第22話


 目を覚ましてからセッカの部屋にはよく人が訪れた。

 イアとアスマが来たと思えば、カガリに土下座をされるほど感謝され、ルカには肋の骨が折れていたことを黙っていたことについて叱られた。その後にも今まで話したこともなかった守子かみこのクロハエとレイゲンに興味津々な様子で話をされ、極め付けにはココンとウカイまで見舞いに来た。

 彼らは彼女のここまでの経緯をルカからそれは事細かに聞いたそうで、礼を述べにきたのである。



(いつまでも寝ている訳にはいかない)


 二週間後には無理をしない程度で仕事に戻り、彼女は久しぶりの宮での生活にしみじみしていた。

 朝起きたらオコゼの手伝いをして、毒見をして、朝餉を食べる__そんな日々が戻ってきたのだ。


 束並つばなみでは一応客人としてもてなされたので、栢間かしまに戻ってきてやはり自分の仕事場はここだ、と思うとはかどる。


「あ!」


 セッカは女中が寝起きを共にする大広間に戻っており、イアが束並つばなみからの帰りに着ていた服を置いておいてくれたのをそのままにしていたのだが、その間にあるものを見つけた。


「大変。これ、返すのすっかり忘れてた」


 少し汚れてしまったアスマから借りていた御守りだ。


(汚れちゃったな……謝らないと)


 まだ皆んな気を遣ってセッカの仕事を減らしてくれているので、アスマに会いに行くことにする。


 文武のへんに足を運んでみたが、姿が見えない。

 次にどこを探そうかとうろうろしていると後ろから声をかけられた。


「どうした」

「あ。レイゲンさん」


 そこにはレイゲンがいた。

 軽く礼をして、セッカは尋ねる。


「アスマさんに渡したいものがあって。今、どちらにいらっしゃるでしょうか」


 レイゲンは彼女を少しの間だけ見下ろすと、こっちだ、と歩き始めた。


(どこに向かっているのだろう)


 大人しく後ろをついて行くが、今まで行ったことのない場所に向かっているのは確かだ。


 びゅん、びゅん、


 その場所に近づくにつれて聞こえる風を切る音でセッカは気がついた。

 目に入ってきた屋根だけある広い空間は、訓練場か何かだろう。


「アスマ、お前に客だ」

「客?」


 アスマがそこで模擬刀を振るっているのを理解するのと同時に、彼の鍛え上げられた上半身がセッカの目に飛び込んできた。

 彼女も武道を嗜む一人として、女としては筋肉がついていたが、男たちのそれには敵わない。


(し、師匠。やっぱり私まだまだ未熟者です……)


 ここにいた女がセッカでなければ、卒倒していただろう。


 アスマは刀を置いて、手ぬぐいで汗を拭いながら近づいてくる。


「セッカ? どうしてここに?」


(うわぁ、六つに割れてる。じゃなくて!)


「ごめんなさい! これ、返すのを忘れていた上に汚してしまいました」


 セッカは御守りを差し出した。


「え。あ。ああ。平気だよ。ありがとう」


 最初の言動が少々挙動不審だったが、受け取ってもらえる。


(やっぱり、汚されて怒ってるんじゃ)


(驚いた。やっぱり俺のことは許せない、とか言われるのかと……)


 そんな二人の心情をただ一人理解したレイゲンだが、黙ってそれを見ている。


「わざわざありがとう。でもここは女の子が来るような場所じゃないよ?」


 実はここには眼福を求める女中たちですら滅多に近寄ろうとはしない。


「おれが連れてきたんだ」

「レイ」


 アスマは困ったように彼を見る。


「こんな物騒なところに連れてこなくても……今は俺だけだったから良かったけど」


「そろそろ休んだほうがいい。どうせおれが止めてもやるんだろ? だから連れてきただけだ」


 ここ数日アスマはここで一人っきり、ずっと鍛錬を続けていた。

 結局自分に磨ける道はこれしかないのだと、セッカのことを通じて再確認させられたのだ。

 しかし、武道の道に終わりは無い。

 どれだけ技を磨いても、負けるときは負けるのだ。だからと言って、ずっと鍛えていても拉致があかない。

 セッカを連れるついでにレイゲンは休み時を見失っているアスマをなだめにきたのだ。


「……」


 アスマは黙って滴る汗を拭う。


「息抜きも大切ですよ」


 セッカも空気を読んで、レイゲンに同調した。


「そうだな。水浴びて来る」


 アスマは気が抜けたように、ほっと笑って服を着なおしす。

 セッカも安心して彼に話しかけた。


「いつもここで?」

「ああ。……さっきも言ったけれど、時間によっては沢山武人が来る。ちょっとピリピリするから来ないほうがいい」


 そんな雰囲気のなか、誰かが女にうつつを抜かしているなんて事になっては空気が悪くなる。


「別に大丈夫だろ。この時間、鍛錬してるのはお前くらいだ」


 レイゲンは口を挟んだ。


「まあ、そうだけれど」


 今は昼餉が終わってすぐの時間だ。腹を休めるのでこの時間にはみなここには来ない。


「水浴びだろ」


 曲がれよ、とレイゲンはまだ一緒に歩いているアスマに告げる。


「送ってからな」


 アスマはセッカを文武のへんを抜けるあたりまで送ってからまた着た道を戻る。


(あいつ、とんだ心配性になりそうだな)


 レイゲンは彼の姿を見てこっそり溜息をついたのだった。


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