第18話 遠くに行かないで
深まる秋が冬を連れてくる頃、学校では期末テストが行われていた。透くんは「余裕だよ」といっていたけれど、わたしの休みの水曜日は図書館デートが基本になった。
吐く息が白くなる。キスをする。その度に白いため息が漏れる。彼の着るピーコートに、頭を預ける。
わたしの方が大人だったのに……今だってわたしの方が年上なのに、どうしてこんなことになっているのか。
1日1日、日を追うごとに透くんを好きになってしまう。
「これ以上先に進むのは、受験の後にしようね」と約束していたので、あれからわたしたちは何一つ進んでない。ただ、慌ただしくかわいいキスをしながら、入試の日が過ぎるのを待っていた。
透くんは相変わらず成績優秀で、でも模試の判定を見せてくれないので志望校がわからない。
やっぱり、できる子は都内に行くんだろうなぁと思っていると、また1日が過ぎていく。そんな繰り返し。
『凪さん、勉強が手につかないよ。……足りない、凪さんが』
『どうしたらいい?』
『もっと深く凪さんに触れたい』
『透くん、……困らせないで。わたしも言ってないこと、ある。これはわたしの我がわがままなんだけど、あまり遠くに行かないでね』
打ってしまってから激しく後悔する。だって、わたしはあくまで彼の受験を応援したいだけなのに。
重いと思われたんだろうなぁ、わたしのスマホに通知が来ない。既読無視、されてしまった。
部屋で毛布にくるまって膝を抱えて考える。
元とは言え、高校教師だったわたしが、彼に自分のエゴで志望校を決めろというなんて……。
そもそも、大学に行けばみんな、それぞれに合った恋人を見つけるんだ。地味なわたしだってそうだったんだもの、透くんも……。
『いま、家の前だよ。凪さん、出てこられる?』
スマホを持ったまま、玄関でスニーカーの踵を踏んで外に出る。お母さんが、わたしの勢いに不思議な顔をする。
「透くん……」
胸の中に飛び込んで、今更思い出す。彼は、7つも年下なんだ……。
「上着、来てこなかったの?」
彼はコートのボタンを開けて、包んでくれる。
「こんなときに上着を悠長に来てくる人、いないと思うなぁ」
「こんなときって?」
ああダメだ。約束を破ってしまった。わたしの方が我慢勝負に負けるなんて……。
彼の頬を両手で挟むようにする。
彼のいつもは結ばれている唇を、舌を使ってゆっくり開く。彼はすっかり心の準備が出来ていたようで、待っていたかのようにわたしを迎える。
そのまま、寒さが忘れられて、彼の温もりとひとつになるまで長く、長くキスをする。
「好きなの。バカみたいに透くんのことばかり考えちゃうの。ねぇ、遠くの大学に行くなら、意地悪しないで早く言って。心の準備に時間がかかるから」
「そんなことが不安だったの?」
「おかしいかしら?」
下から彼の顔をのぞいた。
「ボクにそんな度胸はないよ。受けるのはC大の工学部。私大はチャレンジしてY大受けるけど、あそこは狙って勉強しないと受からないところだから」
「……C大じゃもったいなくない?」
「いいの。今はなかなか評判も偏差値も上がってるし、地元に離れたくない理由があるから……。凪さんに会ってから、ランクも落としてないし、担任にも何も言われてないよ」
「それより……もう一度、いい? こんなに寒い中、ここまで会いにきたんだから」
「……なんか狡い」
「狡くないよ、凪さんが教えてくれたんだし」
彼のキスは……合格点だった。
わたしはつま先立ちになって、彼のキスの端から端までを欲してしまった。
「これでいい? 合ってる?」
「合ってる……何も言うことない。でも、特別なときだけにしてね。……もっと欲しくなっちゃうと困るから」
「凪さんでも、そんなことがあるの?」
彼の胸に耳をあてるようにして、抱きしめた。
「性的衝動は、男性の特権じゃないと思うの」
「じゃあボクは、凪さんの衝動が増えるように祈ってるよ」
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