第34話 運命
「凪!」
仕事中のわたしのところに、大きな声を上げて透くんが走ってきた。
「受かった! 全部、凪のおかげだよ」
「ご両親には連絡したの? 学校は?」
「うちには電話した。学校はこれから」
彼は今まで見たことがないくらい、高校生の顔をしていた。そう、たくさんの高校生に紛れそうに。
「お、柿崎くん、受かったの?」
櫻井さんがにこにこしながら話しかけてきた。
「はい! 櫻井さんにもたぶん、ご心配おかけして」
「心配してたのは凪ちゃんだけでしょう? とにかくおめでとう。お祝いだね 」
透くんは大きくうなずくと、
「学校行ってくる! また後でね」
と言って早足で出ていった。制服姿が、わたしには眩しかった。
「よかったね、凪ちゃん。これで彼もいよいよ大学生だ。社会人の彼女がいても問題なくなる」
「どうですかね、7つも年上って、大きいですよ……」
「マイナス面ばかり見ない! ほら、棚の整頓の続きやって」
櫻井さんはいつも通りにこにこ笑った。
透くんはお昼を一緒にできそうにないので、たまにはひとりで、と思っていたら小田くんがお店の前にいた。
「相澤さんが休みだったらどうしようかと思った」
「小田くん、どうしたの?」
「お昼、誘いに来たんだよ。行こうよ」
「わたし、お店があるからあんまり遠くはダメなの、ごめんなさい」
「そっかー、そうだよね。じゃあ、駅前の蕎麦屋はどう? あそこの蕎麦、美味しいよ。」
わたしは困った顔をして作り笑いをしていたと思う。
「蕎麦アレルギー?」
彼はわたしの目の前まで顔を寄せてそう言うと、にこっと人懐こい笑顔を見せた。
「相澤さん、何にする?」
今まであまり来なかったけれど、値段も手頃でボリュームもあるし、何より美味しそうな和食というところに惹かれる。
「えーとじゃあ」
「ねぇ、まだ寒いからさ、カレー南蛮か鍋焼にしない?」
「……美味しそう」
「でしょ? さっきからカレーの匂いするし」
確かに店内には琴の音色とともにカレーの匂いが漂っていた。
「あ、でもわたし、早く戻らないと」
「そうだよね! よし、早く食べられるものに決めよう。天ぷらそばでお揃いにしない?」
わたしはうなずいた。彼が大きな声で店員さんを呼んで、注文してくれる。
「……強引に決めちゃったけど、天ぷらそばで後悔ない?」
「うん、大丈夫。美味しそうだね」
「海老アレルギー?」
わたしはくすくす両手で口元を押さえながら笑った。
小田くんはしばらく頬杖をついて、わたしを見て黙っていた。そして、不意に口を開いた。
「相澤さん、何か変わったね。あ、社会に出れば誰でもいくらかは変わるものだけどさ」
彼は営業口調の滑らかさが消えて、何か懐かしい感じに、ところどころつかえながら話した。
「そうかなぁ? 変わらないよ」
「いや、高校のころは大人しくて、話しかけたら悪いかなぁって遠いイメージだったんだけど、今は、笑ってる。オレの目の前で笑ってくれてると思うと、なんか照れる」
彼の言葉にわたしも照れる。そんなことないはずと思いつつ、ほうじ茶を飲む。
「単刀直入に聞くけど、いま、つき合ってる人はいる?」
「あ……はい」
人に聞かれたりあまりしないので、耳まで赤くなってしまう。透くんの「彼女」である自分を、強く意識した。
「そっかー。再会するなんて、運命かと思ったのに」
「運命?」
わたしは目を上げて彼を見た。
「もう会えないと思ってた人に会えたら、運命だと思うでしょう?」
「小田くん、大袈裟……」
そう言えば、出会ったとき彼もそう言っていたな、と思う。わたしは、運命なら年の差がなかったらよかったのに、と思った。でも永遠に、なくならない……。
「聞いておきたいだけだから、答えなくてもいいよ。あのー、どんな人とつき合ってるのかな?」
「……」
答えようか迷って、曖昧な笑顔を作る。
目を見たままでは答えることができなくて、テーブルを見る。
「年下の……」
「そっか。若いのか。若くはなれないからなー、奪うのは難しいか」
小田くんはわざと大きなため息をついた。どこまで本気なのかわからないトークは、営業で培ったものなんだろう。
「また懲りずに誘うから、暇だったらまたどこか行こう。携帯の番号、名刺にあるから渡しておくね」
「あ、ご飯おごってくれてありがとう」
「一緒に行ってくれたお礼だよ。仕事、がんばって」
ふぅ、と小さく息をつく。でも……同窓生だからかな、別に緊張はしなかった。どちらかというと、懐かしい、むかしの空気感。
わたしも透くんと同じ、高校生だったころがあったんだなと思った。
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