第50話 はじめの「一歩」

 久々に来た学校の学食は雑然としていて、わたしを惑わせた。そんなわたしに気がついた透くんが、

「凪、買ってきてあげるよ。何がいい?」

と、先回りして聞いてくれる。

「んー、おまかせ」

「……こんなに人の多いところで大丈夫?」

「大丈夫だよ、自分から来たんだもの」


 とにかく大学は人が多い。わたしも数年前まではこの混雑の住人だったわけだけども。

 色んな格好をした、わりといろんな年代の人がごちゃまぜになっている。


「お待たせ、どっちがいい?」

と言って出されたのは、アジフライとスパゲッティだった。アジフライは学生時代に食べたことないかも……と思いつつ、スパゲッティを選んだ。

「凪、アジフライ、まじまじと見てて選ばないんだもん、おかしかった」

「えー? だって、学校でアジフライ、食べなかったなぁと思って。新しいメニューかなぁ?」

「そういうとこ、天然」

 テーブルの向かいから、微笑まれてしまう。


「柿崎ー、お前、代返の分、あとで払えよ」

「わかってるよ」

「凪さん、こいつ自己中で困りません?」

 両手で口を覆って笑ってしまう。あんまり笑うので、透くんが不思議そうな顔をしてわたしを見た。

「そんなにおかしい?」

「だって、透くんが、自己中だって!」

 また、ふふふ……と笑いがこみ上げる。わたしの知っている透くんは、いつも冷静で自己中では決してない。


「凪さん、よく笑うなぁ。オレのネタふりがいいからですよね?」

 涙目になってしまったわたしに、忍野おしのくんが声をかけてくれる。

「うん、すごい面白かった」

「いやー、オレ、凪さんみたいなタイプ、好きだなぁ」

 透くんが忍野くんの首に腕をかけて、ギリギリと絞めた。

「はい、はい、はーい。邪魔者は消えまーす。凪さん、またね」


 忍野くんに手を振ったけれど、また会えるかはわからないな、と思う。

「まったく、忍野はうるさいんだよ! 凪にまでちょっかい出してさ」

「そう? 仲良くていいじゃない。いいよね、そういう男の子同士の関係……」

 頭がわーんとしてくる。

 久しぶりにこんなに人のいるところに来たからかもしれない。


「凪、外に出ようか?」

 透くんがトレイを片してくれて、学食の外に出る。学内は敷地面積が広くて、緑が多い。学食前のベンチに座って、ホッとする。

「はい、飲み物」

「ありがとう」

 冷たい飲み物を飲むと、頭がすーっとして、気持ちも入れ替わる気がした。




「学校、しんどくない?」

「……自分で来るって決めたんだもの、なんか情けない」

「薬、飲まなくて大丈夫?」

「うん、透くんがいてくれるから……」

 透くんが心配そうな顔で、わたしの手をつなぐ。

「大丈夫だよ、少しは外に出ないと。そんなに心配しないで。……自分の通ってた学校だけど、なんか新鮮で楽しいよ」

 透くんはゆっくり微笑んだ。


「今度さ、また気が向いた時に、今度は一緒に来ない? ボクも凪はもう少し外に出てもいいと思うんだ。ここなら広いし、凪もよく知ってるところだし、何よりボクが一緒にいられるじゃん」

「あのね」

「ん?」

「お友だちと一緒のときは『オレ』なのに、わたしと一緒だと『ボク』に戻るのね?」

 透くんは笑ってはいけないけど、真っ赤になった。

「凪と一緒のときは飾る必要ないじゃん。ヤロー同士のときは、『ボク』なんて言ったら笑われるよ」


「そっかー、そんなものなのかぁ」


 わたしたちの座るベンチの周りの草原を、風がそっと手のひらで撫でていく。広い草原の真ん中に座っているような気持ちになる。





「もう少し、散歩する?」

「うん、緑が気持ちいいね」

 ふたりで手を繋いでとりとめのない話をする。透くんが学校で起こった面白い話をしてくれて、わたしは学生の時に起こった面白かった話をした。そう考えると学校は特に嫌な場所ではなくて、楽しかった思い出にあふれた場所になった


 それを意識すれば意識するほど、透くんと大学時代に出会っていれば、わたしも精神的にまいってしまうことも無く、穏やかで楽しく毎日を過ごせたんじゃないかと……都合よく、考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る