第41話 いつでも追いかけている
席に座ると、透くんの方を向かされて両手を繋がれた。
「不安にしたのはボクだよね?」
誰のせいでもないことは、知っている。だから、答えようがない。
「どうしたらいい?」
「……わかんない」
透くんは物事を早く片づけたい、という顔をしていた。
「せっかく会えたんだから、ケンカはやめよう」
ソメイヨシノはさっさと散ってしまったけれど、気の早い八重桜がちらほらと咲き始めていて、春の空気は植物のにおいが満ちていた。
「ボクは、そんなに変わったかな?」
公園を歩きながら透くんは、デニムパンツのポケットに手を入れながらそう言った。
「変わってなかったらおかしいよ。大学と高校は全然違うもの」
「……そうだね」
「凪はボクが嫌いになったの?」
「そういうことではなくて。透くんが変わっていくことに慣れないだけ」
「そういうことは、確かにあるかもしれないね」
以前のように、手を繋いで歩く。
誰かに見られることを恐れながら、年の差に怯えて歩かなくてはならなかったことを懐かしく思い出す。なんだかいつも、夕闇の中を歩いていたような気がする……。
ただ、今は知らない人と歩いているような気がしてるだけだ。それがわたしを悲しくさせる。
「ねぇ、前に言ったこと覚えてる?」
「どんなこと?」
「……」
彼は目を背けて言い淀んだ。
「『 大学生になっても、このまま彼女でいてくれる?』って、聞いたんだ」
「……うん。でも、実際に通い始めたら、想像と全然違ったでしょう?」
「確かにそういうとこはあるけど……」
彼は頭を抱えた。
「逆に言えば、大学は凪が行ってた頃と変わらないから。その程度のとこだよ。ボクは劇的に変わったりしない」
力強い言葉に、胸を刺される。彼の言う通りなのかもしれない。でも……。わかってたことだけど、前みたいに気軽には会えない人になってしまった。
「お邪魔します」
「あら、柿崎くん、久しぶり。どう? 大学は楽しいでしょう?」
「まだ入ったばかりなんで」
ふたりでわたしの部屋に行く。
「なんか、変わった?」
「あ、お店で本を買いすぎたら増えちゃって。本棚を買ったの」
「そっか……印象変わるはずだね」
「キス、してもいい?」
「ん……」
答えるより先にされてしまって、息が継げない。彼のキスは確かに、今までとなんら変わっていなかった。
「ずっと我慢してたから、もう一度」
頭の中のもやもやが少しずつ浄化されていく気がして、何も考えずに彼を味わう。
「変わったかもしれない。でもボクはボクだよ。履修科目も決まったから、会える日も決まると思うし。全然会えなかったらボクが困る」
ふわっと抱きしめられる。
「忘れてるみたいだけど、ボクが追いかける側だから。いつでも凪を追いかけてる」
「ごめんなさい。会えない時間が、思ったよりずっと堪えて……わたし、抱かれたりしなきゃよかったって何度も……」
「そんなこと言うなよ。……我慢、してるんだからさ。周り、リア充ばっか。凪がいればなぁって毎日思う」
ぷっと、わたしは吹き出してしまった。
「笑い事じゃないから。ボクには凪がいて、リア充のはずなのにさ、周りのヤツらすごい早さでつき合い始めて。有り得ない」
「そういうこともあるかもね」
笑いすぎて涙が出る。
その涙に彼がそっと口づける。うなじをそっと支えられて動けなくなる。目を閉じると、唇と唇が触れて、わたしは彼を感じる。
「だから、そんな風に頭の中の想像だけでボクを捨てないで。……すきだよ」
彼の胸に耳をつけると、規則的な心臓の音が聞こえた。少なくとも今は、彼はそばにいてくれている。そう思うと、少しずつ心が穏やかになる。
「不安なら……今度、一緒に学校に行く?」
「え? やだ。恥ずかしいもの」
「行こうよ、新しい友だちに『彼女』だって紹介して歩くから」
脳裏に、懐かしいキャンパスの姿が映る。そして、その中で透くんの友だちに紹介される自分を想像する。それは、やっぱりないな、と思う。
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