第47話 余計に、知りたくなる
春が夏に追い越されていく。
瑞々しかった若葉も、濃緑色の力強い色へと変化する。
……透くんも、少しずつ、少しずつ、高校生の瑞々しさから、力強い色へと枝を伸ばし、葉を増やしている。最近の彼は5月の光のように、わたしには少しまぶしい。
日曜日はお互いに休みだったので、だらだら過ごした。お互いのすきな場所に行く。
前に行ったうちの近くのカフェ、名前は「clowdy」、にまた行ってみる。小さいカフェだけど、居心地がいい。今日はビートルズの「Yesterday」を始めとするやはり少し憂鬱な雰囲気のする曲がかかっていた。
窓の外を見ながら、ガラスに映る彼を見るのが好きだ。気取らない顔がそこにはあるから。最近の彼は、大人っぽい顔と、子供っぽい顔の両方を見せる。
そこでコーヒーをそれぞれ2杯とスフレとスコーンを少し食べて、店を出た。
そのあと、ぐるりと遠回りして緑の多い公園を一周してからふたりでうちへ行く。
「柿崎くん、お昼食べたの?」
とお母さんはすっかり透くんが気に入ったようで、透くんも照れながら、3人でお蕎麦を食べた。
「学校、通うの大変じゃない? 凪と同じとこよね? 凪は文系だったから通わせちゃったけど、理系だと遅くなる日もあるでしょう?」
「あ、はい。まだ1回生なので、そうでもないです」
「んー、凪のお母さん、よく喋るね」
「透くんが気に入ってるのよ、疲れたでしょう?
ごめんね 」
「なんかさー、はっきり聞いたことなかったけど、やっぱり凪、うちの大学出てるんだ」
「うん、はっきり言わなくても別にいいかなー、と思って」
透くんの顔が、いきなりどアップになる。
「……全然、良くない」
「え?」
わたしの腰が引ける。
「凪のこと、なんでも知りたいんだ。それは今でも変わらないんだよ、体は繋がってもって言うじゃん?」
「なんか、若い子っぽくないなー」
笑って誤魔化してしまおうとする。わたしの何もかもなんて、そんなの自分にもわからない。
目が合ったままだと照れくさいので、目だけ下を向く。透くんが斜めに少し顔を傾けて、わたしの唇を奪う。唇だけが求められると、体の他の部分も触れられたいと求め始めて困惑する。
……知らなければ済んだことも、知ってしまうと余計に知りたくなる。透くんが言いたいことはそういうことなのかもしれない。
「ねえ?」
「なに?」
ちょっとだけ聞きづらい。
「わたしの……体、すき?」
彼は大きく目を開けて、わたしの顔をまじまじと見た。
「どうしたの、突然」
「え、いや、いいの、別に」
「良くないよって、えーと、凪の……想像するだけでまずいんだけど、ここでもいいの?」
「え? やだ。お母さんに聞かれたら困るもん」
彼はいたずらっ子のように笑った。
そうしてそのまま、キスをして、お互いに触れ合って、どんどん気持ちが高まって……。
「出ようか?」
と彼は言った。お母さんは「またいらっしゃいね」とにこにこして手を振った。
彼のキスは甘くて苦い。甘く甘くとろけそうなのに、何もかもその舌で絡め取られてしまいそうになる。
「透くん……」
「ん……何?……いま、忙しい」
「ん、もう」
ようやく開放される。
「どうしたの?」
「こんなに通ってたら、お金、大変じゃない?」
彼は頭の後ろの方をはずかしそうにかいた。
「だから、バイトしてるじゃん。凪と会う日を犠牲にしても」
わたしはびっくりして何も言えなかった。そんなわたしの腰に、彼の手が回される。
「だから何も今は心配しないで、ボクのことだけ考えてよ……」
「せっかく稼いだお金、こんなことに使うなんて……あっ」
さっきわたしを困らせた舌が、つつつとお腹から上の方へ滑るように肌を上がっていく。胸の谷間までくる手前で、ホックが外されてわたしの少し小ぶりな胸が顕になる。
「すきだよ、凪。凪も凪の体も」
いま、幸福じゃないと言ったら嘘になる。わたしはとても幸福で、この幸福にがんじがらめにされていたいとそう思った。
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