べてからココンの毒見に向かう。
正直、セッカも料理をしているし、怪しい動きをする輩はいないので毒を盛られることはそうそう無いと思うのだが、仕事を与えられたからには長の為につくられた料理を美味しく食すしかない。
「セッカでございます」
「入れ」
(あ、今日は肉饅がある!)
内心うきうきで毒見をしていると知れたら、一体ココンはどんな反応をするのだろうか……
セッカが毒見をする間、ココンは書物に目を通していることが多い。
しかし、今日はその手に書物はなくこちらを見下ろしている。こういう時は大抵何かを言われると予想がつくようになってきていたので、セッカも様子を伺っていた。
「問題ありません」
「そうかい。ありがとう。なあ、セッカ」
(ほら来た)
予想はもちろん的中する。
「はい」
「お前は弓の腕がいいようだね。是非それを見たいのだが、傷の方は癒えたか?」
__これは好機なのでは?
セッカは頷いた。もしうまく行けば自分も彼を守る盾くらいになれるかもしれない。
それこそ今まで武道を磨いてきた甲斐があったということになり、カミの子を助けるという目標を直に果たせるのではないのだろうか。
「はい。もう元の通りに仕事をこなしております」
「よし。今日にでもできるか」
(今日? それはまた唐突な……)
驚いたが、これを逃したくはない。
「少し肩慣らしに時間が欲しいのですが」
正直に猶予を請いた。
「いいだろう。今日は女中の仕事はいい。昼過ぎに時間が空くからその時まででいいか」
「はい」
その後はウカイに案内されて弓を受け取り、鍛錬場の脇にある弓道場へ案内された。
「まあ、頑張るんだな」
相変わらずウカイはセッカに冷たいが、それももう慣れてしまった。
そこにおいてあるものは幾らでも使っていいと言われたので、セッカは早速矢を取ってひとつ中る。
久しぶりの感覚に気持ちは高ぶった。
ココンが奇襲された日もいきなりの戦闘でうまく弓が使えるか不安があったのだが、迷ってる暇などなくひたすらに矢を射たので、こうして静かなところで的を射るのは清々しい。
始めの方は少しずれたが次第に感覚は戻り、静止した状態であれば矢は真ん中を貫くようになった。
(それにしても、この弓は本当によく飛ぶ)
初めてこの弓を使って矢を射た時、今まで使ったことがあるものに比べて尋常じゃないほど威力があった。
もしもの話だが、
試しにどこまで飛ぶのか距離をどんどん伸ばしてみたが、残念なことに弓道場の終わりが来る方が早かった。背中が壁にあたり、そのことにやっと気が付いたのだが、まだまだ矢を飛ばすことができそうだった。女のセッカでもこれだけ飛ばせるのだから、男がこれを引いたらとんでもないことになりそうだ。
肩が温まり感覚も戻ったころには毒見の時間が迫っていた。慌ててココンのもとまで行き、毒見を終えれば調子はどうだと聞かれる。万全です、と答えればウカイが楽しみですね、なんてココンに言うのは頭にきたので彼女はひと泡吹かせてやろうと密かに心に決めた。
そして本番。
ココンだけではなく騒ぎを聞きつけた者たちも注目する中、セッカは難なく的の真ん中に連続で矢を放った。
中るたびに感嘆の声があがり、セッカは気恥ずかしくて仕方なかった。これくらいできなければ師匠に笑われてしまう。
それでも、ちゃんとやってのけたのでウカイに向かってどやっとしてみれば、彼もむっとしたようでただ的を射るくらいできなければねぇ?とぬかしてきた。
日々の小言を我慢してきたセッカは、黙って空に向かって弓を引く。
何をするつもりか、と周りが騒めくのも気にせずに集中して耳を澄ませ彼女はそれを放った。
ドスッ、
それは飛んできた烏の体を捉えていた。
黒いものが空から落ちるのを見て、一気に静寂が訪れる。
(やってしまった……。感情に任せて必要のない命を奪ってしまった)
こんなところキヌガに見られたら食事抜きでは済まされない。長ーい説教を聞かされ、槍の稽古でこてんぱんにされていたことだろう。
パチパチパチと手を合わせて静寂を破るものがいた。
はっとしてそちらをみればココンが手を打ち合わせている。
「見事。お前、これからは文武の辺に入りなさい。その腕は使わないほうがもったいない」
セッカは息を大きく吸って、はい! と返事をするのだった。
そのあとはこの後の身の振りをウカイから説明されたのだが、拗ねているのか先程からセッカの顔を見ようとしない。
「あの、ウカイ様。もしかして怒って?」
「……そうではない。わたしは君を舐めすぎていたようだ。悪かった。これからは武官として君を見よう」
謝られるどころか、ちゃんと誠意を見せてくれたウカイにセッカは唖然としたが、気を引き締めて礼をした。
「いえ。私はまだまだ未熟者です。これからご指導のほどよろしくお願いいたします」
ウカイは『
セッカはこれから午前は武官として、午後は女中としてこの宮に仕えることになる。毒見の方はどう転んでも続けることになるのだが、鍛錬も仕事も中途半端になるようなことだけはあってはならない。
女の武官など舐められるのが当たり前だ。
自分が見下されるのは我慢できるが、彼女を引き抜いてくれたココンの期待を裏切ることがないように努力しようと思った。
天糸を紡ぐ者 冬瀬 @huyuse_mononobe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天糸を紡ぐ者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます