第19話 クリスマスの贈り物
初めてのクリスマスが近づいてくる。
透くんは12月生まれだということが判明したので、誕生日のお祝いもしたいと思う。
「期末テスト、学年3位だった」
いつものファミレス、マフラーを解きながら、何気ない顔で彼が言った。
「学年3位って、すごくない?」
わたしは心底驚いた。
「いつも、そんなものだけどなぁ」
「お誕生日のお祝いは何がいいかなぁ?」
「凪さん」
「クリスマスは……」
「凪さん」
「意地悪……」
「たまには何処か行こうよ? 1日くらい、いいでしょう?」
「だって……いいの?」
「学年3位だからね」
彼は余裕のある表情で笑った。
わたしはその日、真っ白いセーターに焦げ茶のスカートとブーツを合わせてコートを羽織った。冬の服装だ。
彼は焦げ茶のブルゾンに、デニムとショートブーツだった。
胸を張って、誰に何を言われることもなく腕を組んで歩く。彼が歩幅を合わせてくれることに喜びを感じる。ほとんど葉の落ちた欅の落ち葉。石畳を寄り添って歩く。
「プレゼント、何がいいかなぁ? ねぇ、本当に欲しいもの、何かないの?」
「……凪さんて、わりと胸あるよね」
「え?」
まだ触られた覚えがない。
「腕を組んでると嫌でも当たるから……」
思わぬことに赤面する。
「あんまり言われたことないけど…」
「ボクはそう思うよ。誰がなんと言ってもね」
恥ずかしくて顔の上げられないわたしに、彼の声がぼそぼそ囁いた。ちらりと顔を上げると、彼も真っ赤になっていた。
行先は、手近なショッピングモール。以前なら「知り合いに会うかも」と敬遠してたところだけど、もう何も関係ない。
彼はすっかり、卒業間際の大人の顔になったし、わたしもすっかり、教師らしさがなくなってきた。……彼のおかげ。
ふたりでプレゼントを探す。
まず、約束していたマフラーは、紺と橙色でお揃いのものがちょうどよく見つかった。
男物のプレゼントはなかなか難しくて、見つからない。
彼はわたしの方をにやにやしながら見ていた。どうやらもう品物は決まって、ラッピング待ちみたいだ。ラッピングの列は意地悪みたいに混んでいた。
わたしもようやく決まって、ラッピングしてもらう。気に入ってくれるといいんだけどな……。
「疲れたね」
とお互いに言ってカフェに入る。
彼は最近もっぱらブレンド。「本日の」というところが、面白いらしい。
わたしはカフェラテ。冒険できない。
彼の買ったものが、背負っていたリュックからするすると出てくる。
「はい、プレゼント。いつ渡せるわからないし、これは渡しているところを知ってる人に見せたくないんだ」
「ありがとう」を言って包みを開ける……。
「ねぇ、指輪なんだけど……」
「凪さんくらいの女性は、それがいちばん欲しいんじゃないの? はめてあげる」
まるで結婚式のように、恭しくわたしの左手は輝いた。石があるタイプじゃなくて、普段もカジュアルに使えそうだ。
「……ありがとう」
「買うの大変だったんだよ」
彼がそっぽを向いてしまう。
「クリスマスプレゼントですかー? 彼女に贈り物ですかー? 彼女はふだん、どんな格好ですかー? あなたから見て彼女は……そんなの、いつだって魅力的に決まってるじゃん」
照れているようだった。
まだ18才の男の子が指輪を買いに行くなんて、どれだけ勇気が必要だったかと思うと……。
「ありがとう、大切にする」
「サイズ、大丈夫?」
「うん……すごくうれしい」
「わたしはもっとつまらないものなんだけど」
ガサガサっと彼が包みを解く。
「ワンショルダーバックなの。いつも、学校と同じの使ってるからたまに、使ってあげて。それからつまんなくて笑えるけど……今年のイヤーズマグ……おそろいなの」
彼は無表情で何も言わなかった。ぶっきらぼうに「ありがとう」と言ったけれど、それ以上は何もなかった。
いつになく、飲み物はごくごくと飲み干されてしまい、猫舌ななわたしも慌てる。
繋いでいる手が解けそうなほど引っ張られて、電車で来たのに、高層駐車場の人気のない場所まで来てしまう。
「透くん、いきなりどうしたの?」
「キスできるところを探したの」
「こんなところまで来なくたって……」
ぐいっとやや乱暴に引き寄せられ、あっという間もなく唇を奪われる。食べられてしまうかもしれないと思うくらい激しくて、腰に回された手はわたしを決して離さないという優しさに満ちていた。
「凪さん、先生、やめてくれてよかった」
「なんで?」
「凪さんが先生だったら出会えなかったよ……。ボクは、凪さんがすきだよ。かわいい」
今度は軽くて甘い、ホイップのようなキスだった。
「透くん……」
すっかり自分が年上だということを忘れてしまう。陶酔して、彼の上着の背中に手を回す。
「わたしは、わたしが先生をしててもきっと出会えたと信じてるよ。運命なんでしょう?」
彼はわたしの唇を軽く噛んだ。「あ」と言ったところで、舌先に舌先が触れた。
「ごめん。テスト勉強、頑張りすぎたからその分……」
何も言わずに、目を閉じた。
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